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2006年12月 6日 (水)

「夕焼けの詩 三丁目の夕日」を読むと善人でありたいと切実に思う

 最近映画化されてヒットし、テレビでも放映されて多くの人が見ました。東京漫画探偵団でも人気の漫画です。心が温まる、どこか懐かしい味わいがあります。でも皆さんがこれを読むのは、どうもそれだけではないような気がします。久しぶりに読み始めると改めて引き込まれてしまうのは、いったい何があるというのでしょう。

20061206_  西岸良平作。「夕焼けの詩」はビッグコミックオリジナルに1974年から連載中。戦後の昭和30年代、東京の普通の下町。団塊の世代前後の人々にとっての「古きよき時代」を描く。当初はブラックな笑いや苦い話が多かったが、「三丁目の夕日」になってからは次第に善人の「いい話」を主にするようになっていく。町の自動車修理工場、鈴木オートを舞台に、集団就職してきた六さんと、ほぼ団塊世代に近いだろう一平君が登場して、いわば戦後日本の都会の「懐かし共同幻想」が作品の中で完成してゆく。

 夏目房之介先生は「マンガに人生を学んで何が悪い?」のなかで「夕焼けの詩 三丁目の夕日」について次のように書いています。

20061206__1  そこには都会の下町と地方の結びつきが、はっきりと描かれていた。六さんは大きな会社を夢見て上京し、自分の故郷と変わらない駅、小さな町工場に愕然とする。昭和30年代は東京に大量の地方出身者が流入した時代であり、都会の子供たちも近所の酒屋やクリーニング屋に勤める「あんちゃん」と呼ばれる若者と日常的に接触し、かわいがってもらっていた。地方にも都会の下町にも、ガキどもの世界にも、高度成長によって破壊される以前の共同体感覚があった。

 シリーズが次第に善人たちによる「いい話」に移行していった時、あまり偽善や欺瞞への反発を感じないで楽しめるのは何でかな?と思った。人間なんてそんなに善人ばっかりのはずがない。実際70年代のマンガ、劇画は、ニヒルでシニカルな人間不信こそが主流だった。でも僕は、西岸のマンガの「善人」ぶりにいやな気がしなかった。西岸作品のどこかに善意を相対化して眺める視線があったのかもしれない。西岸マンガには、ただ懐かしさに淫するだけの甘美さ以外にものがあったような気がする。

20061206__2  今、50歳を越え、あらためて読んでみて、しみじみ思うのはこんなことだ。

 「人はみんな、こんなふうに善人であれたらどんなにいいだろうと、どこかで切実に思うものなんだな」

 そう。西岸マンガは、決して事実人間が善であり、いつもいい結末で終わることを語り聞かせている説教的物語ではないのだ。そこにあるのは、こうであったらどんなによかったかという、過去の選択にまつわる甘美さや切なさである。失ったものの懐かしさの象徴である「夕日」は、日の光のように明らかだったものが隠れ、別の時間に移ってしまう入れ替わりの時間に残る残光で、西岸はその「哀しさ」をすでにデビュー作で描いていた。おそらく西岸の資質はここに現れていて、作家自身が早いうちからそこの気がついていたのだと思われる。

20061206__3  いまや昭和30年代の下町を知るものはマンガ市場の主要な読者ではない。それでも「三丁目の夕日」シリーズはもっと若い読者にも読まれ続けている。実際僕の次男も大ファンで、おかげで奇妙なほど昔の遊びにくわしい。

 西岸のノスタルジックな世界には、いつも「可能であったかも知れない過去」という色合いがある。人がせんないとわかっていてもたどってしまう「もうひとつの人生」についての説話である。誰でも思い当たる既視感のような懐かしさがある。どこかであったかもしれない選択の可能性とは、ある程度生きてきた人間が必然的に持ってしまう人生への思いだ。けれど人はそのつど選択肢をせばめてしか生きていけない。それなりに年をとると、その分だけせばまった自分の人生の幅に切なさを覚えたりする。

20061206__4  西岸の善意は、人生を過去としてみれば、いつでもそういうものだということに優しい目を向けている。必ずしも作者本人が善人であることを意味しないし、読者も善人であることを保証されていない。でも、誰でも実は善人でありたいと思ったり、こんな善人だったら、こんな善意だけで生きられたらどんなにか・・・・と思うことはある。人間がみな悪人だとしても、そういう要素があれば人には可能性が残される。

 うーん。 うん うん。 ん。 近い。

 あなたはどう思いますか? 西岸良平作「夕焼けの詩 三丁目の夕日」は東京漫画探偵団においてあります。

読んでください。

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