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2007年2月28日 (水)

スタッフ一押しマンガ、3月はこれです!

 東京漫画探偵団には、スタッフがぜひ皆さんに読んでもらいたいと思っているマンガを置いているコーナーがあります。名づけて、「今月のスタッフ一押し」コーナーです。開店以来10年間続けています。お客様の中には楽しみにして下さる方もたくさんいます。

 明日は月が替わって三月です。「今月のスタッフ一押し」三月の分をご紹介しましょう。

0301_05甲斐谷忍作 「ONE OUTS」 集英社・全19巻

沖縄で自主トレに励む“不運の天才打者”児島弘道は120km/hそこそこの直球だけで賭け野球“ワンナウト”で無敗を誇る男渡久地東亜TP出会う。

0612_11 (お勧め度☆☆☆☆)

(一押ししたのは「うえむら」です) 

・・・

0301_07しりあがり寿作 「マーケッター五郎」 小学館・全1巻

頭を柔らかく商品を次々と生み出す五郎のアイデア遍歴!!マーケティングの天才少年五郎! 少年ならではの柔軟な発想から生み出される新商品は大人たちのド肝を抜く! 

0612_12 (お勧め度☆☆☆)

(一押ししたのは「オオコウチ」です) 

・・・

0301_08松本大洋作「GO GO モンスター」小学館・全1巻

松本大洋先生の描く、コドモにしか見えない世界。よくわからないけど、何故か魅力的。舞台は小学校。誠と立場がスーパースターを求めてかけめぐる。春夏秋冬の物語。 

0612_13 (お勧め度☆☆☆)

(一押ししたのは「にゃちゃぼ」です) 

・・・

0301_03浦沢直樹作 「HAPPY!」 小学館・全23巻

兄が作った2億5千万円の借金を完済するためにプロのテニス・プレイヤーを目指す少女海野幸の物語。 

0612_14 (お勧め度☆☆☆)

(一押ししたのは「うえむら」です) 

・・・

0301_06福本伸行作 「カイジ」 講談社・全5巻

ジャンケン、サイコロ等シンプルなゲームにも拘らず、読んでいるうちに熱が入ってしまうこと間違いなし!読んだあと、無性に勝負をしたくなる!? 

0612_16  (お勧め度☆☆☆☆)

(一押ししたのは「オオコウチ」です) 

・・・

いかがですか。

おもしろそうでしょう?

うちのスタッフの好みもなかなかですよね。

・・・

スタッフ一押しのマンガは東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年2月27日 (火)

毎日手書きのメッセージを書いています。

神田神保町・すずらん通り。

三省堂すずらん通り口のナナメ前。

東京漫画探偵団があります。

お店の前には「まんたん」の看板があります。

看板に並んで、「まんたん」のメニューがあります。

070215_01その看板とメニューとの間に、ほんの少し、ひっそりと。

皆さんへの手書きのメッセージを毎日書いて出すことにしました。

・・・・・

皆さんにちょっと元気になっていただきたい。

皆さんにちょっと明るくなっていただきたい。

皆さんにちょっと微笑んでいただきたい。

・・・・・

そんな気持ちです。070215_02

皆さんへ、「まんたん」スタッフからの心ばかりのメッセージです。

・・・・・

神田神保町に来ましたら、

すずらん通りを通りましたら、

もしも気がついたら、

私たちのメッセージを見ていってください。

今日も一日いい日でありますように・・・

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2007年2月26日 (月)

今、将棋漫画が熱い!?

みなさんこんにちは、まんたんスタッフのうえむらです。

みなさんは将棋はお好きですか?
私は最近までルールすら知らなかったのですが、最近漫画の影響で
なんとなく興味を持ち始めました。
最近、漫画誌、特に青年誌で面白い将棋漫画が目立つような気がします。
今回は将棋漫画というジャンルにスポットを当てて
いくつかの漫画作品をご紹介してゆきたいと思います。

Photo_10 まずは能條純一「月下の棋士」。
古い作品ですが、まさに将棋漫画の金字塔というべき作品です。
ストーリーは高知で伝説の棋士・御神三吉のもとで将棋に明け暮れていた青年
氷室将介が上京し、宿命のライバル・滝川幸次名人との対局を目指すというもの。
連載当時高校生だった私はこの作品の対局中における迫力あり過ぎの描写
(対局中の棋士たちがが涙や鼻水を流すのはまだいいほうでして、
吐血したり失禁したりするんですよ)ばかり悪い意味で注目していまして、
ろくすっぽストーリーを追っていませんでした。
しかし、改めて読むと、勝負の世界で生きる人々の生き様が無駄にかっこよく、
個性的な棋士たちの数々の名言に惹きつけられます。
能條純一の精密かつ華麗な絵は、
将棋という緊張感のある素材に実にマッチしていると思います。
また、登場するキャラクターの殆どが
実在のプロ棋士がモデルになっており、将棋に詳しい人はニヤリとしてしまうかも。

Photo_11 続いてご紹介するのは、「谷仮面」「エアマスター」でヒットを飛ばした
柴田ヨクサルの最新作「ハチワンダイバー」です。
「ハチワン」とは将棋盤の9×9=81のマス目のこと。
主人公は奨励会(プロ棋士の養成機関)くずれの青年・菅田。
あと一歩でプロになれず、賭け将棋で日銭を稼ぐ日々を送っていた彼は
ある女性との出会いにより裏の世界の賭け将棋を生業とするプロ「真剣師」の
世界に足を踏み入れてゆきます。
「真剣」を指すことによって大金が動くのは当然ですが、この漫画の
面白いところは賭けの対象が必ずしもお金だけではないところです。
「俺が勝ったらそよちゃん(件の女性)のオッパイを揉む。お前はどうする?」
「…じゃあ、僕もオッパイで」
こうして文字に起こすとギャグ以外の何者でもないですが、本人たちは至極真剣です。
女性をモノにする、とかじゃなくてただ「オッパイを揉む」ってところがなんともいえずツボ。
漫画家・文字山との対戦では
「僕が勝ったら君はアシスタントとして僕の仕事場で働いてもらう!」
「じゃあ、僕が勝ったらあなたの漫画の主人公を僕にしてください!」
といったとんでもない賭け条件が提示されます。
まだ連載開始されて間もない作品ですが、面白さは折り紙つき。

Photo_12 最後にご紹介するのはかとりまさる/安藤滋郎「しおんの王」。
「将棋」と「美少女」という一見相容れないかに見える要素を盛り込んだサスペンスです。
幼児の頃両親を猟奇殺人事件で亡くし、そのショックで口がきけなくなってしまった少女・紫音。
隣家の安岡八段夫妻に引き取られ、7年後弱冠12歳で女流棋士になります。
しかし、将棋の対局が近づくと紫音のもとには7年前の両親殺害の犯人と思しき人物の影が見え隠れします。
将棋を題材にしながらもミステリーの要素も含み、読んでいると将棋そっちのけで一体犯人は誰?と
推理したくなってしまう作品です。
もちろん将棋の対局面も見もの。各話の終わりごとに対局の解説が棋譜つきで載っており、
将棋がとっつきにくいと思っている人にもおすすめです。
同じ女流棋士の中にもお嬢様の二階堂沙織や、金のために性別を偽って女流棋士になった斉藤歩など、
魅力的なキャラクターが登場します。
口がきけないという設定ながら、紫音の表情は実に豊か。
紫音はスケッチブックに文字を書いて他人とコミュニケーションするのですが、かわいい笑顔とまっすぐな心根が
読者の心をがっちりとつかみます。
つらい過去を背負いながらも、決して勝負から逃げない少女の強さに、
これからも目が離せない作品です。

「月下の棋士」「ハチワンダイバー」「しおんの王」はまんたんに置いてあります。

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2007年2月25日 (日)

小山ゆう②やりたいことにはトコトンこだわる

 名作漫画家は「人生の達人」でもあります。人生の達人である小山ゆう先生の漫画家としての成長の姿から学ぶ2回目です。

今日は

  まんが③マンガの書き手はソコントコをコウしてます

  というカテゴリーのなかで、

小山ゆう①マンガの世界に入ったのはほんの軽い気持ちだった

小山ゆう②やりたいことにはトコトンこだわる

小山ゆう③編集長とは激しく戦う

小山ゆう④ブレーンがゴロゴロいた

小山ゆう⑤人との出会いにに恵まれて成長するということ

と題した5回シリーズのうち、第2回目の

小山ゆう②やりたいことにはトコトンこだわる

です。

小山ゆう先生はいつもニコニコしていて、おおらかな人柄だそうですが、ことマンガについては譲らない所があるようです。確固たる信念をもっている、あるいは自己の感性・趣味を大切にするということなのでしょうか。小山先生はたしてどのような人生を歩み、また、どのようにしてマンガ家になったのか、そしてまた、その後どのように成長しているのでしょうか。

 マンガの書き手はソコントコをどうしているのでしょうか? 

0218_100  宇都宮滋一先生は著書の「名作マンガの知られざる制作現場・<ダメ!>といわれてメガヒット」の中で小山ゆう先生について次のように書いています。

・・・・・ 

アシスタントとして小山ゆうが「さいとうプロ」に在籍したのは約3年半だった。さいとうプロには、「それまでの人生では出会ったことのない人たちがいっぱいいた」。まずは、劇画界の巨人、さいとう・たかをさん。先輩には当時はまだ無名だった小池一夫さん。兄貴分の山本又一朗さん。アシスタント仲間のやまさき拓味さん。多くの人々との出会いがあった。

その後、山本又一朗さん、やまさき拓味さん、と3人で「オリオンプロ」という会社を作って活動した。小山さんはこの当時のことを「楽しくてしょうがない、1年半くらいでしたけど、共同生活の合宿みたいでした」と振り返る。この期間を経て変化を迎えた。このころ、先にさいとうプロから独立した小池一夫さんは、[子連れ狼」の大ヒットで、青年誌を中心に、ものすごい売れっ子になっていた。「デザインより、マンガをやりたいんだ」という気持ちが募っていた3人は、やがて会社をたたんで小池さんの「スタジオ・シップ」へ。

0218_211  山本さんと小山さんはマンガのストーリーをよくふたりで考えたという。山本さんによると、「たいていは僕が調子に乗って話し、ゆうちやんが聞き役となった。聞き上手のゆうちやんは、僕の話の雲行きが怪しくなっても『うんうん、面白い』と言って僕を乗せてくれた」という。

 やまさきさんは小池さん原作の「鬼輪番」で一足先にデビューする。 一方の小山さんは「僕は、青年誌で出るのは嫌。小池さんの原作があるものではなく、オリジナルで、少年誌で出たいと意地を張った。だから同僚、後輩からもデビューが遅れた。でも、小池さんの脚本をもらっていたら、今の自分はなかったと思う」

 小山さんがデビューしたのは26歳。早熟な人が多いマンガ家としては、遅咲きだった。デビュー作「おれは直角」(週刊少年サンデー、昭和48年~51年)はめちゃくちゃ明るくて、ギャグが満載だ。当時“コミックのドン”と呼ばれていた小西湧之助さんは「オレは直角」を初めて読んだとき、黒鉄ヒロシさんの「赤兵衛」と比べ、小山さんの「直角」も黒鉄ギャグに通じるものがあると思ったという。

 「ドタバタじゃない、インテリギャグ。(喜劇王)キートンの喜劇にあるような、ポンとたたくとあっちのほうの蛇口から水が出てくる、そんなしゃれた使い方を感じた。大竹君(小山ゆうの本名)は才能があるなあと思いました」

 “コミックのドン”の目に狂いはなかった。「おれは方角」は3話読み切りでスタートしたが、読者からの反響が良く、4話目から連載になった。とくに、直角の同級生で西洋かぶれの照正クン(先代の城代家老の孫)が、ギターを出して「グイター、グイター」とやり始めると、バカウケ。

 小山さんは「成長ドラマが好きなので、ストーリーを運ぼうとすると、編集者から『この作品は喜劇だからストーリーより笑いで行かなきやダメだ』と言われた。自分でもああいうもの(笑いのセンス)があるとは思っていなかった。悲劇と喜劇は紙一重なんてすね。電車の中で自分の作品を読んでクククッと笑っている人を見かけたら、やっぱりうれしかったですよ」

 「小山ゆう」というペンネームは、デビューのときのふたりの恩人、小池一夫さんの「小」と山本又一朗さんの「山」。そして、本名の「由次」から「ゆう」をとってつけたものだ。

0220_351  「おれは直角」が終わったあと、小山さんは新たな「冒険」を始める。まず、小池さんの「スタジオ・シップ」を辞めてひとりになったのだ。さらに、新連載ではボクシングを題材にすることにした。

 「笑いで読者にウケるのではなく、死闘を続ける中で主人公が成長していくドラマをどうしても手がけてみたかった。時代劇だと、敬遠する人がいるから舞台は現代にしよう。現代で命がけの闘いを描けるのはボクシングしかない。ただし、『あしたのショー』という金字塔があるから、冒険だった」と振り返る。

 「加んばれ元気」では、父と子、ふたりの姿にジーンとくる場面が多い。「子連れ狼の影響もあると思う。父と子がいて一緒に育って、父が亡くなると、息子がひとりで歩く。そんな世界のイメージがわいてきた」そうだ。

 連載スターートの当初は、人気が出なかった。「読者は『おれは直角』を読んでいたから、笑いを期待する。非難の手紙も来ましたよ。『笑えない』『もっと直角みたいなものを描いて』とか。でも、笑いを捨ててやるんだと決めてました」

・・・・・ 

 小山ゆう先生は、このように人生を歩み、このようにしてマンガ家になり、そしてまたその後このように成長しているのですね。 

 あなたはどう思いましたか? 

小山ゆう先生の、●「がんばれ元気」、●「あずみ」、●「おれは直角」、●「いざ!!竜馬」、●「スプリンター」、●「ももたろう」は、東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。 

・・・・・

小山ゆう
1948年静岡県生まれ。「さいとう・プロダクション」のアシスタントを経て独立、73年に「おれは直角」でデビュー。76年から5年間「がんばれ元気」が少年サンデーに連載され、80年にはテレビアニメ化されてヒットした。現在も「あずみ」を小学館ビッグコミックスぺりオールに連載中で映画化もされている。

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2007年2月23日 (金)

「ドラえもん」に夢をかなえてもらったから、今度は自分が夢を与えたい

 マンガは面白い。真面目に読んでも不真面目に読んでも面白い。また、気軽に読んでも真剣に読んでも面白い。その上、朝読んでも夜読んでも面白い。さらに、海で読んでも山で読んでも面白いし、しらふで読んでも酔っ払って読んでも、もちろん面白い。だからマンガを読むのは楽しい。

 面白くて、楽しいからマンガを読みます。でも、面白くて楽しいからだけでマンガを読んでいるのではないのです。時にはマンガから人生を学ぶことがあるのです。マンガの登場人物から人生を教えてもらうことがあるのです。

20061214__16  「ドラえもん」の「のび太」には以前に何度も人生を教えてもらいました。昨年12月14日には「ドラえもん」の「のび太」はダメ人間ではなく実は人生を上手に歩んでいるというテーマでした。また、今年の1月29日から2月3日にかけて、「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方と題して
  ①のび太はめげない
  ②のび太は悪口を言わない
  ③のび太は意外と欲がない
  ④のび太は誰にでも優しくできる
  ⑤のび太はなんに対しても偏見がない
の5回シリーズもありました。おかげさまで、たくさんの方からご意見をいただきました。

 今日のマンガは藤子・F・不二雄作「ドラえもん」で、人生を教えてくれる登場人物は、もちろん「ドラえもん」です。

  まんが②マンガの登場人物は人生を教えてくれます

というカテゴリーのなかで

  「ドラえもん」に夢をかなえてもらったから、今度は自分が夢を与えたい

  と題して進めます。

 ヴァイオリニストの千住真理子さんは2月22日の日本経済新聞・夕刊文化欄の中で、藤子・F・不二雄作「ドラえもん」について次のように書いています。

・・・

こころの玉手箱 「夢をかなえてくれた見方」

0223_01_1   少女時代、同世代の女性から手づくりの「ドラえもん」をいただいた。縫いぐるみは大好きだが、何でもポケットからとり出せるドラえもんは特別の存在。これだけは今も、練習室にデンと鎮座している。

 あのころ、音楽に対し怖いほど純粋な気持ちを抱いていた。音楽に携わる人間はみな理念を共有、ドラえもんに託した夢はかなうと信じた。女性の場合は少女から大人に脱皮する際、思い描いた理想と実際の人間関係や社会の複雑さの板挟みになって愕然とする余り、自分さえ受け入れられない状況に至ったりする。

 大学の友人に夢を尋ねると意外に現実的で、ヴァイオリンにだけ必死な自分とは開きがあった。ドラえもんの素晴らしさは夢を実現するだけでなく、どんな時にも主人公の味方として悩みを分かち合い、解決策を出してくれる点にある。

 二年間の空白を経て、ボランティア活動を皮切りにヴァイオリンヘ復帰した時も、ドラえもんは私の味方だった。天才少女時代の最後、二十歳で達成した水準に、なかなか戻らない。前のように無意味な自信は毛頭なく、ただ本番が怖い。指が動かない。初め一、二年目の「弾けない」不安は三~五年で確信に替わり、六年目には「もうだめ」と思ったが、今度は引き下がらなかった。”天才弾き”で喝采を浴びる道を捨て、ホスビスなどで得たぬくもりの再現を目指す限り「次には戻るかもしれない」との夢を抱き続けることができた。

 表舞台に戻って七年目、ドラえもんが夢をかなえてくれた。「今日もだめか」と思いつつオーケストラの前に立ち、チャイコフスキー作曲のヴァイオリン協奏曲を弾き始めて十分くらいたった瞬間、すべての感覚が戻った。戻ると信じていても「徐々に」であって「突然いっぺんに」とは考えなかった。「もし戻ったままでいるなら、もう聴衆をびっくりさせたりはせず、泣いている人のそばで弾きたい」。現在もあの日の感謝を胸に、演奏に臨む。

 ドラえもんが一度消えかけた少女の夢を取り戻し、大人になった今もさらなる夢の存在を信じさせる。今度は私のヴァイオリンがドラえもんとなって、子どもたちに夢を与える番だ。

  ・・・

  うーん。

  あの天才ヴァイオリニストの千住真理子さんであっても、スランプがあり、それを克服するのに長い間の苦悩があったのですね。千住さんはその苦しい間も夢を捨てず、ボランティア活動に励んでいたのですね。そして、その彼女の支えになっていたものの一つが「ドラえもん」だったんですね。

  うーん。

 さて

 あなたはどう思いますか?

 藤子・F・不二雄作「ドラえもん」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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2007年2月22日 (木)

小山ゆう①マンガの世界に入ったのはほんの軽い気持ちだった

 名作漫画家は「人生の達人」でもあります。名作を描いたマンガ家がどのような人生を歩み、また、どのようにしてマンガ家になったのか、そしてまた、その後どのように成長しているのか、を知りたいと思うのは、マンガの描き手や、描き手を目指す人だけではありません。マンガの読み手にとっても、大変興味深いものです。なぜなら、その人生の歩みのなかから学ぶものがたくさんあるからです。

今回は

  まんが③マンガの書き手はソコントコをコウしてます

  というカテゴリーのなかで、あの小山ゆう先生の漫画家としての成長の姿から学びたく、先生の人生の歩みを追いながら

小山ゆう①マンガの世界に入ったのはほんの軽い気持ちだった

小山ゆう②やりたいことにはトコトンこだわる

小山ゆう③編集長とは激しく戦う

小山ゆう④ブレーンがゴロゴロいた

小山ゆう⑤人との出会いにに恵まれて成長するということ

と題した5回シリーズで進めたいと思います。

第1回目の今日は

小山ゆう①マンガの世界に入ったのはほんの軽い気持ちだった

です。

0220_301 「おれは直角」、「がんばれ元気」や「あずみ」など。作者の小山ゆう先生はいつもニコニコしていて、おおらかな人柄だそうです。はたしてどのような人生を歩み、また、どのようにしてマンガ家になったのか、そしてまた、その後どのように成長しているのでしょうか。

 マンガの書き手はソコントコをどうしているのでしょうか? 

 宇都宮滋一先生は著書の「名作マンガの知られざる制作現場・<ダメ!>といわれてメガヒット」の中で小山ゆう先生について次のように書いています。

・・・・・ 

  小山ゆうさん(本名・大竹由次)は昭和23年(1948年)2月20目、静岡県小笠郡の専業農家の長男に生まれ、「のんびり、ぽかぽか育った」という。中学校までは成績が良かった。「農業は自分に向かない」と思い、商業高校に進んだ。当時まわりに大学へ進学する人は少なく、「大学はハナから考えていなかった」。 高校進学を境に順調だった人生に異変が起きる。思春期の肉体的変調なのか、声が出なくなった。身長もクラスで一番小さかったのが急激に伸び、ヒザが痛くて思うように歩けなくなった。これらが「大きなコンプレックス」になり、暗い高校生活を送る羽目になった。あとで振り返れば、とるに足らないようなことでも深刻に考えるのが思春期特有の傾向だ。「こんなことじゃ、まともな就職先もない」と悩んだ末、「えーい、就職なんかしないぞ」と決めた。

0220_101  かつて先生に「音感がいい。ブラスバンドに入れ」とすすめられたことを思い出した。「テレビで見たりしていると、作曲家や詩人は不遇な人生を送るけど、美学を感じさせた。東京で苦労して、たとえ売れなくてもいい。1曲残せれば満足しようと考えたんです」。 18歳の夏、作曲家を目指して上京した。このころには体調も回復していた。夢は夢として、とりあえず食わなくてはいけない。新聞広告を見て、アニメーションの会社でアルバイトを始めた。1年ほど、ここで働いた。

 たまたま休憩時間に、さいとう・たかをさんの「無用ノ介」を模写していた。「学校時代、絵はクラスでもうまいほうだった」という。その絵を見た先輩が「知り合いがさいとうプロにいるから紹介してやろうか」と言ってくれたので、「じゃ、お願いします」と頼んだ。当時はマンガ家になりたいという希望を持っていたわけではなく、バイトならなんでもよかったので、軽い気持ちだった。実はマンガ自体、東京に出てくるまでほとんど読んだことがなかった。なにしろ手塚治虫さんの「鉄腕アトム」さえ読んでなかったのだ。初めて「マンガって面白いなあ。マンガってこんなに深く人に感動を与えるんだ」とわかったのは、「週刊少年マガジン」の「あしたのジョー」だったという。「ジョーは自分の身近で生きているという気がした。マンガの中でジョーが殴られると痛みを感じたもの」。

 20歳のときに、さいとうプロの面接を受けた。雑誌「スクリーン」の模写などを数点見せたところ合格し、アシスタントに採用された。 これが小山さんのマンガ道のスタートだった。

さいとうプロには、「それまでの人生では出会ったことのない人たちがいっぱいいた」。まずは、劇画界の巨人、さいとう・たかをさん。先輩には当時はまだ無名だった小池一夫さん。兄貴分の山本又一朗さん。アシスタント仲間のやまさき拓味さん。多くの人々との出会いが始まった。

0218_203  アシスタントとしてさいとうプロに在籍したのは約3年半だった。「午前8時から午後10時までが定時で、休みは月2日」(関係者)という、ほぼ休みなしでみっちりマンガの基礎を仕込まれた。「背景と人物はだいたい描けるようになった」小山さんだが、さいとうプロの中では「劣等生だった」という。アシスタント仲間は当然のことながら、絵に自信があってこの世界に飛び込んできた人ばかり。「ほかの人はマンガが大好きで、さいとう先生のことが大好きで育ってきた。それに比べて僕はさいとう先生がすごい人だということも知らずに入ってきた。マンガ界の常識をあまりにも知らなかった。拳銃や車にやたら詳しいオタクもいた。すごい人たちばかりだなあとカルチャーショックを受けてました」

 当時のアシスタント仲間のひとりが、2歳年下のやまさき拓昧さんだ。小池一夫さんの原作「鬼輪番」でデビューし、競走馬のエピソードを綴った「優駿たちの蹄跡」(集英社・ビジネスジャンプ)、「優駿の門」(秋田書店・少年チャンピオン)で売れっ子マンが家になった。「(双葉社の「漫画ストーリー」連載の)」『鬼輪番』は、ながやす巧さんが画を担当していたんですが、途中で身体をこわしてしまって、代打を探していたんです。それで、僕のところに回って来たんです」と振り返るやまさきさんは昭和43年(1968年)、新宮高校(和歌山県)卒業後、さいとうプロに入った。和歌山県はさいとう・たかをさんの母親の地元だった。しかも、さいとうさんのいとこが県議会議員で、やまさきさんの父親がその秘書という縁もあった。高校時代、美術部だったやまさきさんは「本の装丁やデザインの仕事」をしたかったが、マンガもよく読んでいた。「父が、行きたいなら話をしてやるぞとすすめるので、『東京へ行けるならいいかな』と思いました」。

 やまさきさんの1、2ヵ月後に人社してきたのが小山さんだった。ふたりは1年間ほど、4畳半のアパートで一緒に暮らした。やまさきさんは「仕事が終わってもいつも一緒。よく新宿で夜明け近くまで遊んだ」という。「初めのころは、マンガはそれほど好きじゃなかったと思うな。僕もそうだから、マンガの話はしない。映画が好きだから、一緒に見にいったり。夜中の2時か3時ごろに『この本、面白いぞ』と言って持っていったりした。ふたりとも好きなのは、映画なら黒沢明、小説なら山本周五郎、司馬遼太郎などでした」。

0220_232  当時の小山さんについて、やまさきさんは「絵を描く手は遅かったし、絵(マンガではない)はうまいとのイメージはなかったなあ」と言うが、脱帽した点が1つあった。「マンガに関して、これが面白い、あれが面白いというと、すぐにそれをやる。自分の知らない世界だったから他人の意見をよく聞けたのかもしれないが、すれてない。あの素直さは、まるで砂が水を吸いこむみたいだった」と語っている。

・・・・・ 

 小山ゆう先生は、このように人生を歩み、このようにしてマンガ家になり、そしてまたその後このように成長しているのですね。 

 あなたはどう思いましたか? 

小山ゆう先生の、●「がんばれ元気」、●「あずみ」、●「おれは直角」、●「いざ!!竜馬」、●「スプリンター」、●「ももたろう」は、東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。 

・・・・・

小山ゆう
1948年静岡県生まれ。「さいとう・プロダクション」のアシスタントを経て独立、73年に「おれは直角」でデビュー。76年から5年間「がんばれ元気」が少年サンデーに連載され、80年にはテレビアニメ化されてヒットした。現在も「あずみ」を小学館ビッグコミックスぺりオールに連載中で映画化もされている。

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2007年2月21日 (水)

いよいよマンガのミニチュアができた

コレクションはなかなか魅力のあるものです。切手やカードだけでなく、フィギュアやミニチュアなど、さまざまあり、コレクターの人気はとどまることを知らないかのようです。そして、今度はマンガのミニチュアが出たそうです。マンガの人気がこのような形でも表れるとは予想外といえるかもしれません。マンガを取り巻く話題のうち、最近の産経新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか?

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか?

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事

なのです。

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は?

  というカテゴリーのなかで 

  いよいよマンガのミニチュアができた

  と題して進めます。

・・・

 産経新聞の平成19年1月30日付け経済面で次のような記事がありました。

・・・

0221_01 手のひらサイズの手塚漫画

 セガサミーグループのセガトイズは、手塚治虫の漫画を手のひらサイズに再現した「ミニコミ・手塚治虫漫画全集」を発売した=写真。

 これは、昭和30年代に発売された「ブラック・ジャック」 「ジャングル大帝」 「リボンの騎士などの漫画本を高さ6.8cm、幅5cmで再現。表紙だけでなく、ページをめくって読むことができる。

 同社では「現在は入手困難となっている漫画本としての価値があるほか、コレクションとして楽しむこともできる」と強調する。自動車やバイク、キャラクター人形などが、コレクターに根強い人気があることに着目した同社が、漫画のミニチュアをつくった。

 全集は400冊発行されたが、第1弾として200冊を再現し、全冊を収納できる木製の本棚などとセットで7万3500円で販売する。

・・・

 うーん。

 マンガがこんな風にミニチュア化されているのですね。私たちが知らないうちに、マンガは思わぬ読まれ方や、注目のされ方をしているのですね。このような意外な読まれ方をされ、注目されようとしているマンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。

 あなたはどう思いますか?

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2007年2月20日 (火)

韓国にこんな影響を与えている日本の「マンガ」

日本のマンガが世界で読まれているとはよく聞きます。しかも一部のマニアにだけ注目されているのではないようです。私たちが知らないうちに、思わぬ読まれ方や、注目のされ方をしているようです。最近のマスコミの報道のうち、最近の産経新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか?

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか?

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事

なのです。

0220_01まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は?

  というカテゴリーのなかで 

  韓国にこんな影響を与えている日本の「マンガ」

  と題して進めます。

・・・

 産経新聞の平成19年2月17日付け国際面で黒田勝弘氏は次のように書いています。

・・・

「韓国にきた寿司王」

 マンガ『将太の寿司』などで知られる寺沢大介氏が先ごろ韓国を訪れ大変な人気だった。この作品は韓国でも『ミスター寿司王』と題して翻訳され、隠れたベストセラーになっている。訪韓は日本の国際交流基金の対韓文化交流の一環で、原画の展示会やサイン会、さらに韓国の人気料理マンガ『食客』の作家・許英萬氏とのトークなど大盛況たった。

 寺沢人気の背景には韓国における近年の″日本食ブーム″がある。″日式″と称される魚中心の日本料理は、以前はもっぱらおじさん世代の好みだったが、今や若い世代にまで広がり、回転寿司など若いカップルでいっぱいだ。食のみならず近年のワインブームの背景にも実は ″日本食がある。やはり日本の長編マンガ『神の雫』が翻訳されこれまたベストセラーになっているのだ。ワインの世界を素材にしたこの作品は韓国社会にワインの知識を広げワインブームを巻き起こしている。`

0220_03  日本製の人気マンガはビジネス界にも影響を与えている。韓国最大の財閥・サムスン(三星)グループなどは寺沢マンガを重役たちの必読書にしているという。作品に描かれている顧客優先の発想に学べというわけだ。その結果、サムスンには新しく「最高顧客担当責任者(CCO)」も誕生した。

・・・

 うーん。

 日本のマンガがこんな風に韓国で読まれ、活用されているんですね。私たちが知らないうちに、思わぬ読まれ方や、注目のされ方をしているのですね。日本国内だけでなく、世界で読まれ、注目されようとしているマンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。

 あなたはどう思いますか?

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2007年2月19日 (月)

「きらきらひかる」は仕事に誠実に取り組めば自分なりの深い人間観が備わると教えている

 どんな仕事でもそれに誠実に取り組んでいる姿は美しいものですね。仕事に誠実に取り組んでいる人は自分なりの仕事観を持っているように思いませんか? 誠実な仕事観は誠実な人生観にもつながるといえるでしょう。

職場を舞台にしたマンガは、たとえそれが創作であっても学ぶものがあります。私たちは職場に生まれる喜び、苦しみ、悲しみ、誇り、後悔などを作品の中から読み解き、追体験できるからです。

0218_01 今日のマンガは郷田マモラ著「浪速美人監察医物語 きらきらひかる」です。

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「きらきらひかる」は仕事に誠実に取り組めば自分なりの深い人間観が備わると教えている

  と題して進めます。

 梅埼修先生は著書の「マンガに教わる仕事学」の中で、郷田マモラ作「浪速美人監察医物語 きらきらひかる」について次のように書いています。 

・・・

 子供の頃、なりたかった仕事はなんですか? 男の子ならパイロットやお巡りさんが多かったと思う。いつの時代も、子供たちが憧れる定番の仕事は変わらない。では、なりたくない仕事はなんだろう。これに関しては、子供たちの意見も様々である。私にとっては、断然お医者さんであった。そもそも子供にとって医者は大嫌いな存在であるが、病院嫌いの私にとっては、医者は嫌いという上りも恐ろしい存在であり、実は、大人になった今も病院は大嫌いである。とくに外科のお医者さんは、自分を痛めつける悪者と思っていた。まあ、本当は治してくれているのですが……。

 もちろん、その後成長してもう少し大人になれば、医者は高収入であることも知るので、なれるなれないは別にして、ちょっとは気持ちがぐらつく。しかし医者は、切ったり、縫ったりするんですよ。血を見るだけでも卒倒してしまう、私のような気の弱い人には絶対に無理な職業だろう。自分の気質も考えずに、社会的地位や所得からなんとなく医者を目指している人は考え直した方がよいと思う。

0218_06  郷田マモラ著『浪速美人監察医物語 きらきらひかる』(講談社漫画文庫)というマンガがある。主人公の天野ひかるさんは監察医である。監察医とはあまり聞き慣れない言葉だが、なんと死体を解剖し、その死因が何であったのかを突き止めるのが仕事である。死囚が不明であることからも想像できるように、司法解剖される死体は、溺死体、焼死体、腐敗した死体、白骨化した死体など……様々である。これは、病院嫌いどころではない。いくら仕事とはいえ、想像しただけでも、耐えられない。

 しかし―――。T大学を主席で卒業したひかるさんは、数々の研究室からの引きがあったにもかかわらず、監察医への道を選んだ。彼女はなぜ人の命を肋ける医者ではなく、死体解剖の仕事を選んだのだろうか? その理由を考える前に、彼女の仕事をそっと覗いてみよう。まず、司法解剖をはじめるとき、ひかるさんは手を合わせてこうつぶやく。

「痛いやろけど、ちょっとの間、辛抱してください。」(第1巻より)

また、他人が行った1度目の司法解剖の結果に納得できず、再度解剖検査をする時にも

「もういっぺんだけ我慢してください・・・」(第2巻より)とつぶやくのである。

 相手は死者である。実際は痛みなど感じないだろうが、彼女はそう思いながら仕事をしている。

 さらに、彼女は性別すらわからなくなった死体を診ながら、「せめて・・・せめて身元だけでも分かりますように・・・」と願う。そして身元が分かったとき、「うちに身元が分かるよう教えてくれたんです!」(第1巻より)と家族の人たちに声を掛け、その悲しみと喜びを分かち合うのである。

 ひかるさんは、死者を単なる死体としては扱わない。死者は心を残し、何かを語っているのだ。彼女は、この仕事を選んだ理由を次のように語っている。

「うちな・・・・・死んだ人の言葉を聞いてあげたいんや!」(第1巻より)

 自分の仕事をこんな素晴らしい言葉で表現できる人は少ないだろう。

0218_04  医者嫌いの私も、ひかるさんの仕事を眺めながら、仕事が与えてくれる大切な何かを感じた。私には、彼女が優秀な医者であるだけではなく、優秀な哲学者のようにみえる。哲学者にみえるといってもむろん、彼女が難解な本を読み、難しいことを考えているからではない。彼女が人として素晴らしい態度を持っているという意味での哲学者である。おそらく、監察医という仕事に真剣に取り組み続けた結果、彼女に深い人間観が備わったのだろう。

 仕事が与えてくれるもの、それは給料や達成感であったりするのだが、それ以外にも大切な生き方を教えてくれるのだ。われわれは、そのことに気づくべきだろう。たいてい仕事は、一生の大半を使って毎日続けるものであり、われわれが思う以上に、働く人たちの感じ方や考え方に影響をあたえている。それゆえ、本来、パイロットにはパイロットの人間観が、警察官には警察官の人間観が育つはずなのである。われわれは、仕事を通して自分だけの人間観を身につけている。だからこそ、好き嫌いの判断だけではなく、自分の仕事を大切に扱うべきなのである。

・・・

 うーん。

 「浪速美人監察医物語 きらきらひかる」のなかで郷田マモラ先生は私たちに「仕事に誠実に取り組めば自分なりの深い人間観が備わる」と教えてくれているんですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 郷田マモラ作「浪速美人監察医物語 きらきらひかる」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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2007年2月18日 (日)

ひとつがダメでも、10コあれば…!!「デカスロン」山田芳裕

Photo_8 こんにちは、まんたんスタッフのうえむらです。
最近すっかり運動不足です。テレビなどで引き締まった肉体を持った
スポーツ選手を見るにつけ、だらしなく緩みきった体の自分が
つくづく情けなくなるのですが、いまいち運動しようというモチベーションは
高まらず、そのままに…最後に本気で走ったのはいつだったっけ?
そんな思いを胸に秘めているのは私だけではないのではないでしょうか。

今回ご紹介する漫画「デカスロン」は、そんな慢性運動不足の読者の心を
ぎゅっと掴んで、まるで夏季オリンピック開催期間中の
テレビ中継に影響されて思わずジョギングを始めてしまいそうになる、
あの素晴らしい興奮の中に誘ってくれる、そんな作品です。

皆さんは十種競技(デカスロン)という陸上競技をご存知でしょうか。
100m走、走り幅跳び、砲丸投げ、走り高跳び、400m走、110mハードル、
円盤投げ、棒高跳び、やり投げ、1500m走の10種目を2日間で行い、
10種目の総合得点で順位を競うという過酷な競技です。
この競技で頂点に立つものは、まさに「走・投・跳」全てに秀でた万能の超人なのです。

主人公の風見万吉は19歳。高校時代に野球の投手として活躍しましたが
プレッシャーに弱く、大事な試合で暴投を続けサヨナラ負けを喫したトラウマを持っています。
家業の牛乳屋を手伝いながら
近所の高校で美人教師の村山先生に十種競技(デカスロン)のてほどき
を受け、初めての日本選手権のために新潟から国立競技場へ。

陸上の専門知識もなく、果てしなくバカな田舎モノの万吉が、
この熱すぎる競技にのめり込んでゆくその過程にグングン引き込まれます。
すぐには結果が出ない特殊なスポーツゆえに生まれるライバル達との駆け引き
に息を呑むことまちがいなしです。
そして何より山田芳裕特有のダイナミックな構図や迫力ある人物の表情に圧倒されます。
最後の1500m走なんて、読んでるこっちまで息があがりそうになるんですよ、ホントに。
体力の限界まで力を振り絞って走るアスリート、いやデカスリート達の汗が飛び散る。
まさにキングオブスポーツ!と胸が熱くなる漫画です。

また、十種競技(デカスロン)というのは最後まで誰が優勝するのかまったく読めない
競技です。もし仮に苦手な種目で失敗しても、まだ得意な競技が残っていれば
それに懸けて挽回できるチャンスがあるのです。
作品中で一番好きな万吉の台詞「ひとつがダメでも、10コあれば…!!!」
は、人生のいろんなところに応用できるのではないかとひそかに思っています。

心についた脂肪を燃焼させる漫画、山田芳裕「デカスロン」はまんたんに置いてあります。

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2007年2月17日 (土)

「天才柳沢教授の生活」は周囲の意見に惑わされずに自信をもって人生の主人公になれと教えている

 自信がぐらついた時は自分が小さく見えることがあります。周りの意見に左右されたり、人の評価が気になったりしがちです。場合によっては何から何まで自分を否定したくなることさえあります。あなたにもそんなことがありますか?

そんな時にこそ、本来の自分の長所短所を自覚した上で今の自分をそのまま受け入れてみてはどうでしょうか。その上で、今の自分にできることに最善を尽くすことが、自分の人生の主人公は自分であるということを思い出させてくれるのではないでしょうか。

職場を舞台にしたマンガは、たとえそれが創作であっても学ぶものがあります。私たちは職場に生まれる喜び、苦しみ、悲しみ、誇り、後悔などを作品の中から読み解き、追体験できるからです。

0217_01  今日のマンガは山下和美作「天才柳沢教授の生活」です。

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「天才柳沢教授の生活」は周囲の意見に惑わされずに自信をもって人生の主人公になれと教えている

  と題して進めます。

 梅埼修先生は著書の「マンガに教わる仕事学」の中で、山下和美作「天才柳沢教授の生活」について次のように書いています。

・・・

  長い仕事人生、誰しも自分の仕事のやり方に疑問を持つことがある。疑問を持つだけならまだしも、自信を喪失してしまう人も多い。とくに人事異動や昇進、または出向や転職で仕事が変わると、今までのやり方が通用せず、戸感ってしまうことがある。たとえ仕事が変わらなくても、上司が代わるだけでも仕事が急に上手くいかなくなることもある。本人の問題じゃないの、と言う人もいるだろうが、実際、相性の悪い上司では大変だと思う。

 不思議なもので、仕事で自信を喪失すると、急にまわりの評価が気になりはじめる。自信喪失の時には、他人にアドバイスを求めてみたりするものだが、このアドバイスが参考になるかというと、そうでもないのだ。かえって状況を悪化させることが多い。あたりまえだが、仕事が上手くいかなくてもその人のすべてが否定されたわけではない。それなのに、すべてが否定されたように思ってしまう。つまり、意識過剰なのですね。嫌いな上司の一言をいつまでも気にしてみたり・・・・。われわれは、調子の良いときに他人の言葉に耳を傾け、調子の悪いときには、まず自分自身を取り戻すべきなのである。

0217_06  山下和美著『天才柳沢教授の生活』(講談社漫画文庫)というマンガがある。主人公の柳沢教授は、かなり世間ずれした六十代の大学教員である。教授の朝は、五時起床からはじまる。大学までの通勤は、交通ルールに従った右側通行で、横断歩道以外で道を渡ることはない。道路を直角にカクカクと曲がるのである。

 教授の仕事の大半はすべて読書に費やされる。そして仕事以外の趣味も読書……他には……新聞の切り抜き。要するに、生活のすべては読むことに費やされる。読書が終われば、さっさと九時に就寝である。経済学を研究する柳沢教授の暮らしは、規則正しく、自由経済の法則にのっとった合理的生活なのである。

 ところで、ちょっと変わった柳沢教授であるが、不思議といろいろな人が訪れる。ある助教授は自慢する。「教授の授業は生徒さんも少ないから採点も楽でしょう。私の授業なんか私か書いた『HOW TO 財テク』がベストセラーになってるせいか、生徒があふれちゃいましてねえ」(第1巻より) まあ、厭味なのだが、柳沢教授は思う。「この助教授は一体何をしに来たのであろうか。本棚や壁や机や私に向かって自分の説明をしに来たのであろうか。単なる説明であれば答える必要もないであろう」(第1巻より) 教授には、厭味が厭味にならないのです。

 このようにわが道を往く柳沢教授であるが、意外と他人の生き方に大きな影響を与えている。むろん、本人はまったく目覚していないのだが・・・・。たとえば、娘むこの三雄さんが仕事の相談にやってくる。彼は出版社でマンガ雑誌の編集者をしているのだが、締め切りに追われ、漫画家に逃げられ、とても落ち込んでいる。彼は言う。 「僕はこんなハードカバーの本に囲まれて暮らしたかったんです。お義父さんのように暮らしたいんです。あんな漫画本なんかじゃなくて」(第2巻より)

 義父としてアドバイスしてあげたら、と思うが、教授には彼の悩みがわからない。三雄さんは続けてこう問いかける。 「お義父さんは、このままじゃいけないって……って思ったことありませんか? 人生が嫌になったことありませんか?」(第2巻より) 教授の答えは・・・・キッパリ「ない」である。そして九時になると、「私は寝ます」「続きは起きてから」……なのです。みなさんはひどい義父と思うかもしれない。しかし、逆に落ち込む三雄さんにどんなアドバイスができるだろうか?

0217_24  教授の奥さんが言う。「三雄さん、お父さんはねえ、大学教授になれたんじゃなくって、大学教授にしかなれなかったのよ。お父さんがフツーのサラリーマンなんて変でしょう。漫画家だっておかしいわ。お父さんはこれが自然なのよ」(第2巻より) 三雄さんは、まわりばかりを気にしていた自分に気づき、本来の自分を取り戻す。

 では、自然な自分とはなんだろう。たしかに、われわれは「自然」を忘れることが多い。他人に自慢をするのも、自信を喪失するのも、他人の価値観に依存する意味では同じことである。つまり、「不自然」なのである。要するに、単なる傲慢ではなく、柳沢教授のように自分は自分、他人は他人と思える自信が重要なのである。教授の仕事だけじゃない。どんな仕事でもそう思うべきだろう。なぜなら、われわれは誰もが自分の人生の主人公なのだから。

・・・

 うーん。

 「天才柳沢教授の生活」のなかで山下和美先生は私たちに「周囲の意見に惑わされずに自信をもって人生の主人公になれ」と教えてくれているんですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 山下和美作「天才柳沢教授の生活」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年2月16日 (金)

どうか「まんが喫茶」を誤解しないでください

「まんたん」店長のひとりごとです。

・・・

 私はマンガが大好きです。まんが喫茶が大好きです。一人でも多くの方にマンガを大好きになってほしいと思っています。一つでも良いからマンガのすばらしさをお伝えしたいのです。そのためにまんが喫茶を続けています。そのために何ができるかを考え続けています。そのためにいろいろ始め、試行錯誤しています。

 マンガは低級だ。マンガは胡散臭い。マンガが趣味とは履歴書にかけないよ。まんが喫茶なんてアヤシイ。ヘンなところじゃないの? まんが喫茶にいったことはナイショ内緒、秘密にしておこう。

 いろんな声が聞こえてきます。このような声は多くの場合、誤解だと思います。まだ余りマンガを読んではいないための誤解かもしれません。ぜひマンガを読んでみてください。そこには感動があり、娯楽があり、癒しがあります。時には主人公の生き様に涙し、共感することがあります。人生を学ぶこともあるのです。

 まんが喫茶にいってみてください。まだ、まんが喫茶に入ったことが無かったための誤解かもしれません。あるいは、マンガを楽しむようにはなっていないお店しか利用したことが無かったための誤解かもしれません。マンガを楽しむためのまんが喫茶、そこには面白いマンガがあります。くつろげる空間があります。店主や、スタッフがこころと思いを込めて揃えた珠玉のマンガがあなたを待っているのです。静かに落ち着いてマンガを読める客席と環境があります。

 どんなマンガを揃えているのか、どのように陳列しているのか、を見るとそのまんが喫茶がわかると思います。控えめにではありますが、でも一生懸命に「このマンガを読んでください。とても面白いですよ。私はこんなに感動しました。あなたもこの感動をぜひ味わってください」と無言で訴えているのです。店主やスタッフの熱い思いなのです。それはまんが喫茶の声無き声であり、個性なのです。もちろん百のまんが喫茶があれば百の品揃えがあります。百の顔があるともいえます。その違いを見てゆくと、あなたのお気に入りのまんが喫茶が見つかることでしょう。

 どんな設備があるのか、どんな客席なのか、BGMはあるのか無いのか、店内の雰囲気はどうか、などもそのお店の個性です。静かに落ち着けるのかどうか、安心してまんがに没頭できるのかどうかも大事なポイントでしょう。そのお店の個性が強く出ていると思います。

 まんが喫茶を始めておかげさまで10周年。その間にまんが喫茶はたくさん増えました。数が増えただけではなく、その内容も多様化しました。大型化、複合化したともいえます。24時間営業、個室、ビデオ・パソコン・ネット・ゲーム、シャワー付き簡易宿泊施設化、などなど。利用の仕方も変わりました。ネットをしに行く、ゲームをしに行く、ビデオを見に行く、あるいはデートをしにゆく。始発電車を待つまでのあいだ時間をつぶすとか、安く宿泊するという利用もあるそうです。

 「マンガを楽しむ」--東京漫画探偵団(まんたん)は昔ながらの伝統を頑固に守りたいと思っています。この頑固さが私たちの個性なのです。パソコンは置いてありません。ネットもゲームもできません。個室もありません。でも、安心してマンガが読めます。マンガを楽しむことができます。この基本を伝統と考え、この伝統をかたくなに守りたいと思っています。でも、この伝統を頑固に守りますが、この伝統を守るためには必要があれば変わります。そのために昨年12月1日にリニューアルしました。これからもどんどん変化してゆきます。

 私はマンガが大好きです。まんが喫茶が大好きです。一人でも多くの方にマンガを大好きになってほしいと思っています。一つでも良いからマンガのすばらしさをお伝えしたいのです。そのためにまんが喫茶を続けています。そのために何ができるかを考え続けています。そのためにいろいろ始め、試行錯誤してゆきたいのです。

 いろいろなまんが喫茶があります。それに対していろいろな評価があります。いろいろな個性に対していろいろな評価があるのは当然です。でも、どのまんが喫茶も同じだ、とは思わないでください。どのまんが喫茶もいかがわしい、くだらない、つまらない、と思わないでください。一度でよいですから東京漫画探偵団を覗いてみてください。

・・・

 どうか「まんが喫茶」を誤解しないでください。

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2007年2月15日 (木)

「クッキングパバ」は家庭に逃げ込むのではなく職場と家庭を共に充実させようと呼びかけている

仕事人間という言葉があります。仕事を優先して家庭を犠牲にしている、というニュアンスで言われることのある言葉です。一方で、マイホーム人間という言葉もあります。こちらの方は、仕事はイマイチで私生活のほうに重きを置きすぎている、という含みを持たせて使われることのある言葉なのです。

考えてみれば、仕事もダメ家庭もダメ、というのもあれば、仕事も家庭も充実している、というものもあるわけですね。もちろん仕事や家庭だけではありません。創作や趣味、勉強、奉仕、信仰、恋愛、友情、闘争、修行、などなど、人の生きる世界はたくさんあります。ですから職場と家庭という二つの場面だけで人の生き様を語るのは単純すぎます。

それでもこの二つの場面は多くの場合、やはり生きていくうえで最も重要であり、基本となるものでしょう。職場と家庭、この二つの場面で充実しているかどうかということを改めて考えてみませんか。職場を舞台にしたマンガは、たとえそれが創作であっても学ぶものがあります。私たちは職場に生まれる喜び、苦しみ、悲しみ、誇り、後悔などを作品の中から読み解き、追体験できるからです。

0215_01  今日のマンガは、うえやまとち作「クッキングパバ」です。

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「クッキングパバ」は家庭に逃げ込むのではなく職場と家庭を共に充実させようと呼びかけている

  と題して進めます。

 梅埼修先生は著書の「マンガに教わる仕事学」の中で、うえやまとち作「クッキングパバ」について次のように書いています。

・・・

 バブル崩壊、さらに失われた十年を過ぎて、なお出口の見えない経済状況が続いている。政府には、景気回復の有効的な政策が期待されている。構造改革による景気回復、いや、雇用創出のための思い切った経済政策と、白熱した議論が行われている。しかし……一方でこのような切実な議論がわれわれの本当の関心を引きこせないことも事実ではないだろうか?

 どのような政策が行われようと、戦後日本経済がこれまで経験してきたような高成長はあり得ないことに、われわれはウスウス気づきはじめている。日本社会に真に求められているのは、新たな成長ではなく、この先も続くであろう停滞に慣れるスキルかもしれない。長期勤続と給与の上昇が保証されなくなった会社ではなく、家庭に人生の目的を求める人も増えてきている。

0215_02  雑誌「週刊モーニング」で長期連載を続けている、うえやまとち著『クッキングパバ』(講談社)というマンガがある。いかにも九州男児といった風体の荒岩一味さんは、会社では厳しい上司と言われている。しかし、その実態は料理大好きのマイホームパパである。新聞記者という不規則かつ忙しい仕事を持つ妻の虹子さんや元気いっぱいの子供だちと一緒に暮らしている。彼は、料理はもちろんのこと、家事全般を、義務ではなく、ひとつの楽しみとして積極的にこなす。息子のまこと君も、お店で料理を食べても・・・・「とうちゃんが作るのと同じくらいうまいっ」(第1巻より)……なのだ(かあちゃんではない)。読者の中には、荒岩さんのスーパーパパぶりに感心し、幸せいっぱいの荒岩家にあこがれる人も多いのではないだろうか? この停滞の中、あくせく働くよりも、家庭でのんびり過ごしたいと願う人は多いと思う。

 しかし、現実に戻って少し考えれば、仕事を離れた家庭のみの充実は難しいと言えるだろう。なぜなら、荒岩家のような家庭をつくるには、会社での仕事のあり方も問題になってくるからだ。たとえば、残業はどの程度あるのか、出張は頻繁か、転勤の可能性はあるのかなど、考えはじめると、結局のところ家庭生活の充実は難しくなってくる。仕事と家庭の両立はなかなか難しいのだ。

 そんな問題を踏まえながらこのマンガを読み返すと、いろいろな発見がある。荒岩家は地方都市に住んでいるので、自宅も会社から五分のアパートである。それゆえ、荒岩さんは会社と自宅の間を頻繁に往復できるのだ。また、アットホームな会社に勤めているので、部下を自宅に招くことも多く、同僚とも家族付き合いをしている。なるほど! 自分の家庭を充実させるには、住居と職場を選び、同僚と密接な人間関係をつくる必要があるのだ。そして、何よりもよい夫婦関係が重要である。

 たとえば、荒岩さんが料理で妻の両親をもてなしている最中、酔っ払って仕事から帰ってきた虹子さんをお義父さんが怒る。それに対して、荒岩さんは次のように言う。「お義父さん、さっき「男子厨房に……」とおっしゃったでしょう。お義父さんの時代は、それが一番おたがいの力を出せたんですよ。今、我が家はそんな意味でこれが一番いい型なんです」(第2巻より)夫が働き、妻が家事をするという旧来の形も否定せず、それぞれの夫婦がお互いに協力できる形をつくるべきという荒岩さんの考えから学べることは多い。

 このマンガを読むと、職場が厳しいからやすらぎを求めて家庭へ逃げるという生き方ではダメで、職場と家庭を同時にデザインできる能力が重要だと理解できる。ただ、これが、なかなか思い通りにならない難事業なのだ。だけれども、職場と家庭を思いながら、地域や住居、もちろん食事にも配慮しつつ理想の生活を見つけることは、やりがいのある事業だと思う。こんな時代だからこそ、挑戦すべき価値ある事業だと私は思う。

0215_090 ・・・

 うーん。

あなたは仕事人間ですか? 仕事を優先して家庭を犠牲にしていますか? それともマイホーム人間ですか? 仕事はイマイチで私生活のほうに重きを置きすぎていませんか? 仕事も家庭も充実していますか? あるいは、創作や趣味、勉強、奉仕、信仰、恋愛、友情、闘争、修行に生きているのでしょうか?

職場と家庭とは、やはり生きていくうえで最も重要であり、基本となるものです。この二つの場面で充実しているかどうかということを改めて考えてみませんか? そのような目で読んでみると、「クッキングパバ」のなかで、うえやまとち先生は私たちに語りかけているように思います。「家庭に逃げ込むのではなく職場と家庭を共に充実させよう」と呼びかけているんですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 うえやまとち作「クッキングパバ」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年2月14日 (水)

「壁ぎわ税務官」は職場の身近な人のなかから自己実現のための教師を見つけよと教えている

東京漫画探偵団(まんたん)のお客様には社会人が多くいらっしゃいます。仕事の合間、あるいは余暇にご利用いただいています。なかには店内で仕事をする方もいれば、一休みするとか、食事をする方もいます。それらのお客様には職場を舞台にしたマンガはとても好評です。たとえそれが創作であってもその中に共感を覚えたり、学ぶものがあるからでしょう。職場や仕事の中に生まれる喜び、苦しみ、悲しみ、怒り、愛、憎しみ、誇り、後悔・・・などなど、さまざまな思いを作品の中から読みとり、投影し、追体験しているのでしょうか。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「壁ぎわ税務官」は職場の身近な人のなかから自己実現のための教師を見つけよと教えている

  と題して進めます。

0214_01  梅埼修先生は著書の「マンガに教わる仕事学」の中で、佐藤智一作・コミックブレーン推進委員会脚本『壁ぎわ税務官』について次のように書いています。 

・・・

 不況下、業績が悪化しはじめると、真っ先に企業が削るのは教育費と言われる。たしかに今期の決算が危ういのに、十年、二十年後に効果が現れるであろう社員教育に貴重な予算を振り分けることはないだろう。このところ日本企業は教育費を減らし続けているのではないだろうか?でも、予算削減の負担を背負うのは、他ならぬ社員一人ひとりである。そんな状況を反映してか、最近は、個人の責任で教育を行うことが推奨されている。会壮丸抱えで教育されるのではなく、自らの市場価値を高めるために自分の裁量で教育する。

 ところが、教育のリスクや負担はかなり犬きいのである。あたりまえのことであるが、自分で学ぶことを選はなければならない。社員横並びの教育ではなく、自分の将来像を考え、必要な能力は何か、そしてそれを身につけるためにどのような教育を受けるべきか、自前で考えなければならない。実際のところ、仕事人生のなかの教育期間は短い。二十代、三十代を教育期間と考えると、四十代、五十代は、その教育の中身を活かす期間である。そのうえ、数十年の仕事生活を見越して教育しなければ、せっかく身につけた能力も水の泡である。変化する産業社会では、かつて求められた能力もアッという間に陳腐化する。横並び教育ならば、教育に成功した社員(稼げる社員)が余分に稼げばいいのだけれど……。

 われわれは、何を、どのように学べばよいのだろうか? 自分で決めろ、と言われても、この選択がなかなか難しいのだ。不安があるからか、とりあえず学校に通う人心増えている。結局、“教育の自己責任”とは、ていのよい経営側の責任転嫁なのかもしれない。

 佐藤智一作・コミックブレーン推進委員会脚本『壁ぎわ税務官』(小学館)というマンガがある。地方税務官という地味な仕事を取り上げたマンガである。主人公の石上正直(いしがみしょうじき)くんは、東大法学部出身。地方上級試験をトップで通過したエリート税務官である。といっても、彼は新米税務官なので、ベテランの初級公務員とコンビを組まされる。

0214_04  彼がコンビを組まされるのが、特別徴収官の鐘野成樹(かねのなるき)先輩だ。この先輩、取り立ての腕は一流だが、コンビを組んだ後輩が次々と辞めてしまう、鬼コーチ(サディスト?)でもあったのだ。なんと、サラ金業者までも、彼のことを、「この人にかかったら、なんもかんも差し押さえられちまうんだ……」(第1巻より)という始末。まじめな石上くんは、このとんでもない不良先輩から取り立ての裏技を教えられる(いじめられる?)。彼も、追い詰められてか、この先輩を「ひどいも何も鬼、悪魔……何人か人を殺してるかもしれない」(第1巻より)という始末。

 しかしーーー。マンガを読み進めると、そんなイジメの日々も石上くんにとっては、貴重な学習体験であったことがわかる。高校時代の憧れの先輩(女性)と偶然出会い、喫茶店で楽しいひとときを過ごす石上くん。が、偶然、彼は税金滞納者を見つける。すると、彼は、デート(?)を放り出して尾行をはじめるのだ。尾行の裏技はすでに学習済みである。石上くんは、憧れの先輩に「単に鐘野さんの教えてくれた技を試してるだけです」と言う。そして、「こういう時、鐘野さんだったらどうするかなあ・・・」(第4巻より)と考えているのだ。

 石上くんは気づいていなくても実は、鐘野さんは立派な教育者だった。もちろん、鐘野さんにもその自覚はないけれど・・・・・・。学校とは違うな~と思う。「教えるー学ぶ」という堅苦しい関係が決まっていなくて、いつの間にか、仕事をしながら学び、からだで覚えていく。教育の自己責任時代だからといっても、あたりまえだが学校だけが教育の場じゃない。まずは、職場で教師を探してみるのもよいやり方かもしれない。あなたは私の教師です、と本人に言う必要はなくて、勝手に教師にしてしまえばいい。お互いがお互いの教師となる、そんな仕事の関係をつくれれば、教育の自己責任時代も意外と楽しいかもしれないのだ。

・・・

0214_02  うーん。

 『壁ぎわ税務官』のなかで、佐藤智一先生やコミックブレーン推進委員会の先生方は私たちにハッキリ示しているように思います。

「与えられるのを待つな、自ら求めよ。

職場の身近な人のなかから自己実現のための教師を見つけよ」

と教えてくれてるんですね。

うん。

あなたはどのように思いますか?

読んでみたいと思いませんか?

佐藤智一作・コミックブレーン推進委員会脚本「壁ぎわ税務官」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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2007年2月13日 (火)

「サラリーマン金太郎」はただ批判するのではなく、熱い言葉で組織を変える情熱をもつべきだと教えてくれる

 ビジネスシーンを描いているマンガの人気は予想以上に高いと思います。デフォルメされて描かれる場合もありますが、現実を鋭くえぐったものもあります。職場や仕事の本質を先取りするものに出会うと、思わずひざをたたいていしまうのではないでしょうか。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「サラリーマン金太郎」はただ批判するのではなく、熱い言葉で組織を変える情熱をもつべきだと教えてくれる

  と題して進めます。

0213_01_1  梅埼修先生は著書の「マンガに教わる仕事学」の中で、本宮ひろ志作「サラリーマン金太郎」について次のように書いています。

・・・

 昔、あの植木等氏が“サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ”と歌った時代があった。ところが今の若者たちにとってサラリーマンの人気は低い。サラリーマン生活にはため息はあっても夢がないといったら言いすぎだろうか? 若者たちはサラリーマンや会社に対してマイナスイメージを持っている。給料のために雇われているんでしょ、会社ってつまらないところじゃん、というわけだ。たしかに、サラリーマンという言葉は仕事の中身を意味せず、単に雇用形態を示すに過ぎない。だから自由を志向する若者にとっては雇用のマイナス面だけが強調されてしまう。つまり、会社とは自分を拘束し、上から下へと命令が降ってくるところなのである。そんなマイナスイメ-ジを反映してか、会社やサラリーマンを自虐的に語ったり、批判したりする大人も増えてきた。

 しかし――ふん!――気に食わないな。

 若者がえらそうに言うのは、サラリーマンや会社を知らないから。そんな一方的なイメージだけでサラリーマンを自分勝手に批判しないでくれ、と私は言いたい。まあ、そんな彼ら彼女たちには、サラリーマンと会社をちゃんと説明してあげるべきなのだろう。よし、熱く語ってやろうじゃありませんか。

 わたしが?―――いやいや、代わりにちょっと型破りのサラリーマンをご紹介しよう。

 本宮ひろ志著『サラリーマン金太郎』(集英社文庫)というマンガがある。主人公の矢島金太郎さんは、大手建設会社(ヤマト建設)のサラリーマンである。有名大学卒がゴロゴロいるヤマト建設にあって、金太郎は工業高校中退。なぜ中退かといえば、暴走族だったから。それも関東全域を束ねたメンバー1万人のゾクのりーダー! 彼は暴走族を辞め、亡くなった女房の実家で漁師をやっていたが、海釣りで事故にあったヤマト建設の会長を肋けたのがきっかけで、ヤマト建設に就職することになったのだ。

0213_04_1  建設業の“現場”とは、つまり工事現場である。金太郎も、いわく付きのトンネルエ事を担当することになる。この現場では支払いをめぐって下請け業者とトラブルがあり、工期も遅れていた。とにかく荒っぽい作業員がまったくやる気を出さないのだ。 ――さあ、どうする? 金太郎の場合、はじめから下請け会社社長とドツキアイである。太卒のひ弱なインテリサラリーマンとは、度胸と腕っぷしが違うのだ。

 が、そうはいっても喧嘩に強いだけでは、リーダーにはなれない。事実、金太郎は元相撲取りの社長には敵わず、KOされてしまう。だが……喧嘩に負けたって、彼は全力でまっすぐに叫ぶ。

 「てめえの損得ばかり考えるこすからい野郎にダチは出来ねえぞ。どうせよおっ、今生きてんだろう! 生きてりゃあ心は動くんだよ!! こすっからい事やりながら、てめえでにがにがしく思って時間を過ごすなら、責任を果たし終えた後の気持ちよさを味わおうじゃねえか、みんなで一緒にだ」(第3巻より)

 この熱い言葉が徐々に現場を動かす。金太郎を冷やかしていた作業者も「妙にスジの通った事、言ってなかったか……」と思いはじめる。つまり、金太郎の本当の力は、腕力ではなく言葉なのである。 なぜ、金太郎の言葉にはこれほどまで説得力があるのだろうか? はっきり言えるのは、彼の言葉は会社に対する批判でも、批評でもないということ。 ダチ、みんな、一緒に……丁寧とはいえないが、彼の言葉は一貫して職場の仲間に向けられている。つまり、いまこの場所を変えようとする誘いの言葉なのである。

 金太郎は、新入社員の研修会で役員たちに対して役員会を見学させて欲しいと言う。

0213_03_1  「私は会社と……恋愛をしたい。好きになった時、男と女に秘密はタブーですよ。いやーっ、こじつけてしまいましたが……同じ会社の仲間じゃないですか、ケチケチしないで役員会ぐらい見せましょうよ。」(第2巻より) 

組織に埋没しているわれわれには、金太郎の言葉はキクなあ~。

 会社では、サラリーマン同士が競いながら、助け合いながら働いている。会社を知らないくせに、いつも批判的な態度をとってしまう人たちに言いたい。会社を変えるようなサラリーマンを想像してごらん、と。

 ―――どうだい? サラリーマンって意外と面白そうな稼業じゃないか。

・・・

 うーん。

 「サラリーマン金太郎」はただ批判するのではなく、熱い言葉で組織を変える情熱をもつべきだと教えてくれてるんですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 本宮ひろ志作「サラリーマン金太郎」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年2月12日 (月)

「ナニワ金融道」は厳しく自己責任を問い、人はよいが自分に甘い人たちを本気で叱咤している

 職場を舞台にしたマンガは、たとえそれが創作であっても学ぶものがあります。私たちは職場に生まれる喜び、苦しみ、悲しみ、誇り、後悔などを作品の中から読み解き、追体験できるからです。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「ナニワ金融道」は厳しく自己責任を問い、人はよいが自分に甘い人たちを本気で叱咤している

  と題して進めます。

0212_01  梅埼修先生は著書の「マンガに教わる仕事学」の中で、青木雄二作「ナニワ金融道」について次のように書いています。

・・・

 仕事の世界を語るうえで、まず忘れてはならないことは何であろうか? 私は、第一に考えるべきは“お金”だと思う。ただそう書いてしまうときっと腹を立てて反論される人心いると思う(もちろんそうだそうだと納得される人もいるだろうが)。

 たしかにお金だけがすべてじゃない。仕事のやりがい、職場の人間関係、技への誇り、など仕事の世界で大切なことは多い。ただ仕事はお金だけの問題じゃないのはもちろんだが、その一方でお金の問題を無視して仕事のやりがいや誇りを考えることはできない。お金は一番犬切なことではないが、第一に考えることではあるのだ。 お金が絡むと人は厳しい。言い換えれば“支払う立場”のひとは実にシビアである。だからこそこの最も厳しい他者が重要なのである。自分の仕事を他人がどう見ているかがわからなければ、せっかくの仕事も思い込みの自己満足になってしまう。自分の仕事にいくら払ってもらえるのか? あまり真剣に考えたくないけれど、でも、自己責任が問われる今の日本だからこそ、お金の問題を第一に考えなくちゃいけないのだろう。

 『ナニワ金融道』(講談社)というマンガがある。数年前に早世された青木雄二氏の大ヒ ットマンガである。人気マンガと聞いてページを開かれた方は、まずその絵が独特なことにビックリするだろう。読みにくいと思う人もいるかもしれない。しかし--。第1話から読み進むと、アッという間にその話に引き込まれてしまう。そのゴテゴテした絵も話の中身に合っていて味わい深くなるから不思議だ。

0212_04  で、その品とは? 主人公の灰原達之さんは、なんとその第1話目から勤めていた会社が倒産してしまう。困った彼は金融業社に就職する。そして、先輩であるベテラン営業マンの桑原さんから、マチ金のドギツイ世界を学んでいくのだ。

 たとえば--。初めての取り立て(追い込み)では、取引先会社社長(孫田孫作さん)から「3年も付き合うて、血も涙もないんか!!」(第1巻より)と泣きながら言われるし……。 また、浮気相手の連帯保証人になってしまった(だまされた)公務員の清水好美さんの取り立てでは、離婚危故の修羅場に立ち会うことになる……「待ってくれ、女房に言うのだけはカンベンしてくれ! どんなことでもするから!」(第2巻より)……本当にキツイです。

 灰原さんは、そんなマチ金の世界に戸惑いながらも、一方で「しかし、これほど本音で仕事する業種は他にないですねー」(第1巻より)と、お金を通して世間の裏の仕組みを学んでいく。  お金を通してはじめて学べる世界もあるのだ。そしてわれわれI人ひとりは独力で学び、“本当の賢さ”を身につけなければならないのだ。

 このマンガではズル賢い俗物たちが登場する一方で愚かな人のよい人たちが数多く登場する。そのリアルで滑稽な世界がこのマンガの魅力である。読者は思うだろう、アホやな~と。でも笑いながら思わずわが身を振り返るのである。

0212_02  作者の青木雄二さんは、世の中の裏の仕組みを理解しようとせず自分勝手な都合のよい判断をする人たちを叱咤した。人はよいが自分に甘い人たちを本気で怒る。そしてその裏の仕組み自体にも怒りをぶつける。でも、その本気の怒りは自分に甘いこのマンガの愛読者にとって少しも不快ではない。なぜならその裏にはつい怒ってしまう作者のやさしさも感じられるからだ。

 会社の言う成果主義や自己責任、政府の言う構造改革などなど、たしかに聞こえはええよ、でも、キャンペーンに乗せられて騙されたらあかん。一人ひとりしぶとく強くなろうや! というのがこのマンガの隠されたメッセージである。ぜひ皆さんに一読をお勧めする。

・・・

 うーん。

 「ナニワ金融道」のなかで青木雄二先生は私たちに厳しく自己責任を問い、人はよいが自分に甘い私たちを本気で叱咤しているんですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 青木雄二作「ナニワ金融道」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年2月11日 (日)

「BANANA FISH」には性の対象ではなく魂が寄り添う少女マンガファンの願いがある

 少女漫画ファンには独特の思いがあります。普段口には出せないさまざまな思いです。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「BANANA FISH」には性の対象ではなく魂が寄り添う少女マンガファンの願いがある

  と題して進めます。

 女優の渡辺えり子先生は著書の「名作コミックを読む」の中で、吉田秋生作「BANANA FISH」について次のように書いています。

・・・

0211_banana_fish01_1  私は『吉祥天女』の由似子のように、長い間男性恐怖症たった。

 男性そのものに対するあこがれは強いのに男性の性的な部分には強い嫌悪感を覚えるという複雑なもので、そのきっかけとなったのは、中学生の頃、下校途中の墓場で、変質者のマスターベーションを目撃するという災難に出会ったことが大きい。敵はあきらかに、私の婆を見かけてからこれ見よがしに始めたのだった。卒塔婆と卒塔婆の間の隙間から一物を出してピストン運動を繰り返している男を見た時、私は初め、それが何を意味するものか判らなかった。しかし、眉毛の薄い赤ら顔の中年の男が気味の悪い声をあげながらニヤリとこちらを向いた時、筆舌に尽くし難い嫌悪と恐怖を覚え、一目散に駆け出したのだった。

 その日の少し前の放課後、合唱クラブの部室で、先輩から、男女が子供を作るためにはセックスという行為が必要で、男性の精子と女性の卵予が結合して初めて子供は生まれるのだという話を聞いたばかりだった。それまでは男女が一つ屋根の下で仲良く暮らしていれば、自然に赤ちゃんが生まれるのだという母の話を鵜呑みにしていた私にはかなりのショックで、うちの両親もそんなグロテスクな行為をして私を産んだのかと想像するだけで、耐えがたい思いが込み上げたものだった。そしてその直後に、例の事件である。勃起した男根の不思議な生き物のようなそれと、赤ら顔の男の醜さとが一つのイメージとなり、セックスという行為そのものを嫌悪するようになったのである。

 小学校の頃から人より胸の大きかった私は、よく級友からもからかわれ、登校時に、自転車に乗っか大学生から乳房をつかまれたりした事もあって、自分の女性という性の部分に対しても罪を感じ嫌悪するようになっていた。しかも、高校に入学してしばらく経った頃、混んだバスの中でお尻に固い物を押しつけられて振り向くと、肩越しに息をハアハア言わせた中年の男の顔があり、なんとその顔は、まさにあの、眉毛の薄い赤ら顔の例の男だったのである。これらの事が重なって、私の男性恐怖症は、固く潜在意識の中に棲むようになってしまったのである。

0211_banana_fish05_1  性的な肉体の働きを忌み嫌い、精神的な愛の交流のみが真実だと考え、あこがれ、神聖化するようになった。そしてそのことが、少女まんがの世界に前にも増して傾倒して行く原因を作ったのだと思っている。萩尾望都、大島弓子、竹宮恵子、木原敏江、佐藤史生ら、胸毛やスネ毛のない、勃起する男根を持たない男達の、性を超えた愛の物語は、女性の性を超えて世界の真理を探りたいと願う私の意識に結合し、胸踊る快感をもたらしてくれたのだった。

 考えてみれば、手塚治虫の『エンゼルの丘』や『リボンの騎士』にあこがれた幼児期の頃から、世界を冒険するためには女性形のままでは不都合だった。女性という性にとって世の中はあまりに生きにくく、男と同じように自由に飛び回り、社会の芯の部分で生きようとするためには、男性の体を手に入れることが必要だった。そしてその意識を満たしてくれたのも、その当時の少女まんがのストーリーで、その展開の先に、前述した少女まんがの世界はあったのである。 男性社会の精神部分にはあこがれているのに、男性の性には恐怖と嫌悪を覚える。このアンバランスな感覚を補ってくれるのが、少女まんがの登場人物達の言葉と姿態であった。彼らはまさに私自身の化身であったのだ。性を超えた私が夢想する物語を彼らはそのまま動き生活してくれた。当時の少女まんが家達は、私の理想の神々を造り出したといっても過言ではない。同性愛的描写も、男性に化身した自分が男性に抱かれたり抱いたりすることで、女性性という弱者であり、犯される肉体を持ち欲情されるという現実の体を捨て、対等に純粋に愛し愛されるということの暗喩を感じ、あこがれていた気がする。

 それから私も二十歳を過ぎ、少女まんがとともに大人の歳に成長していた。精神世界に泳ぎながらも、どうしようもない現実の力に押しつぶされ、あがき、はいつくばり、芝居を造り続けていた。夢見る力を得るためには、夢見の作業が現実逃避となってはならないと考え始めた頃だった。現実から逃れるためではなく、きびしい現実を認識し自立するための夢想でなくては、生きて創造を続ける意味はないと考えていた。

 その時期に出会ったのが吉田秋生である。当時愛読していた「プチフラワー」で吉田氏のまんがを見つけた時、私は新鮮な驚きを覚えた。登場人物の目が細く、しかも白目がちで筋肉があるのだ。それまで流行りのソース顔ではなく、アジア系の醤油顔、映像畑での指向と重なるように、まさにキツネ目醤油顔の登場人物達が現実を語るのだった。

0211_banana_fish02_1  それまでの少女まんが家遠のタッチとあきらかに省略と誇張のバランスの置き方が違う作家が現われたと感じた。それは絵のタッチだけではなく、ストーリーの描き方も、テーマに向かう姿勢も遠う。どうしようもない現実の矛盾そのものも、その中で生きる私達人間の生活の一部であることを見据えたうえで、等身大の人間を描こうとしている。その普通の人々が、省略された小気味の良い話し言葉で会話する。

 演劇の世界でも、それより少し遅れて、古田氏の作風に似た作品が若君達の流行になってゆくが、それは時代そのものが、現実の町内を踏みしめ、飛ばない感覚を欲した結果だったように思う。しかし当時の演劇と古田氏が違うのは、吉田氏の描く女性が、強く優しく、良い意味での男性的性格で、女どうしの友情を普遍的なものに昇華してくれた点て、まさに性を超えた人きさがあった。

 その一方で、氏は、私のような万年中性少女の快楽、虚構のドラマでしか自由になれないようなフリークな部分を満たしてくれる大作『BANANA FISH』を書きあげてくれた。 アッシュ、この魅力的な人物は、私達女性でしか感じられないような傷を負って現われてくれる。まさに私の男性恐怖そのものを幼児の頃から抱えて生きながら、見事に男性的に活躍してくれる。ある意昧での両性具有の神々の一人である。しかも、絵空事ではない現実への問題提起もちやんと表現してくれる。観念の夢想ではないという証拠の「水戸黄門の印籠」のような題材を扱い、アメリカ映画を観るようなドラマチックな虚構のオブラートにも包んでくれている。だからこそ私達はすっかり安心して感情移入し、泣いて笑って震える事ができるのだ。女性性では現実にはできない事に、私達は身を重ね、共に体験する。私は「殺してくれ」というショーターを性を超えて撃つのである。

0211_banana_fish03_1  私は、あのゴルツィネを心底では憎めない。それはゴルツィネが、私達女性の夫であり、恋人であり、あの中学生の時に出会った中年の痴漢男であるような気がするからだ。男性という、女性にとっての敵であり、あこがれの対象でもある厄介な生き物に、本能が同情するためであろうか。そしてその性は、殺しても殺しても不死身な化物なのである。  アッシュと叶小夜子はある意昧での同一人物であろう。私達にとっての勇者である。セックスの対象としてではなく、魂の部分で寄りそうことのできる相手をアッシュが待ち望んだように、私もまた、損得や本能を超えた愛情を願い、生きてきたように思う。それは少女まんがの多くのファンの願いだったように思う。

 けれど現実は、アツシュが安堵し決意した瞬間に剌されて死んだように、生涯手に入れられない、手に入れたとしてもいつかは醒める夢なのであろう。微笑みながら死んでいるアツシュの死体は、私達の死体なのだ。私達はこの女性という体を引きずり、夫を持ち、子供を産み、近くのスーパーに夕飯のおかずを買いに行くのである。

0211_banana_fish04_1 ・・・

 うーん。

 女性マンガファンの思いとはこういうものだったんですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 吉田秋生作「BANANA FISH」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年2月10日 (土)

弘兼憲史は自在な人間関係を駆使しながら楽しんでマンガを描いている

 名作漫画家は「人生の達人」だった。桐山秀樹先生の言葉です。

 名作を描いたマンガ家がどのような人生を歩み、また、どのようにしてマンガ家になったのかを知りたいと思うのは、マンガの描き手や、描き手を目指す人だけではありません。マンガの読み手にとっても、大変興味深いものです。なぜなら、その人生の歩みのなかから学ぶものがたくさんあるからです。

 メガヒットの「課長 島耕作」シリーズ。作者の弘兼憲史は自在な人間関係を駆使しながら、楽しんでマンガを描いているそうです。はたしてどのような人生を歩み、また、どのようにしてマンガ家になったのでしょうか。

 マンガの書き手はソコントコをどうしているのでしょうか? 

0210_01  桐山秀樹先生は著書の「マンガ道、波乱万丈」の中で弘兼憲史について次のように書いています。

・・・・・ 

 サラリーマンのバイブル〃と呼ばれるマンガ「課長 島耕作」シリーズ。実在するかのような錯覚さえ覚える主人公・島耕作は目本の男たちに圧倒的な支持を得ている。現在、「部長」「取締役」を経て「常務」となり、若き頃を描く「ヤング島耕作」(イブニング/講談社)を加え、単行本累計は3000万部に及ぶ。目本の人気漫画家の頂点を極めた観があるのが、弘兼憲史だ。

 マンガ「島耕作」シリーズのリアリティある人間ドラマが、サラリーマンの心をとらえ、なぜ支持されているのか。それは弘兼自身の人生と重なってくる。

  彼が宣伝部に勤務した松下電器には、現在も多くの友人や知人がいる。「ときどき電話して、『どうや?』とか『どうなっとる?』と近況を聞いています。取締役になった人間から、『取締役になるには一度会社を辞めないといけないんだ』と制度上のルールを聞かされ、『取締役の心得』といった本を買ってきて、ああ、そういう仕組みになっているのか、と自分で勉強することも多いです」 たとえば、島耕作がフィリピンまで飛ばされるエピソードも、当時、松下の同期の人間が責任者として現地におり、弘兼自らそこに赴いて取材した。この時参考になる逸話を現地で聞いて、それをヒントに作品にした。

0210_04  その島耕作シリーズも連載23年を超える。弘兼と同期の仲間には、取締役もいれば、子会社の社長になった人間も出た。 となると将来、島耕作が「社長 島耕作」となる日もありそうだ。 弘兼もそれを認める。 「現在の人気を考えるとそう簡単に終われませんから、島耕作が社長になることも十分あり得る。ただ、僕の周囲にはまだ大企業の社長になった人がいない。松下電器の中村社長やソニーの出井さんなんて怖くてモデルにできないですよ(笑)」 「課長 島耕作」は、巨大組織の力学の中で揺れ動きながら、自らの生き方を貫く主人公・島耕作のひたむきな生き方が、弘兼と同じ団塊世代を中心に圧倒的な共感を呼ぶ。

 そしてもうひとつの人気の秘密が、恋人の大町久美子や銀座のバー「のんのん」の典子ママとのセクシーなラブシーンだ。また、京都に赴任すれば祇園の芸妓と、そして、ニューヨークで、フィリピンでと島耕作は、実によく女にもてる。 「最初の読み切りがオフィス・ラブがテーマで、むしろ島耕作は女に遊ばれる男というキャラクター。ところが連載になって、毎週いろいろな女性が出てくると、少しイメージが違ってしまう。それなら、いっそスーパー・サラリーマンとして外国にも行くような男にしようということになった。そして、派手だった女性関係も回を追うごとに大町久美子との純愛を貫くようになった。途中でさまざまなべッドシーンを入れるのは、読者へのお楽しみという要素もありますね」

 師匠もアシスタント経験もない彼にとって、その才能を刺激したのは映画だった。 「いちばんよく観たのは、大学時代より、松下を辞めた後の失業保険期間。何しろこの間は仕事しちやいけませんから、半年で200本。1日4本、土日で8本見たこともあります」 学生時代も池袋の文芸座や文芸座地下で、朝から晩まで同じ映画を繰り返し見続けた。カット割りやテンポなどの演出上のコツを覚えたという。 「洋画の名作のほかによく見だのは緋牡丹博徒シリーーズや網走番外地シリーズ、加山雄三の若大将シリーズ。でも好きだったのは、アクションよりATG系の芸術映画。外国作品ではタルコフスキーの『惑星ソラリス』とかイングマール・ベルイマンや、フェデリコ・フェリーニの映画を見ていた。でもベルイマンなんかは、今見ると退屈で死にそうになる(笑)」 弘兼の好きな映画第1位はスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」、第2位も「時計じかけのオレンジ」とキューブリック映画が続く。 「それからクロード・ルルーシュの『男と女』と、ジョージ・ロイ・ヒルの『明日に向かって撃て』が入るかな」

 弘兼マンガの特徴は、主人公が作者の実年齢とシンクロしていること、「取締役 島耕作」と並行して、「ビツグコミョクオリジナル」(小学館)で連戦中の「黄昏流星群」はシニアの恋を描いている。自らと同じ団塊世代の男女の人生を等身大の目線で描く。また、異色の政治マンガとして話題を呼んだ「加治隆介の議」(ミスターマガジンノ講談社)も、全共闘世代としての熱いこだわりがある。
0210_03  「僕らは70年安保世代で、学生運動が盛んでした。今考えると、政治的にははすっぱな理論でしたが、目本の国をどういう方向に特っていけばいいのか、皆、真剣に考えていた。僕白身は学生運動に参加しませんでしたが、現在のように政治に無関心な若者を見ると、老婆心のようなものが働いて、新しい政治マンガを描きたいと思ったんです」
 現役の大物政治家にも多数取材した。 「新聞記者と違って、こちらは漫画家ですから、オフレコもキチンと守る。だから興味深い情報をたくさんもらいました。中川昭一さんや石破茂さん、民主党の前原誠司さんなどは、『加治隆介の議』を読んでいてくれて、よく知ってますよと、気さくに取材に応じてくれました」

 こうした自在な人間関係を駆使しながら、最盛期には毎月200ページ、現在も11O~120ページを描く。 「マンガを描いている時がいちばん楽しい。休暇でハワイに行っても退屈でホテルで原稿にペンを入れてましたね」

 まさに弘兼は休むことを知らない怪物漫画家である。はたして、彼は弘兼憲史と島耕作という2つの人生を生きながらどこまで頂点を極めるのか。

・・・・・ 

 弘兼憲史先生はこのようにしてマンガを描いているのですね。 

 あなたはどう思いましたか? 

 弘兼憲史の諸作品は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。 

・・・・・

弘兼憲史(ひろかねけんし)
1947年山口県生まれ。松下電器に勤務後、漫画家に転身、74年デビュー。82年「課長 島耕作」がスタート。本業の他にも徳山大学客員教授など20を超える肩書きを持ちマルチに活躍。

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2007年2月 9日 (金)

「季節のマンガ」コーナーは「コミックでアツくなれ」です

 東京漫画探偵団には、先日ご紹介した「今月のスタッフ一押し」コーナー「今月の特集」コーナーのほかに「季節のマンガ」コーナーというものもあります。これは最近作られたコーナーです。ほかのコーナー同様お客様に楽しみにしていただけるようにしたいと思っています。

 「季節のマンガ」コーナー、今の時期は寒いので「アツくなる」マンガをそろえました。名づけて「コミックでアツくなれ」、です。

0208__0006 みなさん、アツくなってくださいね。それではご紹介しましょう。

・・・

ふなつ一輝作「華麗なる食卓」

料理マンガは数あれどインドカレーに特化したものはコレだけのはず。

カレーのレシピあり、ヤンジャン風のお色気シーンありとアツい要素イッパイ。

0208__0007 ●うすた京介作「すごいよ!!マサルさん」

青春学園モノと格闘モノをギャグ下にミックスさせたらスゴいマンガができました。

とってもシュールなギャグがアツい!

0208__0008 ●武富健治作「鈴木先生」

設定は良くある学園モノ。

でも読むほどに自分の中にフワッとしたものの存在に気づかされる不思議な作品。

・・・

いかがですか。

アツくなれそうですか?

ぜひともアツくなってくださいね。

・・・

 「コミックでアツくなれ」のマンガは東京漫画探偵団(まんたん)の「季節のマンガ」コーナーに置いてあります。

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2007年2月 8日 (木)

「今月の特集」コーナー、2月分は「皇国の守護者」です

0208__0005 東京漫画探偵団には、先日ご紹介した「今月のスタッフ一押し」コーナーのほかに「今月の特集」コーナーというものがあります。これもやはり開店以来10年間続けています。お客様の中には楽しみにして下さる方もたくさんいます。

 「今月の特集」コーナー、2月の分をご紹介しましょう。

0208__0002  佐藤大輔原作、伊藤悠作画「皇国の守護者」

 人と龍との間に結ばれた<大協約>が世界秩序をなす<大協約>世界。長らく太平を謳歌していた島国<皇国>。その最北端、北領に突如、超大国、<帝国>の艦隊が押し寄せる。剣牙虎(サーベルタイガー)の千早ととも、圧倒的軍勢に立ち向かう兵站将校・新城直衛中尉は、蹂躙されゆく祖国を救えるのか・・・?

0208__0001 佐藤大輔原作の同名小説を俊英・伊藤悠が苛烈に描く戦記ロマン。

 おすすめです。

 いかがですか。

 おもしろそうでしょう?

・・・

 佐藤大輔原作、伊藤悠作画「皇国の守護者」は東京漫画探偵団(まんたん)「今月の特集」コーナー、に置いてあります。

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2007年2月 7日 (水)

松本大洋の「ピンポン」はめったに無いほど完成度の高いスポーツマンガである

 卓球は地味なスポーツと思われていますが、実はきわめて肉体的なスポーツです。その動きは早く鋭いうえに、速度も際立っています。そんな卓球を本格的に描いたマンガがあります。

今日は

まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

というカテゴリーのなかで

松本大洋の「ピンポン」はめったに無いほど完成度の高いスポーツマンガである

と題して進めます。

0207_01_1  コンスタントに読まれています。幅広い年代に支持されているようです。面白いマンガです。

 斎藤孝先生は「スポーツマンガの身体」の中で、松本大洋作「ピンポン」について次のように書いています。

・・・

 松本大洋は、その独特な画風と、ストイックかつ切れ味のいいセリフで、コアなファンを持っている漫画家だ。コアと言っても、少人数ではない。大量の人間が松本大洋ワールドにはまっている。私か大学の授業で、『ピンポン』は必読文献だと言ったら、授業後に何人もの生徒がうれしそうに、自分も松本大洋のファンだと寄ってきた。そして、『ピンポン』のセリフを暗唱してみせてくれたのだった。 松本大洋には、野球に題材を採った『花男』がある。しかしこれは、スポーツマンガというよりは、父と子の心の通い合いが主たるテーマだ。また身体の躍動感が見事に描写されているという点では、『鉄コン筋クリート』は刺激的なマンガだ。これはフランスでも高く評価され、翻訳された。タイプの違う男二人が絡み合い、成長していくモチーフは、今挙げた三作品には共通のものだ。

0207_03_1   友情や成長といっても、少年ジャンプ的な「友情・努力・勝利の三原則」のようにクリアな展開ではない。キャラクターは皆、心のどこかに秘めたものがあるが、それをはっきりとは言葉に出さずに過ごしている。いろいろなことを心の奥では考えていても、べらべらとしやべったりはしない。発せられる言葉は、ストイックに切りつめられている。凝縮されている分だけ、インパクトがあり、何度も読み返したくなる。

 『ピンポン』は、主人公のペコとスマイルはもちろん、それ以外のどの登場人物たちにも、多様な設定と細やかな人物描写がされており、味わい深い。一人ひとりのキャラクターの設定や描き方が丁寧であるため、存在感がそれぞれにある。ペコやスマイルの幼なじみのアクマ(佐久間)や風間、小泉先生やオババといったコーチ陣なども魅力的だ。画のレベルといい、ストーリー展開のおもしろさといい、これほど完成度の高いスポーツマンガは滅多にあるものではない。他の漫画家にはまねのできない、独自の松本人洋ワールドだ。

 『ピンポン』の功績は、卓球という地味に見られがちなスポーツを、本格的に描いた点にもある。私も小さい頃から卓球に馴染んでいたので、卓球のおもしろさはある程度知っている。高速で球が行ったり来たりするテンポのよさは快感だ。

0207_02_2 反射速度が重要で、いちいち考えてから打っていたのでは間に合わない。頭が考えるより先に足や手が動くようになると気分がいい。反射的な運動が多いだけに、基本の反復練習が実に効果を上げる。型が身についてくることで、軌道が安定し、ミスが少なくなる。そうした基本が身についているほど、瞬時の変化にもよく対応できる。基本の反復練習が練習メニューとして整備されている点では、卓球は実に優れている。これはバスケットにも共通する点ではあるが、バスケットよりもさらに動きが鋭く、速度もきわだっているのだ。

 しかし実際に卓球をやったイメージと、世間的なイメージはずれている。肉体派のスポーツではないように見られがちだ。それを『ピンポン』は吹き飛ばした。卓球にまつわるいろいろとネガティブなイメージを一変させたのだ。鮮烈なイメージをかきたてる画面が、スポーツとしての卓球の魅力をあますところなく表現していた。だからこそ映画化もされたのであろう。マンガのワンシーンを、実写の映画がなぞるというのは極めて珍しい。松本大洋の描くイメージを映画監督が尊重したのだろう。その判断が賢明だったことは、映画がヒットしたことでもわかる。

0207_04_1  松本大洋には他にも『ZERO』という美しいボクシングマンガがある。このマンガは、ボクサーのストイックな身体をいわば彫像のように描いている。一瞬一瞬の時間が静止し、凝固するような、聖なる空気が漂う。このボクシングマンガは、いわゆる成長物語とは違う、強さゆえの悲劇と美学を描いたものだ。この『ZERO』という作品によって、松本大洋はまた新たなスポーツマンガの世界を開いたと言えよう。

 そして『ピンポン』を読み返すと、卓球という一見地味に見えるスポーツの持つ、本来の激しさや心理の揺れ動きのおもしろさが、実に松本大洋のスタイルに合ったスポーツだったことに改めて気づく。

 日本はかつて世界的な卓球王国の一つであった。世界チャンピオンを何人も生み出してきた。その裏には、しっかりとした練習メニューの蓄積がある。幼いころから町の卓球道場で鍛えていたペコがいい例だ。中国ほどではないかもしれないが、日本には日本の卓球英才教育がある。基本をきちんと繰り返す練習方法が、日本人にフィットしていたのだろう。体力や体格の差が絶対的な影響を及ぼさない点も、日本人向きだといえる。

 だがたとえば、「少年ジャンプ」連載の『テニスの王子様』のおかけで、テニス部員が新たに急増したらしいという話は聞くが、『ピンポン』のおかげで卓球部員が圧倒的に増えたといううわさは、あまり聞かない。このあたりはテニスと卓球の、華やかさの違いかもしれないが、松本大洋の描く世界が、どこかストイックな香りを漂わせていることにも一因があるだろう。

・・・

 うーん。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 松本大洋作の

     ●「ピンポン」

     ●「花男」

     ●「テツコン筋クリート」

     ●「ZERO」

は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年2月 6日 (火)

スタッフ一押しマンガ、2月はこれです!

 東京漫画探偵団には、スタッフがぜひ皆さんに読んでもらいたいと思っているマンガを置いているコーナーがあります。名づけて、「今月のスタッフ一押し」コーナーです。開店以来10年間続けています。お客様の中には楽しみにして下さる方もたくさんいます。

 「今月のスタッフ一押し」コーナー、そうです。2月の分をこのブログでもご紹介しましょう。

0206_204井上雄彦作「BUZZER BEATER」集英社・全4巻

バスケット人口が宇宙規模まで達した未来世界。「スラムダンク」の井上雄彦が描くSFバスケットボールマンガ。0612_6

(お勧め度☆☆☆☆)

(一押ししたのは「うえむら」です)

・・・

0206_202河合克敏作「帯をギュッとね!」小学館・全30巻

ホントにさわやかで、かっこいいスポーツ漫画です。クセがないのがクセになる!0612_7

(お勧め度☆☆☆)

(一押ししたのは「オオコウチ」です)

・・・

0206_201山内直美作「なんて素敵にジャパネスク」白泉社・全10巻

平安時代のラブコメディ。内大臣家のるり姫は、もののけつきと噂される。しかしその実態は・・・?0612_8

(お勧め度☆☆☆)

(一押ししたのは「にゃちゃぼ」です)

・・・

0206_205安達哲作「さくらの唄」講談社・全2巻

さえない街のさえない高校に通う主人公。退屈ながらゆったりとした日常が続くと思いきや、自分ではもうどうしようもない人生の波に巻き込まれてゆく・・・。0612_9

(お勧め度☆☆☆☆)

(一押ししたのは「うえむら」です)

・・・

0206_203コージィ城倉作「愛米ーラブコメー」小学館・全5巻

ラブちゃんのコメに対する容赦のないイジメと徐々に明かされる二人に過去に注目。0612_10

(お勧め度☆☆☆)

(一押ししたのは「オオコウチ」です)

・・・

いかがですか。

おもしろそうでしょう?

うちのスタッフの好みもなかなかですよね。

・・・

スタッフ一押しのマンガは東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年2月 5日 (月)

山本直樹はマッキントッシュを使って一人作業でマンガを描いている

 山本直樹先生の作品はよく読まれます。山本直樹先生は技術的な面としては、かなり早くから漫画にMacintoshによる作画(CG)を 取り入れているといわれています。「Aldus SuperPaint」という現在では 発売中止になったソフトを使い、近年はアシスタントを雇わないで、独力で執筆しているそうです。マンガの描き手が われわれ読み手を感動させる作品を創り出し、描き出すことができる背景とはいったいどんなものなのでしょう。そして彼らはどのようにしてマンガの描き手になったのでしょう。おそらくその答えは多種多様だと思います。十人十色かもしれません。しかしながらその脈打ち息づいている実際の姿の片鱗でも良いから触れてみたいと思いませんか。それはマンガを読む人にとっても、マンガを描く人にとっても、またマンガをこれから描きたいと思っている人にとっても知りたいことではないでしょうか。

 マンガの書き手はソコントコをどうしているのでしょうか?

0205_05  山本直樹先生は著書の「マンガの道-私はなぜマンガ家になったのかー」の中で次のように書いています。

・・・・・

 『ありがとう』の頃から、マック使って一人で描くようにしたんです。その前からところどころ使ってたんだけど、『ありがとう』の途中からもう全部、最初からマックの中でやって。アシスタントには、背景描いて、取り込んで、クリーンア

ップ線をきれいにしてっていうとこまでやってもらって、あと組み合わしたりなんだりするのは全部自分でやってた。だから、修羅場の時にはアシスタントの仕事は終わってるんだよね。俺一人が四苦八苦して、アシスタントはソファーで「ああ~っていう(笑)。その頃はまだアシスタント3人いたから。ほんとに完全一人で週刊ペースっていうのは、『ビリーバーズ』が初めてだった。

 僕は、どんなに性格の合う気のいい奴でも、やっぱりずーっと一緒にやってると辛いんですよ。『ありがとう』の時のスタッフは、はたち過ぎの若い連中で、一番使いやすかったんだけど、それでも参ったもんね。一人でやってると体力的にはきつくても、精神衛生的にはね、すごくいいんですよ。でも、編集さんは僕一人でやってると思うと、ドキドキして精神衛生的にすごく悪いんだろうな(笑)。マンガ家さんにもよるんだろうけど、一人で全部やりたいっていうのがあるんですね。ベタも全部一人で塗ってしまいたい。人の手が入るのがすごく……自分の絵が上手いってわけじゃ全然ないんだけども、上手い人の絵でも入るのがちょっとやだなっていうのがあった。

 だからマンガ家でも、自分の頭の中にあるものがこんないっぱいあふれ返ってるから、それを全部出すぞーっみたいに流れ作業でダーッと作るタイプの人と、自分で全部やんなきや気ぃ済まないみたいなタイプと、二通りあると思うんです。僕は、自分で最初から最後までやるのがすごく楽しい。ストーリーっていうより、絵まで全部、自分でやりたい。そういうタイプはほんとに週刊連載向いてないんですけどね。

 僕が背景きちんと描くようになったのは、一人で描くのに慣れてから、ここ5年ぐらいなんですよ。今は背景描くの楽しいんです(笑)。構図とか構成とか、やっとわかってきた。実はこういうのちやんと描きたかったんだ、って思いますね。

0205_03 ・・・・・

 山本直樹先生はこのようにしてマンガを描いているのですね。

 あなたはどう思いましたか?

 山本直樹の諸作品は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

山本直樹

1960年2月生まれ。北海道出身。「山本直樹」の他に「森山塔」「塔山森」のペンネームでも活動している。デビューは’L984年、森山居の名義で、エロ雑誌でマンガ家としてデビユーし、同年、山本節樹名義で、青年向けコミック誌『ジャストコミック』にて「私の青空」でデビュー。以降、コンスタントな執筆活動を続けている。繊細な絵柄による、濃厚でエロティックなセックス描写と共に、不条理や収無、時に「死」までも、ユーモアのセンスを含めて描くまったく独自の作品世界は、デビューから一貫して強い支持を集めている『極めてかもしだ』『あさってDANCE』『YOUNG&FiNE』『フレイクス』『僕らはみんな生きている』(原作:一色伸幸)、『ありがとう』『ビリーバーズ』『フラグメンツ』『安住の地』『破戒~ユリ・ゲラーさん、あなたの顔はいいかげん忘れてしまいました~』(原作:松尾スズキ)など代表作多数。

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2007年2月 4日 (日)

しりあがり寿は3歳で「俺はマンガ家になるしかないんだな」と思った

 マンガは面白い。マンガは生活の一部ともいえます。描き手は読み手に対して、マンガを通して感動を与えてくれるし、人生を教えてくれます。マンガの描き手が われわれ読み手を感動させる作品を創り出し、描き出すことができる背景とはいったいどんなものなのでしょう。そして彼らはどのようにしてマンガの描き手になったのでしょう。おそらくその答えは多種多様だと思います。十人十色かもしれません。しかしながらその脈打ち息づいている実際の姿の片鱗でも良いから触れてみたいと思いませんか。それはマンガを読む人にとっても、マンガを描く人にとっても、またマンガをこれから描きたいと思っている人にとっても知りたいことではないでしょうか。

 マンガの書き手はソコントコをどうしているのでしょうか?

0204_04  しりあがり寿先生は著書の「マンガの道-私はなぜマンガ家になったのかー」の中で次のように書いています。

・・・・・

3歳で「俺はマンガ家になるしかないんだな」と思った

 出身は静岡市です。生まれたのはすごい街の中でね。駅から歩いて5分ぐらいのとこに4歳ぐらいまでいて、で、もうちょっと田舎に、そっから車で15分ぐらいのとこに引っ越しました。生まれた年は1958年……そう、皇太子よりIつ2つ年寄りなのかな(笑)。

 

物心ついた時の最初の記憶はね  最初っからマンガ好きだったみたいですね。3歳の頃に親が絵の教室と英語の教室に行かしたんですよ。でも、英語の教室は全然ダメで。で、絵の教室では、先生が僕の描く絵を見て「これは絵じゃなくてマンガだ」って、叱られたんですよ。子供ってそんなの区別つかないじゃない?でも、「そうか、じゃあ俺はマンガ家になるしかないんだな」って、幼心に(笑)。

 あの当時、3歳から習い事とかに行かせたっていうのは、教育熱心というか、まあ、うちの親は家の商売継いでるような人だったけど、ほんとは自由にやりたいことがあったから、僕には好きなことさせたかったんじゃないかなあ。うちの商売はね、家具屋さん。内装とか、タンス作ったり。昔は羽振りが良かったんですけどね。親父が死んでからはもうやる人いないんで、やってないけど。

 描くのはもうずーっと好きでしたよ。ただ、そんな絵が上手かったわけじゃないような気がするけどね(笑)。一応学校の美術の授業くらいは5段階に分けたら5だけど、今振り返ると、やっぱ親とかみんなにお前は絵が上手いとか言われて、おだてられて美大までは行った、みたいな(笑)。いや、結構ね、人はそんくらい、思い込みの力で行けるもんなんですよ。

0204_01 世の中や時代とコミュニケーションするマンガを描き続けたい

 今描いてるものって、メインはいわゆる間口の広い4コマものと、『弥次喜多』みたいなディープな方向のものと、二本社にIII・結果的になんとなくそうなってますけども。自分としては今ね、ちょっと正直言って、やや一段落な感じしますね。私生活でも子供二人目ができて、このメンツでもうずーっと行くんだな(笑)、みたいな安定感があるし。仕事のほうでも手塚賞までねえ、二等賞ですけども、もらっちゃったら、もうもらえるもんないかなあと思うと(笑)。やっぱり、正直言うとね、確かに自分がやってることは……あんまり本も相変わらず売れないし、そうするとどっかで作品認めてもらいたいっていう気持ちが出てくるんだよね。で、認めてもらうんだったら手塚賞とかに認めてもらいたいなっていうのは思ってたんで、ちょっとあっけなかったな、みたいな。復礼たらいいなって思ってただけに、なんとなく気がぬけたようなとこある(笑)。

 でも、マンガって、結局、ほんとに賞なんか関係ないとこが健全でいいよね。どれだけ、どう読まれてるかっていうのが基本になるっていう。さっきも言ったけど、多くの人に売れたり受け入れられたりするものが、必ずしもいいものだとは思わないんだけど、でも、やっぱりそれは重要だし、健全なことだと思うところはありますよね。

 だから、今はほんとに、これからに向けてというか、次に向けてっていうところもあります。……正直なところ、このままじゃ終わんないぞっていう感じですよね、言ってみればね。まだ終わってないんですけどね(笑)。例えば、僕の場合恵まれてたせいもあるかもしんないけど、マンガで表現することがイコール、世間とのコミュニケーションみたいになってるし。今まで『エレキな春』とか『弥次喜多』とか、その都度その都度、世の中とか時代とリンクして、コミュニケーションしてこれたしね。それは、このままずっと続けていきたい感じはしますね。

・・・・・

 しりあがり寿先生はこのようにしてマンガの描き手になったのですね。

 あなたはどう思いましたか?

 しりあがり寿の諸作品は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

0204_02 しりあがり寿

1958年、静岡市生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業後、1981年キリンビールに入社。宣伝やパッケージデザイン、商品開発を担当すると同時に、マンガ家としての活動を開始し、二足のわらじで作品を発表しつづける。1994年に会社を退職し、専業マンガ家となる。代表作は『エレキな春』『おらあロココだい』『流星課長』『ヒゲのOL薮内笹予』『0.SHI.G0.TO』『真夜中の弥次さん喜多さん』『弥次喜多inDEEP』『頻死のエッセイスト』『コイソモレ先生』『なんでもボン太』など、多数。ギャグとグロテスクと哀愁とほのぼのを、さまざまなセンスとタッチのマンガで表現し、ボッブとディーブ、シュールとリアルの境界を越えて、数々の作品を発表しつづけている。2001年には『弥次喜多in DEEP』で第5回手塚治虫文化賞マンガ優秀賞を受賞。 2002年より、朝日新聞夕刊にて4コママンガ『地球防衛家のヒトビト』を連載中。その他にも多数の連載や書き下ろし作品を執華中である。2005年、宮詐言九郎脚本・初監督による映画『真夜中の弥次さん喜多さん』が公開。

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2007年2月 3日 (土)

「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方⑤のび太はなんに対しても偏見がない

 一日あいだをおいて、一昨日に続いてマンガの登場人物から人生を教えてもらう話の5回目(最終回)です。

 「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方
   と題して
①のび太はめげない
②のび太は悪口を言わない
③のび太は意外と欲がない
④のび太は誰にでも優しくできる
⑤のび太はなんに対しても偏見がない
   の5回続くお話です。

 第5回目の今日は「⑤のび太はなんに対しても偏見がない」を見てください。

20061214__14  「ドラえもん」は面白いです。好きです。世界中で読まれています。その「ドラえもん」から人生を学ぶことがあります。「ドラえもん」に登場するあの「のび太」から人生を教えてもらうことがあるのです。

 横山泰行先生は著書の「<のび太>という生き方」の中で次のように書いています。

・・・・・

 のび太が注ぐ優しさは、人だけに向けられるものではありません。ここでご紹介するお話に登場する、台風のタマゴのフー子のような自然現象、または植物、アリやツバメ、熊、竜や架空の動物にまで、真心を込めた優しさで対応しています。

 ここで特徴的なのは、のび太の優しさが発揮される対象は、しだいに広がっていること。それでは、彼が自然現象にまで優しいまなざしを注いでいることを、以下の作品から読みとってみましょう。

「台風のフー子」の話です。
 ドラえもんの四次元ポケットは十分整理整頓されていないため、ポケットから取り出したタマゴが何かよくわかりませんでした。でも、「どんな生きものでも、心からかわいがれば、きっとなつくわよ」と、しずかちゃんがタマゴから育てた小鳥を見て、マネをしたかったのび太は、このタマゴを自分で温めてかえすことにします。しばらくしてタマゴはかえりますが、これは気象台の科学者が実験のために作った、台風のタマゴだったことを、ドラえもんは思い出します。「あぶないからすてよう」というドラえもんの提案を、のび太は「かわいがって、そだててやるんだ」と断り、この台風の、目と渦巻きの風を持った奇妙な存在にフー子という名前をつけました。

 フー子のエサは熱い空気なので、のび太はローソクを立てて、フー子にたっぷり食べさせてあげたり、学校から帰るとフー子と広場で一緒に遊びました。ジャイアンがのび太をいじめると、フー子が風の力で吹き飛ばすこともありました。

 いいことがある反面、困ったことも起こってきます。散歩中のしずかちゃんのスカートを風でめくったり、家で掛け布団のなかに入れてやると、布団を舞い上げてしまうようになりました。フー子はだんだん成長し、家のなかを荒らすようになると、とうとうママから捨ててきなさいと命令されてしまいます。

 のび太がフー子を空に連れ出して、夢中で遊んでいるスキに離れて帰ろうとしましたが、何度やってもうまくいきません。とうとう家に連れて帰らざるを得ませんでした。その晩大型台風が日本に向かって北上しているというニュースが流れ、家中台風に備えて大騒ぎに。その光景を見ていたフー予が家から飛び出し、大型台風に対決を挑みました。

 テレビによると、日本から飛び出した小型台風が大型台風にぶつかり、太平洋上でふたつの台風が絡み合って全然動かないとのこと。しばらくすると、台風はふたつとも消えてなくなり、それはフー子の消滅をも意味しました。のび太は台風一過の空を見上げ、涙を流しながら「フー子」とつぶやきました。のび太は「小さな風がまっていると、つい思い出しちゃうんだ。フー子のことを」とドラえもんにさみしく告げるのでした。
                    (てんとう虫コミックス短編第6巻)

20061214__15  作品数が増えるにつれ、のび太の優しさは人間だけではなく、動物や植物、ひいては自然現象にまで注がれるようになります。このお話に登場する、台風のタマゴであるフー子が、その例です。このように、愛情を示す対象がどんどん広がっている点にも、のび太の心の成長を見てとることができます。

 最初、台風のフー子は、のび太たちにとっては奇妙な存在でした。目と渦巻きの風を持った台風のタマゴに、彼らはしだいに翻弄されるようになります。大きくなったフー子が発生する風で野比家の部屋が荒らされるなど、みんななにがしかの損害を受けてしまいます。しまいには、フー子を捨ててくるようにとの命令が・・・・・・。そこに、日本への大型台風上陸のニュースが舞い込みます。これを見たフー子は自ら大型台風への戦いを挑み、大奮闘の末に、野比家に大きな災害をもたらすと思われた大型台風もろとも、太平洋上で消滅するのでした。

 ここには、フー子の尊い犠牲愛が存在しています。まだ子どもであるフー子が、世話になった野比家と大好きな人たちを救うべく、たったひとりで大きな敵に立ち向かう・・・・・・。そんなフー子の勇気と愛は、大きな感動をもたらします。

 結果的にはフー子に救われたのび太たちですが、フー子が自然の猛威をコントロールし、台風の上陸を阻止すべく立ち上がった背景には、のび太の自然に対する優しさが原因としてあったのではないでしょうか。本来は人間の敵と恐れられる台風にさえも、分け隔てなく優しさを注いだのび太の愛情は、フー子にはとてもうれしいものでした。そしてその優しさに報いようとしたのです。

 のび太の優しさが仲間の協力を生み、自然を大切にするという夢に対しても、みんなが自然に協力する・・・・・・。そんな理想的な関係が豊かに描かれ、優しい心がいかに大切かを物語っています。

 そしてもう1点、この壮大なストーリーからは、作者の自然や動物に対する愛情が感じられ、メッセージ性の強い作品に仕上がっていることも、非常に印象的です。冒頭で、「どんな生きものでも、心からかわいがれば、きっとなつくわよ」と、しずかちゃんに言わせた藤子先生は、命を尊ぶことの大切さを子どもたちに伝えたかったのでしょう。

・・・・・

 うーん。
 
味方にも敵にも分け隔てなく優しく接する。
優しさが仲間の協力を生み、夢がみんなの自然な協力を集める。
自然や動物に対する愛情を持つ。
命を尊ぶ。

 このようなことは、やはりとても大切なことですね。

 のび太はなんに対しても偏見がないんですね。

 さて、今日の「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方、 あなたはどう思いますか?

 藤子・F・不二雄作「ドラえもん」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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2007年2月 2日 (金)

日本橋ヨヲコ「少女ファイト」

Photo_7 みなさんこんにちは、まんたんスタッフのうえむらです。
世に青春漫画は数あれど、熱すぎる青春群像劇を描かせたら
ピカイチの漫画家・日本橋ヨヲコ。

今回ご紹介する漫画作品はそんな作者の最新作、
バレーボール群像劇「少女ファイト」です。

バレーボールの名門・白雲山学園に在籍する少女、大石練(ねり)、15歳。
小学校時代全国大会で準優勝したチームのキャプテンであったほどの
実力を隠しながら、集団スポーツの中で自分を殺し続ける日々を送っています。

過去の出来事を引きずり続ける練は、予想していなかった練習試合のスタメンに
選ばれ、やっと実力を出した時不幸にも試合中にチームのキャプテンと接触。
そのことが原因に最終的に退部に追い込まれてしまいます。

その後、徐々に明らかになってゆく練の過去。
どんどん苦境に立たされてゆく主人公。そこに現れるキーパーソン。

練が過去の出来事を乗り越え、這い上がるために
かつて自分の姉が在籍していたバレー部のある高校に進学する決意を固めるまでが、
1巻の大まかなあらすじです。

この作品は練をとりまく個性豊かなキャラクター造形、
緊張感のあるストーリー展開が魅力。

バレーボールのルールがわからなくても十分楽しめます。

とにかく何か面白い漫画が読みたい!という方に、自信を持って
オススメする一冊です。

「少女ファイト」1巻はまんたんに置いてあります。
2巻は2月23日入荷予定です。

日本橋ヨヲコ他作品「プラスチック解体高校」
                「極東学園天国」
                「G戦場ヘブンズドア」も置いてあります。あわせてどうぞ。

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2007年2月 1日 (木)

「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方④のび太は誰にでも優しくできる

 昨日に続いてマンガの登場人物から人生を教えてもらう話の4回目です。

 「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方
   と題して
①のび太はめげない
②のび太は悪口を言わない
③のび太は意外と欲がない
④のび太は誰にでも優しくできる
⑤のび太はなんに対しても偏見がない
   の5回続くお話です。

 第4回目の今日は「④のび太は誰にでも優しくできる」を見てください。

20061214__13  「ドラえもん」は面白いです。好きです。世界中で読まれています。その「ドラえもん」から人生を学ぶことがあります。「ドラえもん」に登場するあの「のび太」から人生を教えてもらうことがあるのです。

 横山泰行先生は著書の「<のび太>という生き方」の中で次のように書いています。

・・・・・

 「男は強くなければ生きてゆけない。やさしくなければ生きていく資格がない」という、アメリカの作家レイモンド・チャンドラー著『長いお別れ』で主人公が言った名台詞があります。しずかちゃんの心をしっかりと捉えたのは、まさにのび太の優しさでした。彼が仲のいい友だちだけではなく、ときには敵対するような人にまで生来の優しさを発揮することは少なくありません。その優しさは、彼の生活のなかで潤滑油のような働きをしており、のび太に楽しく生きるエネルギーを与え続けているのです。

 「このかぜうつします」の話です。
 熱のためフラフラ、ヨロヨロしているのび太のパパは、とても真面目な性格で、今日の大事な会議にどうしても出るのだとママに訴えています。ドラえもんにひみつ道具「カゼをうつす機械」を出してもらい、のび太がパパのカゼを引き受けます。すると、パパは「すうっといい気分になったぞ。みてくれ、こんな元気なこと」と、スキップしながら会社に出かけていきました。一方、のび犬は体はゾクゾク、頭はグラグラして辛いので、憎らしい誰かに、カゼをうつすことに決めました。

 最初、しずかちゃんが「のび太さん、うちへ遊びにこない」と誘ってくれましたが、まさかしずかちゃんにカゼをうつすわけにはいきません。次に、この機械を持って歩いているのび太を、通りがかったスネ夫が、「電話ごっこか? 幼稚園のころ、よくやったっけ。のび太にはぴったりかもね。ギシシシシ……」と嘲笑したので、早速カゼをうつすことに。でも、カゼをうつされたスネ夫が咳をしていると、スネ夫のパパがきてあわてふためいているのを目にして、悪いことをしたと反省したのび太は、再度カゼを引き受けてしまいます。

 「ゴホゴホ」と咳をしながら歩いていると、今度はジャイアンに会いました。ジャイアンはのび太の顔を見るなり、「なんだ、おまえかぜひいてるのか。だいじにしろよ。いまのカゼは、たちが悪いそうだ。うちにいいくすりがある。もってこようか」とふだんからは想像できないほどの優しさを見せます。思わずのび太は、カゼもうつさずに通り過ぎるのでした。

 しばらくすると、上半身裸で歩いている風変わりな男に遭遇。好きになった看護婦さんに会うため、カゼでも引いて、病院に行こうと思っているという、かぜをうつすには格好の人物です。丈夫すぎて、カゼを引くことのできない男は、「夢じやないかしら」と喜び勇んで、のび太のカゼを引き受けてくれました。
                        (てんとう虫コミックス短編第2巻)

20061214_26_1  このお話に表現されているように、のび太の性格のなかでいちばん際立っている特性は、人に対して優しいということです。のび太も人の子ですから、ときには仲間はずれにしてやろうとか、中傷してやろうとか思うこともありますが、そのたくらみを徹底的に実践することはできません。

 のび太の優しさには生得的なものがあり、どんな相手に対しても心底から憎んだり、存在そのものを全否定するような言動はとりません。たとえば、のび太はジャイアンの暴力やスネ夫の傲慢な態度の背景に見え隠れする優しさを、的確に読み取るすばらしい感性を身につけています。とりわけ、大冒険などのストーリーで顕著に見られますが、この話でもジャイアンの「なんだ、おまえかぜひいてるのか。だいじにしろよ。いまのカゼは、たちが悪いそうだ。うちにいいくすりがある。もってこようか」という台詞に見られるように、のび太が窮地に陥ったときの、ジャイアンやスネ夫の言動には真の優しさがほとばしっています。

 のび太はふだんジャイアンやスネ夫にいじめ続けられていますが、野球やなにか遊びを始めるときは、いつも誘われる存在です。のび太とジャイアン・スネ夫との間でいつも発生するいざこざは、仲のいい友だちほどケンカが絶えないといった説を裏付けるものでしょう。一見いじめられているようにも見えるのび太ですが、彼の優しさがグループの結束をより強固なものにしているのではないでしょうか。

 これは、みなさんがふだん生活をしている場、職場や家庭においても同じことだと思います。職場で同僚や上司が表現する優しさは、協力者や理解者をより増やしたり、職場を魅力あるものに変えるなど、さまざまなプラス効果を生み出すでしょう。もちろん、まわりの優しさを待つより、自分から優しさを持って人に接する。そんな姿勢で過ごすことが、のび太のように楽しく暮らしながら夢を叶えるための基礎なのだと思います。

・・・・・

 うーん。
 
人に優しくする。
イヤなヤツの言動の中にもどこか人としての優しさを見出す。
まわりの優しさを待つのではなく、自分から優しさを持って人に接する。

 このようなことは、やはりとても大切なことですね。

 さて、今日の「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方、 あなたはどう思いますか?

 藤子・F・不二雄作「ドラえもん」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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