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2007年3月31日 (土)

「銀河鉄道999」は全編、命あるものに対する愛情と悲しさに満ちている

 私たちはともすると、外見で人を判断しがちです。ときによっては、それが偏見や差別につながってしまうことがあります。そのような未熟な私たちが、同時にまた、限りある命を待つ事の素晴らしさと、その素晴らしい命が内包している悲しさとを、かみ締めることもできる場合があるのです。そんな私たちが自らを振り返るためのマンガがあります。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「銀河鉄道999」は全編、命あるものに対する愛情と悲しさに満ちている

  と題して進めます。

0331_99911  タケカワユキヒデ先生は「マンガ名作講義」の中で、松本零士作「銀河鉄道999」について次のように書いています。 

・・・

  名作と呼ばれる作品のプロットは、驚くほど単純なことが多い。この『銀河鉄道999』もそういった作品のうちの一つだと思う。

 不老不死の機械の身体をもらうために、主人公の鉄郎が宇宙を旅する。プロットはたったそれだけだ。

しかし、プロットが単純だからといって、作品自体が単純ではないのが、名作の名作たる所以だ。

 殆どの人がそのタイトルを聞いて想像する、夢と冒険の物語。この作品は、そういう想像をもくつがえす。

 スウィフトが『ガリバー旅行記』で、彼の時代を鋭く風刺したように、松本零士は、夢と冒険の狭間に、人間に対する風刺を鋭く挟み込んでいる。

       ◇   ◇   ◇

 星から星へと旅する鉄郎は、ある時、金粉に似た無数の光が星の表面を動き回っている不思議な星へ立ち寄る。

 ホテルに入ると、身なりの貧しそうな女性が、何か仕事はないかと、鉄郎に尋ねる。鉄郎が施しをしようとすると、その女性はそれを強く拒んで去る。鉄郎が見ず知らずの人に施しをしようとした事を恥じていると、その女性がもう一度やって来て、貰ってもらいたい物があるから、鉄郎を自分の住まいに案内したいと言う。よこしまな気持ちでその女性の質素なアパートを訪ねた鉄郎は、買ってほしいとその女性の言ったものが、長い間かかって書きためた、アニメーション作品の絵コンテだった事を知って自分のよこしまな気持ちを恥じる。そして、その直後の停電。

0331_99901  ここで鉄郎は、星の表面を動き回っていた光の粉の正体と、女性が貧しかった理由を同時に知ることになる。

 暗闇の中で女性の身体が、蛍のように淡くまだらに光ったのだ。

 この星の人間は、生まれながらに、身体が綺麗に光る人間と、まだらにしか光らなかったり、全然光らない人問に区別されているのだった。彼女が貧しかったのは、身体がまだらにしか光らなかったからだった。生まれながらに地位が高いのは、全身かくまなく光る人間だちなのだ。

 怒った鉄郎は、慇懃無礼な全身くまなく光る男をコテンパンにやっつける。

 松本零士は、この作品の中で「人間の価値は、外側から見ただけではわからない」という主張を、形を変えて何度も何度も読者に訴えかける。

 ある時は、見た目によって変な差別をされないように、アメーバ状の姿になってしまった宇宙人たちが登場したり、ある時は、自分の本当の姿を見られたために、恥ずかしくて爆発してしまう見えっ張りな機械の惑星が登場したりする。

 どれも、きわめてマンガ的な発想なので、ついただのギャグの一部として見逃してしまうが、こういうところにこそ、作者の主張がある。

 そして作者が、作品全体を通して読者に語りかけるのは、限りある命を待つ事の素晴らしさと、その素晴らしい命が内包している悲しさだ。

 この作品は、全編、命あるものに対する愛情と悲しさに満ちている。

       ◇  ◇  ◇

 僕は、この作品の映画化の時、主題歌の作曲と歌を担当した。当時から、マンガマニアを自称していた僕は、この名作の音楽を担当できることを誇りに思った。自らを鼓舞する意味も兼ねて、忙しさに負けぬようにと、あの明るい夢に満ちている曲を書き、そして、唄った。

 が、今になって作品を読み返してみると、僕が作って唄ったあの「銀河鉄道999」は、少し、生きる勢いに満ち満ち過ぎていたかもしれない。反省している。

・・・

 うーん。

 外見で人を判断したり、それによって偏見や差別を持ったりしないようになりたいものですね。そして、限りある命を待つ事の素晴らしさと、その素晴らしい命が内包している悲しさとを、かみ締めてみたいものですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 松本零士作「銀河鉄道999」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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2007年3月30日 (金)

スタッフ一押しマンガ、4月はこれです!

 東京漫画探偵団には、スタッフがぜひ皆さんに読んでもらいたいと思っているマンガを置いているコーナーがあります。名づけて、「今月のスタッフ一押し」コーナーです。開店以来10年間続けています。お客様の中には楽しみにして下さる方もたくさんいます。

 東京はもう桜が満開です。そうです。もう明後日は月が替わって4月になります。「今月のスタッフ一押し」4月の分をご紹介しましょう。

0330_405小林まこと作 「柔道部物語」 講談社・全11巻

岬商業高校新入生、三五十五。高校に入学したてで右も左もわからない彼は先輩たちの甘い言葉に乗せられて柔道部に入ることに。ところが入部したとたん先輩たちの態度が豹変。シゴキはあるは、坊主頭にされるは、もちろん女子との交流会なんて真っ赤なウソ。でも、一度やると決めたからには強くなって見せると決意。スポーツ青春マンガの名作です。

0612 (お勧め度☆☆☆☆☆)

(一押ししたのは「うえむら」です) 

・・・

0330_402安野モヨコ作「脂肪と言う名の服を着て」 主婦と生活社・全1巻

たべることがやめられない主人公、のこ。  おなかは空いていないのに、食べたくて仕方ないってことありませんか? 私はあります(笑)。普段からストレスでイッパイののこは、職場の同僚にイジメられては食べ、彼氏に辛く当たられては食べ・・・。そんなことを繰り返してばかりいるのこの前に、一人のお爺さんが現れる。

0612_1 (お勧め度☆☆☆)

(一押ししたのは「にゃちゃぼ」です) 

・・・

0330_401朔ユキ蔵作 「ハクバノ王子様」 小学館・全6巻

三十路女をいろいろな角度からこれでもかとリアルに描く朔ユキ蔵の話題作。女子高教師となった小津は転職したばかりで、まだ25歳と若い。生徒からタカコサマと呼ばれるクールな女教師原にとっても小津は気になる存在である。けれども彼には婚約者が・・・。待っていても幸せはやってはこない。幸せは自分が一歩前に出ることから始まる。この本はそれを教えてくれている。

0612s16kb (お勧め度☆☆☆)

(一押ししたのは「さぼてん」です)

・・・

0330_406本宮ひろ志作 「夢幻の如く」 集英社・全13巻

本能寺の変後、実は生きていた織田信長は天地夢之助と名乗り、秀吉の天下統一に力を貸す。その後世界を取るために大陸に渡り、モンゴルで女真族のヌルハチと相見えたり、ロシアのイワン大帝と対決したりする、なんだかとにかくいろんな意味でスゴイ作品。ここまで開き直るとデタラメさもいっそすがすがしいです。 

0612_2 (お勧め度☆☆☆)

(一押ししたのは「うえむら」です) 

・・・

0330_404 0330_403さくらももこ作 「ちびまる子ちゃん」 集英社・2巻

アニメでもおなじみ、ちびまる子ちゃん。いつもお姉さんとケンカばかりしている、まる子ちゃんはある日とても優しいお姉さんと出会う。優しくてきれいなお姉さんをどんどん好きになっていくまる子。しかしある日そのお姉さんが・・・。

「ちびまる子ちゃん・映画原作特別描き下ろし」1巻と、「ちびまる子ちゃん・私の好きな歌」1巻とがあります。 

0612_3   (お勧め度☆☆☆)

(一押ししたのは「にゃちゃぼ」です)

・・・

いかがですか。

おもしろそうでしょう?

うちのスタッフの好みもなかなかですよね。

・・・

スタッフ一押しのマンガは東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年3月29日 (木)

「AKIRA」はリアルで雄弁な映像的ダイナミズムだけでなく、読み手の力量に応じたさまざまなテーマを孕んでいる

 マンガの歴史を画したマンガがあります。多くの人が読み、また、多くの人が語っています。それだけ、大きく、それだけ重いかもしれません。そして、それゆえに面白いものです。時にはそんなマンガを、もう一度読んでみてはいかがでしょう。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「AKIRA」はリアルで雄弁な映像的ダイナミズムだけでなく、読み手の力量に応じたさまざまなテーマを孕んでいる

  と題して進めます。

0329_akira03  山崎浩一先生は「マンガ名作講義」の中で、大友克洋作「AKIRA」について次のように書いています。 

・・・

 『2001年宇宙の旅』を撮り終えて、スタンリー・キューブリックは言った。

 「映画作家は紙とペンの自由を獲得した」と。

 それは映画という表現手段を、自分の道具として自在に使いこなした彼自身の勝利宣言だった。

 だとすれば、逆に「紙とペン」の側から「映像の自由を獲得した」のが大友克洋だった、と言っていいかもしれない。ただしそれはもちろん映画とも、また、ひょっとするとマンガや劇画とも違う、まったく新しい映像表現なのだった。

       ◇   ◇   ◇

 嘘だと思うなら『AKIRA』を読むことだ。これが白紙の上にペンで引かれた黒い線だけで構築された「静止した世界」であることを、あなたは本気で信じることができるだろうか?

 たとえば、2020年のネオ東京がアキラによって壊滅する黙示録的シーン。自在のカメラワークと複雑なカットバックを駆使して、一瞬のカタストロフが実に三十ページにわたって描かれている。縦横無尽のコマ割り(これこそがマンガの正体だ)が醸し出す独特のリズムで、あなたの視点はこの重層的な時空間の中をめまぐるしく移勤し、ホンモノの眩暈(めまい)、浮遊感、さらには風圧さえ体感できるはずだ。ちなみにこのシーーンは、雑誌連載時と単行本とでは構成(映画でいう「編集」)がまったく変えられている。

 こういったリアルで雄弁な映像的ダイナミズムは、もちろん前作『童夢」や『気分はもう戦争』ですでに完成されていた。それを極限までスケーールアップして、まるごとの〈世界〉にまで発展させたのが、この作品だったということだ。

 なにしろこの作品では、登場人物の心理や関係の機微までが、スペクタクルな映像として描かれてしまう。映像がここまで饒舌なのだから、もちろん解説的な言葉など不要になる。ト書きは冒頭に一ヶ所あるのみ。かろうじて語り部役の教祖ミヤコが、物語のキーワードである「力」と「流れ」について解説するのだが、それらもそれぞれビッグバンと二重螺旋によってリアルに視覚化されている。

  ◇   ◇   ◇

0329_akira01  こうなると主人公の金田たちは、緊迫した場面でハリウッド・アクションばりのジョークをかましたり、ストーリーにかまわず無邪気に遊び回ったりすることに専念していればいい。そして、それが息詰まる展開に効果的な批評と風穴を与えている。おそらく作者はそこまで緻密に設計しているのだ。

 そして《手塚マンガ》の言語体系を鮮やかにクリアした、単純だが重畳的なストーリーは、読者にさまざまな解釈を許すことになる。この作品がテーマやメッセージと無縁の職人的エンターテインメントだという俗説は、実はあまり当たっていない。読者が読み取りさえすれば、ここには焼け跡からオウムまでの、戦後と同時代が孕むあらゆるテーマが発見できる。その豊かな映像的メッセージを、一度じっくり読み取ってみてほしい。それは《大友マンガ》という新メディアの特性を最大限に楽しむ法でもある。

 たとえば、単行本で新たに加筆された三十五ページのエピローグ。徹底して〈破壊〉を描き続けたこの作品にとって、それはいかにも取ってつけた蛇足的な〈再生〉イメージのようにも思える。が、それはこの作品が、戦後の廃虚から生まれたマンガという「力」と「流れ」の物語でもあることを象徴しているのだ。このラストシーンが『火の鳥・未来編』のラストを連想させ、また、そこに手塚治虫への献辞が添えられているのも、けっして偶然ではない。

 大友もまた確かに「手塚の子」なのである。でも、「紙とペン」がついにそこから遥かここまで来てしまったことも、やはりまちがいないのである。

・・・

 うーん。

 マンガの歴史を画したマンガなんですね。それだけ、大きく、それだけ重いんですね。そして、それゆえに面白いものなんですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 大友克洋作「AKIRA」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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2007年3月28日 (水)

「漂流教室」は超自然現象のリアリティーを始めさまざまなテーマを突きつけている

 普通ではありえない、超自然現象というものがあります。それは果たして現実にありえないことといえるのでしょうか。卓越したマンガはこの疑問に向き合うことを教えてくれています。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「漂流教室」は超自然現象のリアリティーを始めさまざまなテーマを突きつけている

  と題して進めます。

0327_01  横尾忠則先生は「マンガ名作講義」の中で、楳図かずお作「漂流教室」について次のように書いています。

・・・

  その昔、「漫画少年」という雑誌があって、ぼくはその熱狂的な読者の一人だった。将来、マンガ家を志望していたぼくは熱心な投稿少年で、毎月「漫画少年」にマンガを描いて送り続けていた。だけど、成績はかんばしくなく、とうとうマンガ家の夢を捨てざるをえなくなってしまった。

 こんな挫折感がマンガに対する興味を失わせ、それどころかマンガに怨みさえ覚えるようになってしまった。

       ◇   ◇   ◇

 そして時が流れた。一九六七年、ぼくはニューヨークに四ヵ月近く滞在した。ここで遭遇したのはヒッピー・レボリューション、ドラッグ・カルチャー、サイケデリック・ムーブメントなどの意識改革だった。

 このアメリカの文化的事件の中で、ぼくはかつて経験したことのない精神的レボリユーションを体験し、あっという間に精神世界にのめり込んでしまった。つまり、従来の肉体感覚による知覚と認識を遥かに超えた、もうひとつのリアリティーの存在に直面してしまったのである。そして「新しい自己」探求の旅の入り口に、ぼくは余儀なく立たされてしまったのだった。

 このことは、ぼくの無意識の願望であると同時に、何やら宿命的な「意志」の働きを感じないわけにはいかなかった。と同時に、ぼくの日常に超自然的な現象が現れ始めたのも単に偶然とは思われなかった。

0327_02  そんな時に出合ったのが楳図かずおの『漂流教室』だった。ある日突然学校が大音響と共にあと形もなく地上から消えてしまった。時間の壁が破れて未来の世界へ次元移勤してしまったのである。

 そんなバカな、という人がいるかもしれないが、ぼくには決してこの現象が現実にあり得ない話だとは思えなかったのである。

 人間の想念エネルギーが起こす物質への影響は絶対にあるという考えは、ぼくに生じた不思議な超自然的な体験でぼく自身が知るところとなっていたので、『漂流教室』の中で起こる様々な超自然現象は、ぼくには自然現象の一部のようにとらえることができたのである。

 このマンガを最初に読んだ一九七二年には、ぼくの関心はすべてこの超自然現象のリアリティーにあったが、最近もう一度読み直してみたら、もっともっと重要なテーマが沢山あることに気づいた。

 次元移動して未来の時間に往む子供と、こちらの世界にいる母親との、想念と想念による愛の交流。同時にネガティブ想念の引き起こす恐怖。極限状況に置かれた人間の狂気。最後まで生きる望みを捨てない人間の勇気と力と愛と希望。われわれの世界の反ユートピアと終末の予感。生死を超えて存在する宇宙意識。

       ◇   ◇   ◇

 マンガ家の夢が破れてマンガ嫌いになってしまったぼくだったが、『漂流教室』を読んで楳図ファンになり、他のマンガ家の作品はあんまり読まないけれど、彼のマンガだけはいつも気になっている。

 あのひょうきんな楳図さん自身のキャラクターと恐怖マンガはどうしても結びつかないが、森羅万象はすべて対立する両極の要素によって成立していることを考えれば、彼の人間と作品は見事に一致しているといっていいかも知れない。

 豆が死ぬほど人好物で、乗り物が死ぬほど嫌いという楳図かずおが、太古の時代ではなく、この現代に、恐ろしく明るく住んでいるというのは一体どういうことなんだ。

・・・

 うーん。

 普通ではありえない、超自然現象というものをどのように考えたらよいのでしょうか。それは果たして現実にありえないことといえるのでしょうか。楳図かずお作「漂流教室」はこの疑問に向き合うことを教えてくれています。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 楳図かずお作「漂流教室」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年3月26日 (月)

DVD「ロボ子のやり方」が話題です

「まんたん」店長のひとりごとです。

02 東京国際ファンタスティック映画祭で毎年のように受賞している梶野竜太郎監督の作品がDVDで発売されました(http://www.mentaiman.com/#1)(http://www.cope-ds.com/3to4/profile.htm)。梶野監督は豊かで鋭い感性の方です。明るく楽しい方で、大変な人情家です。その梶野監督が「まんたん」に来てくださいました。驚くほどの豊富な知識と、大河の奔流、怒涛のようなアイデアの噴出に触れることができました。うれしいことに漫画の大好きな方です。

DVDレビュー誌で作品の紹介がありましたので紹介させていただきます。

とても面白い作品なので東京漫画探偵団(まんたん)の店頭でも販売をさせていただいています。1本2980円(税込み)です。皆さんもいかがですか?

DVDレビュー2007年SPRING号  「DVD TOPICS」 に掲載された内容をご紹介します。

・・・

「ロボ子のやり方」というDVDに注目してください!

03  萌えることが好きな方々をとっても満足させてくれるDVDを見つけました。それがこの『ロボ子のやり方』という実写作品。東京国際ファンタスティック映画祭のデジタルショートアワードでグランプリを獲得したこの作品のほかにも『植物採集』『ジャギュレイター』の3本立て。監督はいずれも梶野竜太郎氏。本編よりも長いメイキング、ジャケットイラストを手掛けたBANBIBI氏の画集付きで発売中! このDVDを3名にプレゼントします! とりあえずネットで『ロボ子のやり方』で検索!!!

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 とても面白い作品です。ネットで購入できますし、予告編を見ることもできますよ(http://www.cope-ds.com/3to4/works03.htm)。もちろん、東京漫画探偵団(まんたん)の店頭の特設コーナーでも展示・販売中です。1本2980円(税込み)です。皆さんもいかがですか?

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2007年3月25日 (日)

ジャンクハンター吉田さんを東京漫画探偵団は応援します

「まんたん」店長のひとりごとです。

映画やゲームの好きな方はご存知だと思いますが、あのジャンクハンター吉田さんは漫画の大好きな方です。

ジャンクハンター吉田さんは心意気の人です。余りに多くの活躍をされているので一体どんな方なのか私にはその一部しかわかりません。 わかるのは、高い志と情熱の人だということです。行動力とセンスの人です。たくさんの人に慕われています。そして、マンガが大好きな方です(http://www.pub-cruise.co.jp/index.html)。そのジャンクハンター吉田さんが「まんたん」に来て下さいました。DVDレビュー誌の取材を受けるためです。

ジャンクハンター吉田さんが日本の政治を変えたいと考え、決意をされました。何もできないかもしれませんが、私たちは応援します。「まんたん」はジャンクハンター吉田さんを応援して行きます。

DVDレビュー2007年SPRING号 連載企画 「DVDレビューだから一生ジャンクハンター吉田を応援します」 第1回 に掲載された内容をご紹介します。

・・・

DVDレビューだから一生ジャンクハンター吉田を応援します 「VOL.1」

0325_dvd11 本名は吉田武だが、世の中ではジャンクハンター吉田。日頃、映画雑誌を読んでいる方々には、お馴染みの名前だ。「そう言えばTVチャンピオンのゲーム大会に必ず出てくる人だよね」。そう思う方もいるかもしれない。小誌では長年に渡って(一番古いお付き合い)、連載を依頼してきた。しかし、予告もなしに連載は前号で終了とする。

なぜならば、彼がこの国の総理大臣を目指すことになったから。

現在36歳。ジャンクハンター吉田は、4年後の40歳になった時、生まれ育った東京・北区の区議会議員選挙に立つことを決意した。小誌では今回から、「DVDレビューだから一生ジャンクハンター吉田を応援します」と題したリアルドキュメントをスタートする。

ジャンクハンター吉田プロフィール

1970年11月5日東京生まれ。左利き。183cm、105kg.

1986年、都立赤羽商業高等学校定時制へ通いながら、15歳でJICC出版局にて編集アルバイトを2年経験。その後、在学中に雪印乳業の冷凍庫作業員、バイク便など様々なアルバイトを経て、1990年3月の卒業前に単身渡米。サンディエゴやロサンゼルスの西海岸を流浪。当時、LAに在った空手家チャック・ノリス氏の経営するマーシャルアーツ道場へ入門する。LA在学中にメキシコヘ渡り、ルチャ・リブレの選手や格闘系スポーツ選手を輩出するジムで短期トレーニング。日本帰国後、プロレスに目覚め、浅草にあるアニマル浜口氏が経営する「浜ロジム」へ入門。1年少々在籍の後、居酒屋「藩」、マクドナルド、ケンタッキーフライドチキン、テレビゲームショップ、イベント会社などのアルバイトを掛け持ちしながら、銀座にある映画系広告代理店「(株)現代」ヘアルバイトで入社し、仕事では映画業界のビジネスを学びながら、プライベートではグレコローマンスタイルのレスリングとロシアの格闘技サンボなどを社会人枠で学ぶ。1995年に「(株)現代」の正社員となるまで、ロシアやアメリカヘ行ったりと様々な格闘技の試合に単身出場する。1998年に退社後、お茶の水に在る専門学校「デジタルハリウッド」へ入学レSOFT IMEAGE 3Dを学ぶ。在学中の生活費のためにテレビ番組の現場やアダルトビデオの現場でアシスタント・ディレクターやアートディレクター、カメラマンなどを経験しながら、フリーライターや雑誌エディタ一として出版業界へ11年ぶりに復帰。各界でフリーの仕事をしている面々を集め、その後の法人化を視野に入れた「スタジオ・ジェイズ」なる組織を結成。出版業界、テレビ、ビデオDVD業界を主に業務を行う。テレビ東京の任天堂スポンサー枠のゲーム番祖にて「ドンキー吉田」なるゲームを教えるお兄さん役でタレント活動をすると同時に公開番組の前説やイベントの司会などを含め、今までの裏方業務から表へ出る業務にも徐々にシフトしていく。時を同じく、愛知県岡崎市にあるプロレス格闘技団体「CMA」からの誘いで、「ジャンクハンター吉田」として入団。「スタジオ・ジェイズ」を法人化する直前の2002年、(有)クルーズ前代表取締役・今井富義氏から現在のクルーズを引き継ぎ、「スタジオ・ジェイズ」を解散。法人化予定だった資金を、現在のクルーズヘ全て投入し、今に至る。現在は関西のアパレルメーカー「(株)マーズ・シックスティーン」の役員、雑誌「映画秘宝]の広告営業編集業務、雑誌「この映画がすごい!」「吉本興業/フリッペ大阪」の広告営業業務、「jackass number two the movie」など様々な公開作品の宣伝業務を担っている。

4年後に区議会議員から、総理大臣を目指すという彼にその真意を聞く

0325_dvd12 ――吉田さんの経歴はとてもこの2ページじゃ書き切れません。

吉田「『ゲームラボ』で、「吉田タケ史」という連載をやってるので、それを全部読んでもらえれば分かると思うよ」

――(読者の皆さんには追々ご紹介していきましょう)。では、この度、選挙に出る決意を固められたとのことですが、きっかけはなんだったのでしょうか?

吉田「大橋巨泉さん。巨泉さんは当選したけど、日本の政治はどうやってもよくならない、と言って降りちゃったじゃない。しかも、惜しまれながら。すごく好きだった大橋巨泉さんが、ダメだっていう政治の世界はどんなものなのだろうって思ったのがそもそものきっかけ。それから政治に興味を持った」

――プロフィールを見れば分かるように、吉田さんはアグレッシブな生き方をされている。現在はライターの仕事も継続中ですが、どのように仕事の幅を広げてきたのですか?

吉田「待ってるだけじゃ仕事はこないし、才能というのは努力で作っていくものだと思うんだ。俺はサラリーマン辞めた時に、色んなところに名刺を配りに行ったよ。ライターの仕事をやるには、誰にも負けないオンリーワンのネタを取らないといけない。俺はそれだけはずっと心がけてるんだ。俺には何があるんだろうってすっごい考えた。で、映画のコンテンツを扱ったゲーム、シネマゲームなら昔から興味があって研究をしていたので、人に負けないって思ったの。そうしたらこの業界に誰もいなかった。結果、オンリーワンになった。でもそのままじゃ、シネマゲームの仕事しか来ないと思って、次は、「どんどん海外へ行こう」と思った。輸入されたものを研究するんじゃなくて、本場の時点でネタを取ろうと思ったんだ」

――オンリーワンを探している間は?

吉田「名刺をもって営業行っても、武器がない時だよね。まして俺は定時制の高校で学歴がないだけで、相手にしてくれないところがいっぱいあった。『そうか、俺にはなんの武器もないんだ』って落ち込んだ。それまで、根性だけで生きてきて、根性だけで名刺をもって廻っていたんだけど、そこで初めて努力をする大切さを知ったよね。努力をしたのは、そこから」

――現在は会社も作り、上に立つ人間として仕事をされていますが、そのあたりは今回の決意と関連するものはありますか?

吉田「そうだなぁ。政治家になることとは関係ないけど、下を育てなきやいけないという意識は強いよね。もともと、俺、お金に興味がない人間で、お金があると狂っちゃう人達をすげぇ見てきたから、お金は人間をダメにすると思って、実際、今でも仕事を受ける時にお金の話は一切しない。すべて後から額は知る。こんな人間なので、ウチの会社で仕事をしてる若い人間は、お金よりも経験が欲しいんだと思う。でも、政治ってお金が絡むものじゃない? どんな政治にしても。お金に興味のない人間が政治家になってもいいと思う。今の政治家の大半はボランティア精神が欠けてる、お金が絡んで動く人が多すぎる」

――総理大臣の前に区議会議員、選挙に立つのは生まれ育った東京・北区ですか?

吉田「そうだね。でもまずは勉強。今、やっとライター仕事などを滅らす方向で整理して勉強する時間を作ってる。北区には障害者の施設がけっこうあるんだけど、もっとその施設をより良くしたいってのがある。あとは俺たちの世代もそうだし、あと何年かで日本は老人が多くなるじゃない? だから福祉の環境を良くしたいってのがある。あと北区は工場が多くて、川が汚染されてる。俺も10代はずっとそういう仕事をしてきたから分かるけど、そうしたブルーカラーの仕事をしている人達、政治に興味がないような人達のために働きたい気持ちがある」

――日本の政治家は、二世など、政治家になることを目標としている人達ばかりじゃないですか。そうじゃなくて世の中に出て、社会を知った、商社やお店、それこそ吉田さんのようにライターといった色んな仕事をしている人が政治家になってもいいと思うのですが。

吉田「俺もそう思う。人ときちんとコミュニケーションが取れる人、やっぱりウェットな人じゃないとダメだと思う。ドライな人が言うマニフェストは、響かないんだよね。日々、汗水垂らして働いているウェットな人間こそ、人の気持ちが分かるんだと思う。俺自身がなりたい人間は3つ。必要とされる人間になる。それに付随して相談される人間になる。相談されるということは、相談を受けてこっちでなんとか解決しなきゃいけないことだから、誰かに謝れる人間にならなきゃいけない。この3つは絶対に守りたいと思う」

――今日はどうもありがとうございました。次号から、選挙に出るまでに約4年、連載にして15回、追いかけていくわけですが(笑)、ネタ薄防止のために、実際に議員の方に会いに行ったりしてみたいのですが…。

吉田「ぜひ、お願いしたい(笑)。とにかく俺に今、必要なのは勉強をすることだと思う」

一一分かりました。よろしくお願いします。

2007年2月26日インタビュー収録

※読者の皆様へ、念のため書いておきますが、このぺ一ジはマジです

神保町のマンガ好きはここに集まれ!!

まんが喫茶「東京漫画探偵団」

今回、記念すべき連載第1回の取材は…、「編集部のある神保町のどこかでやりましょう!」となり、場所をご提供くださったのは、まんが喫茶「東京漫画探偵団」さん。「昔ながらの伝統を頑固に守ります。まんが好きのためのまんが喫茶であることが誇りです」をモットーに明るく気さくな笑顔で、店長を務めるのは飯塚さん。店内にはレアで懐かしいまんががたくさんあります!人情息づくまんが喫茶がここにあり! 毎日更新のブログも見て下さい! くhttp://man-tan.cocolog-nifty.com/blog/

東京都千代田区神田神保町1―19 ポニービル2F   電話 03(5282)8230

・・・

 ジャンクハンター吉田さんが日本の政治を変えたいと考え、決意をされました。

何もできないかもしれませんが、私たちは応援します。

「まんたん」はジャンクハンター吉田さんを応援して行きます。

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2007年3月24日 (土)

「天才バカボン」は時間の横丁をふらりと曲がる懐かしさと、無秩序だけがもたらす安らぎを思い出させてくれる

 時々若かったころのことを思い出して懐かしく思うことがあります。また、もっと幼い頃のことがよみがえって、無性に切なくなります。それはたいてい、同じような風景や、状況とともに表れるのです。昔よく読んだマンガを読んだりすると、運がよければ、そんな自分なりの原風景に対峙してしまうのです。もしかしたらあなたにもそんなマンガがありますか?

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「天才バカボン」は時間の横丁をふらりと曲がる懐かしさと、無秩序だけがもたらす安らぎを思い出させてくれる

  と題して進めます。

 著述家の野口武彦先生は「マンガ名作講義」の中で、赤塚不二夫作「天才バカボン」について次のように書いています。

・・・

0324_02  それはあたかも「無秩序」が一つの季節を開いたかのようだった。

 「無秩序」は「秩序」の反対語ではない。バカボンのお父さんがいうように「さんせいのはんたーい」であり、徹底的かつ根元的に秩序ある行動は一切やらないという倫理であった。でなければ、全員こぞってこれほど律義にバカがやれようか。

 『天才バカボン』の雑誌連載が始まったのは一九六七年だった、と改めて思い出した。バカボンとその父親は、みごとに「字義通りに」生きている。言行不一致はまるでないのだ。だからよくだまされるし、バカにされる。それに対して「人をバカにするのはよくないことだ!」と正論を吐くのが、バカボン親子なのである。

       ◇   ◇   ◇

 一九六七年は、全共闘運動の始まりの年だった。単純にいうなら、それは大学知識人の言行不一致に向かって「まただましてよろこんでるな」と怒ることから起きた。その直情径行をいちばんよく造型したのが、すぐピストルをぶっぱなす「目ン玉つながり」の警官である。『天才バカボン』は、ギャグの陽明学なのだ。全共闘は「反秩序」になった。「無秩序」まではゆかなかった。

 バカボン・サガの世界は、いつしか何とはなしに、竹下さんや海部さんや河野さんを出したあのW大学の裏の宇宙にある「バカ田大学」の近辺、三十年前の神田川のほとりにあると思いこんでいた。今もそう確信している。

0324_01  一九六〇年代の末といったら、日本はまだ「高度経済成長期」にあり、EXPO'70に向かって右肩上がりの上昇中だった。六〇年安保このかた、左肩をそびやかしていた既成左翼は生気が衰え、それがまた全共闘運動、新左翼形成の土壌でもあった。だが「バカ田大学」界わいには、どぶどろ色の神田川がくねり、両岸が町工場か学生下宿といった街区がまだ取り残されていたのである。

 作者白身は、たぶん意識していないことかもしれない。だが、時代性はさりげない背景に出る。なつかしい町角の風景が六〇年代をよみがえらせる。まだ笠つきの電灯だった街灯、町工揚か銭湯だかの煙突、スレート屋根、くみ取り便所。そして大ゴマの遠景には、しだいに団地(昔いかに新しかったか!)や高層ビルが現れてくるのだが、作者にはこれが一種の原光景になっているのだろうか、七〇年代になっても原っぱの土管がくりかえし描かれるのだ。バカボン・サガの世界は永遠に普請中なのである。

       ◇   ◇   ◇

 先日、知り合いに電話して日程の話をしていたら、相手が「えーと、十五、十六、十七と」というので思わず「私の人生暗かった」と応じてしまい、大笑いになったことがある。

 年表を見ると、『圭子の夢は夜ひらく』のヒットは一九七〇年である。歌詞やメロディーの一節は、不思議に、そのとき自分がどこで何をしていたかという記憶を呼びさます。「まっかにもーえたー太陽だーから」という『真赤な太陽』の日輪が、バカボンの町を照らす。

 この世界は他のマンガの世界とも交錯しているらしくて、ニャロメやウナギイヌやケムンパスが関係ないのにほんのチョイ役で顔を出すのがうれしい。そして中でもとりわけ「レレレのおじさん」が何ともいえずよい。「おでかけですか」というだけで、ほかに何もしないのがえらい。思い出すと、昔はご町内にかならず一人こういう人物がいて、何となく役に立っていたものなのだ。今はどこかに消えてしまった。

 『天才バカボン』のページを開くのは、時間の横丁をふらりと曲がることであり、そこで「バカ大の名誉にかけてバカなことをしてみせるのだ!!」という皆さんに会えることなのだ。やっぱり時々はバカボンに会うのがよいのだ。

・・・

 うーん。

 時々若かったころのことを思い出して懐かしく思うことはありませんか? また、もっと幼い頃のことがよみがえって、無性に切なくなりませんか? 昔よく読んだマンガを読んだりすると、運がよければ、そんな自分なりの原風景に出会えるのではないでしょうか。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 赤塚不二夫作「天才バカボン」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年3月23日 (金)

絶版マンガが続々復刻されて中高年に大人気となっている

昔読んだマンガをまた読みたいと思うことはよくあります。でも、絶版になってしまったマンガを読むことはなかなかできません。また、若い人の中にもそのようなマンガを読みたいと思う人が数多くいることでしょう。そんなマンガ好きの人々に朗報です。マンガを取り巻く話題のうち、最近の産経新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。 

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか? 

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか? 

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事 

なのです。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

  絶版マンガが続々復刻されて中高年に大人気となっている

 

  と題して進めます。 

0323_01 ・・・ 

 産経新聞の平成19年3月23日付け生活面で八並朋昌氏は次のように書いています。

・・・ 

あの日の漫画再び

復刻続々、中高年に人気

 昭和30~40年代に人気を集めながら、絶版になった少年少女漫画が続々と復刻されている。当時の雑誌などから採録して完全版にしたものがある一方、出版元のデジタル情報を利用した受注製本も。古本は10年ほど前のレア漫画バブルで“高根の花”になっただけに、復刻版は手軽な価格が入気。「少年時代の思い出を買い戻すことができた」という40~50代男性を中心に、熱烈な支持を集めている。   (八並朋昌)

「狼少年ケン」「ガボテン島」・・・

 「狼少年ケン」「光速エスパー」「冒険ガボテン島」・・・。東京・西新宿の出版社、パンローリングが「マンガショップ」シリーズとして、平成16年から復刻したのは79タイトル158点に上る。

 「当時の単行本はエピソードの抜けが多く、復刻の際は連載誌や付録から補完するなどして、完全版にしている」と、編集者の日下宏介さん(29)。復刻版が初の単行本となった作品もある。「巻末には連載の扉絵集やアニメの歌詞などを収録している」という。

 一律1890円だが、400ページ近いものもある。購買層は40~50代男性が大半で、作品により同年代女性も。ネット通販もしているが「店頭販売が96%を占める」のが特徴。初版2000~5000部で、「マイティジャック」「電人Xマン」など3点はすでに増刷し、間もなく増刷するものも多い。作詞家の川内康範さん原作の「太陽仮面」は、14日の発売前から増刷が決まったほどの人気だ。

 ラーメンが50~60円だった昭和30年代、漫画月刊誌は100円以上した。[毎号買える子は一部で、友達で回し読みするなど、じっくり読めない人が多かったようだ」と日下さん。古本を読もうにも「レア本バプル」を経て、-冊数千円など、手軽には買えない。

 こんな中で復刻版を手にした読者からは「経済的に余裕が出た今、ようやく読むことができた」「少年時代の思い出を買い戻すことかできた」と喜びの声が寄せられているという。「こだわりの装丁はオリジナルに近く、コレクション需要にも十分応えられる」のも人気の理由だ。

      ◇

 こうした熱い思いを受け、「冒険ガボテン島」「少年忍者 風のフジ丸」などに続き来月には「スーパージェッター」3巻が復刻される漫画家の久松文雄さん(63)は、新たな描き下ろし70ページを盛り込む。 「作品が復刻されるのはうれしい。それが発展して今度は40年ぶりに新たに描き下ろした。当時の描写の再現には苦労したが、私自身も若返った感じだ」と話している。

 一方、コンテンツワークス(東京都文京区)は「コミック・オンデマンド」シリーズ(945円から)を手がける。講談社、小学館、青林堂ビジュアル、秋田書店、少年画報社、リイド社、双葉社の大手出版元が参加し、「絶版本などを電子書籍化した各社の保存情報を借り、注文ごとに特殊プリンターなどで製本する」と、担当者の池川佳宏さん(31)。

 こちらは単行本の内容をそのまま復刻し、装丁は簡略化。現在1500タイトル、5000点を扱い、少女漫画も豊富。毎月200~300点ずつ増えているという。

 ネット直売のみだが、電子配信ではなく製本した漫画が売れる理由を「やはり手に持って、ページをめくりながら読みたい人が多いから」と池川さんは話している。

手塚作品、受注製本も

 パンローリング(電話03-5386-7391)のマンガショップシリーズ(http://www.mangashop.co.jp/)は毎月6点ずつ、新たに復刻しており、来月は「スーパージェッター」のほか、「拳銃(けんじゆう)王子」「ばんざい探偵長」「復讐(ふくしゅう)記十 影丸穣也短編集」を発売する。

 コンテンツワークスのコミックパーク(http://www.comicpark.net/)は400冊の手塚冶虫漫画全集から、好きな部分を220ページ分盛り込める「手塚治虫オンデマンドマガジン」を来月16日に始める。B5版、1365円で、注文者のメッセージ記載や、奥付の編集者が注文者の氏名になる特典付きだ。

・・・ 

 うーん。 

 昔読んだマンガをまた読むことができるんですね。しかも、絶版になってしまったマンガを読むことができるんです。その楽しみはなにも中高年に限られるわけではありません。古いマンガを一度も読んだことのない若い人にとっても朗報といえるでしょう。このようにマンガの世界は動いています。私たちが知らないうちに、マンガの世界には思わぬ動きが現れ、さまざまな方向に進んでいるんですね。こんなマンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。 

 あなたはどう思いますか?

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2007年3月22日 (木)

「エースをねらえ!」は登場人物により崇高な精神を持たせるために著者が自身の生命を削っているように思える

 マンガに感動するということは、その作者の生き様に感動することでもあります。読み手は作品を通して、その描き手から学ぶといえるでしょう。感動を与えてくれるマンガは、たとえそれが創作であってもその中に学ぶものがあります。私たちは喜び、苦しみ、悲しみ、誇り、後悔などを作品の中から読み解き、追体験できるからです。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「エースをねらえ!」は登場人物により崇高な精神を持たせるために著者が自身の生命を削っているように思える

  と題して進めます。

 小説家の乃南アサ先生は「マンガ名作講義」の中で、山本鈴美香作「エースをねらえ!」について次のように書いています。 

0322_01 ・・・

私がマンガに熱中するようになったのは、中学生になってからのことだ。友だちの影響もあっただろうが、小学生のころよりもお小遣いが若干増えて、購読できる雑誌の数が増えたこともある。学校の帰りに必ず立ち寄った小さな書店の店先には、毎日「本日発売」のマンガ雑誌が積み上げられていて、私たちは競うようにして、それらの雑誌を買って帰った。

 「エースをねらえ!」は、ちょうどそのころ連載されていた。「ブラック・ジャック」や「ドカベン」「マカロニほうれん荘」などと同様に、私たちは、そのテニスマンガに熱中した。確か、「ベルサイユのばら」も、似たような時期に読んだのではないかと思う。

 キラキラお目目のキャラクターが枠からはみ出して描かれるのも、人物の背景や余白に、やたらと花びらや蝶などがちりばめられているのも、外国人なみに鼻筋の通った二枚目の男性が登場するのも、少女マンガの世界では常識だった。しかも、主人公岡ひろみの先輩である「お蝶夫人」ときたら、高校生のくせに長い髪を豊かにカールさせていて、あくまでも華麗、後輩に向かって「お黙りなさいっ」なんて言っちやったりする。いかにも豪華絢爛、現実離れした高校生たちの織りなす、涙と笑いの超ド派手青春スポーツマンガだろうと、最初はいかにも安易に読み始めた記憶がある。やがて、クラスには、「お蝶夫人」の口調をまねたり、男性キャラクターの好みなどを言い合ったりする少女が現れ始めた。

       ◇   ◇   ◇

 ところが、少し読み進めると、このマンガの印象は大きく変わってくる。岡ひろみを見いだし、育てる宗方コーチの存在が、それまでの青春マンガとは異なるカラーを打ち出してくるのだ。

 当初は憎まれ役と思われたこの男は、物語に深くかかわる唯一の大人とも言える。「この世に、耐えられぬほどの悲しみも苦しみもない」と言い切り、自分の全存在をかけてひろみに打ち込むコーチの姿には、ある種鬼気迫るものさえ感じられた。中学生だった私は、岡ひろみ以上に、宗方の言葉を理解し得なかったが、とにかく、ひろみと宗方コーチとの揺るぎない師弟愛に衝撃を受けた。あれほどまでに自分に打ち込み、無償の愛を注ぎ、指導をしてくれる人が、世の中に一人でもいないものかと、ふと現実に戻ってため息をついたりもしたものだ。

 衝撃的な前半が終わり、数年のブランクを経て後半の連載が始まったころ、私は岡ひろみと同い年くらいになっていた。そして以前にも増して、自分と彼女との人生を引き比べるようにもなった。私は相変わらずマンガばかり読んで日々を過ごす、ただの学生のままだったが、ひろみは以前にも増して過酷な試練に耐え、慟哭を知り、さらに成長を続ける。絵のタッチも変わり、もはやキラキラお目目の単純なスポーツマンガとはいえなくなっていた。

0322_10        ◇   ◇   ◇

 やがてストーリーが進むにつれ、私は一つのことが気にかかり始めた。作者の山本鈴美香という人は、どれほど自分の神経を研ぎ澄まし、精神を集中し続けているのだろうか、ということだ。作者は、登場人物たちにより崇高な精神を持たせるために、自分の生命を削っている。彼女白身が、岡ひろみ同様の苦難の道を歩んでいる。そうでなければ、こういうセリフを書くことは出来ないに違いない。それが、痛いほど感じられるのだ。

 そんなにも自分を追い詰めて、果たして大丈夫なのだろうか、過酷な旅に出だのは、岡ひろみではなく、山本鈴美香本人なのに違いないと、私は切ないような気持ちになったものだ。

 最終的に「エースをねらえ!」は、少女マンガという分かりやすい表現方法を用いた、一つの哲学入門書のようなものになったと、久しぶりに再読してみて、改めて思った。そして、中学生のころは理解できなかった宗方仁のセリフを、今ごろになってかみしめたりもしている。

・・・

 うーん。

 「エースをねらえ!」のなかで山本鈴美香先生は登場人物同様の苦難の道を歩んでいるんですね。登場人物に過酷な旅立ちをさせる作者は、同様に過酷な旅立ちを自らに課しているんですね。だからこそ、読み手の心にせまる作品を描くことができるんですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 山本鈴美香作「エースをねらえ!」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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2007年3月21日 (水)

「陽だまりの樹」で手塚治虫は歴史のうねりと、そのなかで肌のぬくもりが伝わる人間とを描いている

 マンガは、現在を描くだけでなく、過去や未来をも描きます。いずれの場合でも現在を生きる私たちが学ぶものがあります。私たちは喜び、苦しみ、悲しみ、誇り、後悔などを作品の中から読み解き、追体験できるからです。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「陽だまりの樹」で手塚治虫は歴史のうねりと、そのなかで肌のぬくもりが伝わる人間とを描いている

  と題して進めます。

 現代児童文学の草分けである今江祥智先生は「マンガ名作講義」の中で、手塚治虫作「陽だまりの樹」について次のように書いています。

・・・

0321_00  手塚治虫の世界は大抵が前向きのものだった。昔むかしあるところに……というものではなくて、そのうちいつかは……という姿勢で未来を描いていた。私が高校生のころ読んだ『メトロポリス』以来、ずっとそうだった。新選組や弁慶といった時代物もあるが、少数派だった。

 手塚治虫はいつも明日明後日を向いた漫画家だった。だから私たちは、いつもどきどきしながら手塚治虫の漫画に未来世界を覗いていた。一見、過去大過去に踏み込んだような『火の鳥』でも結局はそうだった。

       ◇   ◇   ◇

 そんな手塚治虫が、晩年になって全力投球で描いた『陽だまりの樹』は、しっかりと過去に入り込んだまげものだった。自分のルーツ探しの旅といってもいい。

 幕末医学事情の変遷を背景に、常陸府中二方石、松平播磨守の家臣伊武谷万二郎と、新米医師の手塚良仙が、歴史の歯車にまき込まれながら、断固として自分流に生きるさまを描いて、一気に読ませ、読み返して飽きることはない。読後に清々しい気もちが残る上々の出来の長編だ。

 良仙は色好みの、はた目にはいささかいい加減の男に見えて、その実、いざとなると、しゃかりきに気合を入れて生きる男である。一方、万二郎は堅物で、はた目にはそれこそ融通がきかない硬派の武士に見えて、その実、まことに繊細な優しさを内に秘め、そのくせ猛烈な馬力で人を斬る。

 二人は全く正反対の人格に見え、物語の中では奇妙な偶然から相まみえ、不思議な友情に結ばれていく。ときには二人は一枚銅貨の裏表にさえ思えてくる。すなわち、二人ともが、手塚治虫の分身なのである。

 生前、何度もお会いした手塚さんは、穏やかで微笑を絶やさぬ紳士だったが、一度だけ、とても強い目を向けられたことがある。それは理由も問えぬほど、ほんの一瞬のことだった。柔軟誠実なお人柄ながら、本当は大変な激情家だった感がある。何年ぶりかで『陽だまりの樹』を読み返し、万二郎の生きっぷりの激しさに、そんな手塚さんの思いを見た気がした。

 良仙は実在の人物で、小児科医の深瀬泰旦さんが調べて「小石川三百坂の手塚良仙」という論文にされた。文政元年生まれで、大阪の緒方洪庵の適塾に入門、種痘所開設に尽力した一人であった由。手塚さんがその論文を読み、深瀬さんを訪ねて話され、自分の曽祖父たる良仙を主人公の一人にした長編の構想をたて、八巻の史劇に仕立て上げた。

0321_02        ◇   ◇   ◇

 二人ともたしかにこの物語の主人公だが、その陰に“歴史”というもう一人の大主人公がいる。幕府側、倒幕派に、開国を遣るハリスら外国人もが入り乱れての幕末の歴史のうねり、その光と闇の此界が、その時代に生きる人間どもを圧倒し呑み込む。読者は目くるめく時間の波に投げ込まれる。海舟も竜馬も西郷も登場し、それぞれの役をつとめるが、結局は歴史のうねりの中に呑み込まれていく……。

 それでいて、読後にくっきりとした印象を残して忘れ難い万二郎と良仙と何人もの女性たちは、まるで実在の、手を触れたら肌のぬくもりが伝わるくらいにリアルに描かれている。この手応えがやっぱり手塚治虫なのである。手塚さんは五年がかりでこの作品をかき、三年後に亡くなった。しかしこの二人を通しても、私たちはいつでもまた手塚さんと会える気がする……。

・・・

 うーん。

 「陽だまりの樹」で手塚治虫は歴史のうねりと、そのなかで肌のぬくもりが伝わる人間とを描いて、確かな手ごたえを感じさせてくれているんですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 手塚治虫作「陽だまりの樹」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年3月20日 (火)

マンガ市場が多メディア展開で拡大している

マンガがテレビドラマ化されたり、映画化されるのはもう当たり前のようになっています。それだけでなく、キャラクター商品や、食品、果ては音楽CDやパチスロキャラにまでなっているこのごろです。それだけ、マンガが私たちの生活全般に入り込んできているのでしょう。産業としてとらえたり、消費者構造を分析したり、国際化の視点で調べるなど、さまざまなアプローチが可能だと思います。マンガを取り巻く話題のうち、最近の記事なかから目にとまったものをご紹介します。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか? 

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか? 

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事 

なのです。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

 マンガ市場が多メディア展開で拡大している

  と題して進めます。 

・・・ 

 中野晴行氏は「AERA COMIC ニッポンのマンガ」の中で次のように書いています。

・・・ 

“大人のため”のコミック+α

多メディア展開で市場拡大

 小金を有する30~40代は、「週刊少年ジャンプ」とともに成長した漫画世代。一作品から幾重にも広がるマンガ・ビジネスで、大人に向けて新たな金脈を開拓する。(文・中野晴行)

 2005年9月、千葉真一指揮、R☆S(ライジングスター)オーケストラ演奏による、ブラームスの交響曲第1番及びドヴォルザークの交響曲第8番第1楽章を収録したCD『ブラームスー交響曲1番~のだめカンタービレ』が発売され、Iカ月間に5万枚を売り上げ話題になった。

グラシックにパン 多種多様な分野と協力

 クラシックでは異例の大ヒットを記録した千秋真一とは、実在の指揮者ではない。ニノ宮知子のマンガ『のだめカンタービレ』のメーンキャラクターで、指揮者を目指す音大生、R☆Sオーケストラも、作中仁登場する彼の仲間たちによる架空のオーケストラだ。

 また、山崎製パンが小学館などと協カしで、パン職人を目指す少年を主人公にしたマンガ『焼きたて!!ジャぱん』に登場するパンを商品化して好評を得るなど、さまざまな場所でマンガにリアル世界へ越境している。

 日本の漫画産業の特色は、漫画がさまざまな商品に姿を変えて新た々市場を形作っていくことにある。これを「ワンコンテンツ・マルチユース」と言う。

 マンガの市場規模は出版だけに限定すれば5000億円。雑誌の広告収入や著作権の二次使用料を加えても6000億円規模でしかない。しかし、アニメ化されたしかし、アニメ化された場合の映像コンテンツの売上やこれが稼ぎ出す外貨、キャラクター商品のマーチャンダイジングによる売り上げなどを加算すれば、合計約5兆円。キャラクターという付加価値が付いた商品の売り上げ増まで換算すれば、実に10兆円の市場規模になると言われる。「ワンコンテンツ・マルチユース」自体は目新しいものではない。日本で本格的に導入されたのは63年。手塚治虫の『鉄腕アトム』がテレビアニメ化された時と考えることができる。制作費の不足を補うために、虫プロダクションは積極的に版権ビジネスに乗り出しのだ。テレじアニメ産業はマーチャンダイジングを前提としなければ成立しなかったのだ。

 しかし長らくテレビアニメ化されるマンガもそこから生まれる商品も、あくまでも子ども対象だったのである。それが、ここ10年で大きく変化した。つまり多メディア展開の幅が子どもから大人へ広がったのである。

0320_ パチスロで「ひでぶっ」 業界記録を樹立

 もっとも顕著な例はパチンコ、パチスロだろう。大人の遊びであるパチンコ、パチスロのCR画面キャラクターとしてかつての子どもマンガの人気者たちがひっぱりだこになっているのだ。90年代に『がきデカ』などがパチンコ台に登場するが、爆発的に増えるのは21世紀になってから。03年に登場したパチスロ台「北斗の拳」(サミー)は60万台を出荷。パチスロ業界の記録を塗り替えた。これを受けて『ドカベン』『ゲゲゲの鬼太郎』『サイボーグ009』『新世紀エヴァンゲリオン』などの台が続々と誕生している。

アニメ放送も深夜枠 小金持ちのオタク狙い

テレビアニメにも深夜枠で放送される大人向けの作品が増えており、<マンガの多メディア化=子ども向けアイテム>という図式は完全に崩れている。可処分所得の多い大人、特にオタク層を開拓することで、マンガ産業全体の市場規模は拡大基調にある。

 以前に比べ、出版社も多メディア展開には積極的だ。版権ビジネスの一環として自社作品のテレビアニメ化やドラマ化、映画化を積極的に進めるために、資金面も含めてコミットするようになった。

 深夜枠のアニメのスポンサーにはほとんどの場合、掲載誌を出している出版社が名前を連ねる。

 筆者が最近注目しているのは、講談社が06年11月に創刊する「Beth(ベス)」という女性向けマンガ誌だ。コンセプトは、ベスという21歳の米国人女性が「好きなものを集めた』というもの。

 日本だけでなく欧米でも、日本の少女マンガのファッションが話題だ。創刊の狙いは、マンガから発信するファッションマーチャンダイジングを世界規模で展開するための布石ととれそうだ。若い女性ファッションにまで展開すれば、市場はさらに大きくなる。かくて、マンガの多メディア化はまだまだ拡大しそうな気配である。

・・・ 

 うーん。 

 マンガはさまざまなメディアで展開されているんですね。テレビドラマ化されたり、映画化されたり、キャラクター商品や、食品、果ては音楽CDやパチスロキャラにまでなってたり、それだけマンガが私たちの生活全般に入り込んできているのは確かなことです。マンガの市場はやはり拡大しているのでしょうか。マンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。

 あなたはどう思いますか?

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2007年3月19日 (月)

マンガに日常のリアルさを取り戻せ

 マンガのシチュエーションやドラマにリアルさがどの程度必要なのでしょうか。はたしてマンガの中に、みんなが見知っている気のおけないもの、場所をダイレクトに描くことが求められているのでしょうか。マンガが以前の活力を取り戻すためにはマンガにおけるリアルと具体性の問題を考えることが必要なのかもしれません。読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えるべきことですね。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか?

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか?

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事

なのです。

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は?

  というカテゴリーのなかで 

 マンガに日常のリアルさを取り戻せ

  と題して進めます。

・・・

 米沢嘉博先生はその著書「売れるマンガ、記憶に残るマンガ」の中で次のように書いています。

・・・

0319_12 今年のイチオシ?

 今年も「手塚治虫文化賞」の最終選考が近づいてきたのだが、昨年出たマンガを見渡して、正直困っている(この文はcomic FLAPPER 2001年5月号に掲載されたものが再録されています)。これだと、力をこめて推せるマンガがないのだ。実を言うとこうした気持ちはこの5、6年続いていて、以前ほどワクワクさせてくれるマンガがないことにいらだちさえ感じていた。いや面白いマンガはたくさんある。そこそこのお気に入りだってあるし、新作が出れば手を伸ばしてしまう作家もまだまだいる。それでいて、マンガ自体が以前の活力を失ってしまったような気がするのだ。いや、それでもマンガは面白い。読み続け、つきあい続ける限り、新しい驚きと出会える。そう信じていたのだが、そう思い込むことに少々疲れてきているのだ。

 何を今更と言う人もいるだろうが、それはマンガの大ヒットが生まれないとか、作品が小粒になったとかではない。もっと根本的な部分で、真綿で首を締めるようにジワジワとマンガを面白くなくしているいくつかの事について明確に自覚すべき時に来ているという思いだ。いくつかの原因が確かにある。その中の一つについて、今回は少し語ってみたい。

0319_22  それはマンガのリアルと具体性の問題である。絵のリアルさではなくシチュエーションやドラマのリアルさだ。そして現実感を作り出すためのディテール。読者のいる日常と重なり合うことのできない世界は、どこまでいってもはまって読むことができない。中でも大衆をつかまえるためには、自らのノンフィクションにひきつけて読むことのできるものが必要だ。今のマンガは、いやアニメやゲームもそうなのだが、フィクションであることを声高に言い過ぎる。梶原一騎は現実と虚構のはざまにハッタリのきいたドラマを語っていった。「ゴルゴ13」も、これはフィクションですと書かなければ信じてしまう人間がいるほどの具体的なドラマを語っていた。スティーブン・キングの小説にリアリティーを与えているのはいやというほど並べたてられる日常の中にころがっている雑貨やモノではなかったのだろうか。

0319_32 日常の風景の中に・・・

ゲームの「ガンパレード・マーチ」がジワジワと人気を呼んでいる。これは熊本市という実在の地方都市を舞台にしたゲームなのだ。マクドナルドもクロネコヤマトも出てこない日常なんて、嘘っぱちだ。いったい、誰に気がねをする必要があるのだろう。物語は、またそうした現実にある様々なものを組み合わせて作り出されていくものではなかったのか。時代の中、今の中にある現実を、物を、人を描かずに、真にリアルな虚構のドラマを語ることなどできない。「女帝」や「ミナミの帝王」などの強みは、ディテールが具体的だからでもある。青年誌はまだしもマニア誌におけるこうした気の使い方は、マンガの一つの力を失わせている。その世界に入っていくきっかけとしての具体的なモノ、それは読者の中にある見知ったものでなければならないのは言うまでもないことだ。

 ホラーマンガの低迷は皆の知るところとなってきたが、「耳袋」的実話物、「本当にあった怖い話」系だけは、確実に売れているという。ここにはまちがいなく具体性があるのだ。現実にある地名、店、商品、あるいはテレビから流されてくる様々な芸能人の名前……そうしたものをすべて仮名、別の名に言い換えすることでリアルは失われていく。マンガ家の体験談や実在の心霊スポットが求められるのは、それが読者の住む日常に確かなものとしてあるからである。あふれかえる情報の中で創り上げられたヴァーチヤルな空間に住む人々にとって、今、創り上げられた虚構にきっちり対峙する現実がないのだ。だとしたら虚構は虚構であることの意味を失くしていく。現実や時代を映し出す鏡としての役割をマンガが果たさなくなっている裏には、こうした小さな事柄での縛りが要因としてあるのだ。

0319_41  非常に簡単なことだ。マンガの中に、みんなが見知っている気のおけないもの、場所をダイレクトに描きつけていく。ただそれだけで大衆がその世界に入っていく道筋がつけられるのである。

 おりしも柳美里のモデル小説に有罪の判決が下った。ますます、フィクションは気弱になり、あらゆるものに気を配りながら虚構へと逃げ込もうとする。そんな状況だからこそ、マンガはその軽やかさでたかがマンガじゃないかと開きなおりながら、あらゆる日常に転がっている諸々のものを具体的に取り込んでいくべきなのだ。花輪和一の「刑務所の中」は具体性とディテールだけで、日常をドラマヘと変えてしまっていたことは覚えておくべきだろう。

・・・

 うーん。

 マンガのシチュエーションやドラマのリアルさは大切なものなんですね。マンガの中に、みんなが見知っている気のおけないもの、場所をダイレクトに描きつけていくことを恐れてはいけないのですね。でないと、いつのまにかマンガ自体が以前の活力を失ってしまうんですね。

マンガにおけるリアルと具体性の問題を考えること。それがマンガの行く末を左右しかねません。それは、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。

 あなたはどう思いますか?

さいとうたかお作「ゴルゴ13」和気一作原作・倉科遼作画「女帝」郷力也原作・天王寺大作画「ミナミの帝王」花輪和一作「刑務所の中」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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2007年3月18日 (日)

「20世紀少年」「JIN―仁―」「ジパング」がSFマンガを再生させる

SFマンガは面白いです。SFマンガは手塚治虫の登場時から少年マンガの中心を連綿と流れてきました。そのSFマンガについて、今日は改めてみてゆきたいと思います。マンガは、たとえそれが創作であっても学ぶものがあります。私たちは喜び、苦しみ、悲しみ、誇り、後悔などを作品の中から読み解き、追体験できるからです。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

 20世紀少年」「JIN―仁―」「ジパング」がSFマンガを再生させる

  と題して進めます。

 米沢嘉博先生は著書の「売れるマンガ、記憶に残るマンガ」の中で、20世紀少年」「JIN―仁―」「ジパング」について次のように書いています。

・・・

0318_2011 SFの魅力とは……

 もしかしたら、SFをダメにしたのは「スター・ウォーズ」とそのブームだったのではないかと、このごろふと思う。あれによって、SFは型にはめられ、大衆に見切られてしまったのかもしれない。サイバーパンクも、イメージだけが80年代を覆い、その結果やってきた「近未来」の中で、SFは物語の豊穣なるエネルギーを失っていったのだ。あれもSF、これもSF、面白いものはみんなSFと言っていた時代が懐かしい。SFという言葉は、魔法のように日常を逸脱した面白い「物語」を飲み込んでいった。

 90年代、ホラー、モダンホラーが同様の役割を果たしたのだが、それにもカゲリが見え始めている。にしても、ホラーもSFもくたばりはしない。それは個と世界(種)という違いはあれ、物語や話の面白さそのものを体現しているジャンルであるのだからだ。

 宇宙やらコンピューターやらが出てこなくとも、当然SFなのである。破滅やロボット、超能力、タイムトラベルなどは単なるSFのジャンル分けに使用されたモチーフなのであって、SFとイコールではもちろんない。批評や風刺などは、結果として出てきたものであって、そんなものを大上段に振りかざすことはあまりよろしくない。要は壮大なるホラ話、巨大なる世界の物語、現実を超えた日常を変化させてしまうようなドラマ、それがSFの魅力だったのではなかろうか。

 かつて手塚治虫や白土三平が物語り続けた、様々な人間たちが生きて死ぬ「世界」の物語を描ける作家は、今一人もいない。

 横山光輝は中国の古代史の中に行ってしまった。かろうじて浦沢直樹と村上もとかがそうした指向を見せてくれている。なんといってもSFは[異世界]そのものが主役でもあるのだからである。

0318_2021  で、浦沢直樹の「20世紀少年」は謎とメタファーに満ちた物語でぐいぐい読ませてくれるのだが、3月に出た「JIN―仁―」(村上もとか 集英社)をまず紹介しよう。

 現代の医者が江戸時代にタイムスリップしたというこの物語、現代と江戸との対比の中で、医者という立場で積極的に時代に関わっていこうとする主人公が描かれてい

 同様の設定に石川英輔の「大江戸神仙伝」というSFシリーズがあるが、石川の主人公が能天気で歴史を変えないよう心がけているのに対し、村上もとかは歴史の改変さえ辞さない。医者として人間としての意思を選び取る主人公は知的遊びとしてのタイムパラドックスなどものともせず、江戸の中で使命をまっとうしていこうとするのだ。

 またかわぐちかいじの「ジパング」(講談社)ではついにタイムスリップした自衛隊が歴史の改変、歴史に積極的に間わっていくことを決意した。このワクワクする展開は物語を読む快楽を味わわせてくれる。そして「20世紀少年」は変貌してしまった未来世界を今一度改変しようと戦い続けるのだ。

まさに「時を越えて」

0318_2031  「JIN―仁―」はまだわからないが、かわぐち・浦沢の2本のSFは今、間違いなく売れている。決定された変わることのない日常、あるいは異世界の中でうだうだやっているドラマではなくここには積極的に世界を変えていこうとする意思があり、それが物語を動かしていくというダイナミズムがうねりを生み出していく。確実にあった過去の世界には実在の人物や場所がまんま登場し、現実と地続きの未来にはフラッシユバックのように70年代の風俗・文化が散りばめられている。

 前回語った、今読者のいる現実と間違いなくつながっている「モノ」、具体性がこれらの異世界の物語の扉となっている。ここにはいわゆるSF的な言葉、小道具はあまりない。

 しかし、これはSFなのである。少年マンガの、いやマンガの中心を手塚治虫の登場時から連綿と流れてきたSFマンガは新世紀今一度その力を取り戻さなければならない。日常化したSF的風景、単にSF的イメージを散りばめた戦いやラブコメではなく、物語りたいという欲望のままに突っ走っていかなければならない。そうした巨大な物語の列に多くのマンガはまた寄り添わなければならないはずなのだ。手塚治虫の死によって失われた「核」とは、まさにそれだったはずなのである。

・・・

 うーん。

 SFマンガには壮大なるホラ話が必要なんですね。、巨大なる世界の物語、現実を超えた日常を変化させてしまうようなドラマ、それがSFの魅力だったんですね。 20世紀少年」、「JIN―仁―」、「ジパング」はSFマンガを再生させることができるのでしょうか

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 浦沢直樹作20世紀少年」、村上もとか作「JIN―仁―」、かわぐちかいじ作「ジパング」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年3月17日 (土)

日本のコンテンツ力 ④日本ゲームの反転攻勢は?

昨日に引き続き、日本のコンテンツ力についてです。マンガ、アニメとくれば次はゲームですね。ゲームはマンガとも密接な関係にあります。ゲームを見ることはマンガを見ることにもつながります。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか? 

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか? 

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事 

なのです。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

 日本のコンテンツ力 ④日本ゲームの反転攻勢は?

  と題して進めます。 

・・・ 

 産経新聞の平成19年3月15日付け1面連載企画 「知は動く—--文化の衝突 ・ 第2部コンテンツ力」 で次のように書かれていました。

・・・ 

日本ゲームの反転攻勢は?

 「海外のゲームソフト市場は急成長しているのに、日本はそこに食い込めていない」。経済産業省メディア・コンテンツ課の井上悟志課長補佐は、ゲームソフトの輸出拡大の必要性を強調する。

 家庭用ゲフムソフト市場は2001年からの5年間で、欧州では1798億円から約3倍に、北米でも3385億円から2倍に膨らんだ。しかし、日本製ソフトの海外出荷高は01年の2532億円から一進一退の状態。シェアは6割から3割に半減した。

0317_  ゲーム業界は「海外を重視するようになったのは最近」(コンピュータエンターテインメント協会の和田洋一会長)と、それほどの切迫感はないが、経産省は「存在感の低下」に危機感を強める。

 しかし、ゲームソフトの海外市場展開は簡単ではない。日本ファルコム(東京都)の山崎伸治社長は、「日本はファン夕ジーや冒険ものだが、米国はスポーツやアクション系などと千差万別」と国による売れ筋の違いを指摘する。また、言語の翻訳や、現地規制に沿った変更などの「ローカライズ(現地化)」は不可欠。その上、お国柄に合わないと人気が出ない。

 コナミデジタルエンタテインメントは、1990年代に国内で爆発的にヒットした恋愛疑似体験ゲーム「ときめきメモリアル」の米国販売を計画。コンピューターグラフィックス(CG)の“日本的美少女”はそのままに英語化したが、モニター評価は最悪だった。

 しかし、国内で計230万本を売った商品を何とか生かしたい。石塚通弘ゲームソフトカンパーニープレジデントは「日本的なキャラや純情ストーリーは米国では受けない」と分析。米子会社と1年半をかけ、ゲームの枠組みを残しつつ舞台設定や登場人物を口ーカライズした。「元の作品とは似ても似つかない」(石塚氏)ほど変容したが、近く発売にまでこぎ着け「米市場に対する挑戦」と意気込む。

 急速に市場を広げるオンラインゲームだが、日本企業は家庭用ゲーム機を活用して早くから取り組んでいた。プロードバンド(高速大容量)通信による常時接続が普及しでいなかった平成14年、スクウェア(現スクウェア・エニックス)は多人数同時参加型の 「ファイナルファンタジーXI」を投入した。2年半をかけて開発されたこのゲームは、全世界で50万人以上が参加するヒット作となり、現在も開発が続く。

 しかし、ネットゲームの主流はパソコンに移っており、日本は米、韓の後塵を拝している。国内最大の参加者を誇る「ラグナロクオンライン」も韓国ゲームのローカライズ。

運営元のガンホー・オンライン・エンターテイメントの森下一喜社長は「オンライングームはコミュニティー機能が必要だが、システムや運営面を韓国勢は熟知している」と謙虚にノウハウ吸収の姿勢を見せる。

 劣勢が目立つ日本の反転攻勢には何か必要だろうか。最近の国内ゲーム業界は、大作から離れ、携帯ゲーム機や携帯電話向けの簡易なソフトに傾倒しているが、ゲーム専門誌を発行するエンタープレインの浜村政二社長は、「オンライングーム向けの複雑なソフトの開発にも力を入れなければ、開発能力が偏る」と長期的視点に立った人材活用の必要性を訴える。

 ゲーム制作者を養成するデジタルエンタテインメントアカデミー(東京都)の平野雅一郎学長は「これまではクリエーターの素質や努力で良いゲームを作ってきたが、今後は人材育成に国レベルで取り祖む必要があること提言する。CGや音楽の高度な麦現に加え、優れた物語性も求められるダー・ムソフトづくりは、ビジネスソフトよりはるかに難しいとも言われ、米国や韓国では国や大学で人材を育成しているためだ。

 日本の国際競争力強化のためには、クリエーターの能力強化はもちろんだが、多業種の業界慣習を理解し、ビジネスとしてのゲーム運営ができるプロデューサー能力を持つ人材が不可欠となる。「ゲームが好きだから」というだけの“オタク”的視点で対応できる時代は終わっている。

    (知的財産権取材班)

・・・ 

 うーん。 

ローカライズが必要なものもあれば、世界共通の感性もあるのがコンテンツではないでしょうか。マンガにも同じことが言えるかもしれません。いま、世界はダイナミックに動いています。マンガも世界に広がっている以上、マンガは国内だけを見ていてはいけない時代になっている、ということでしょうか。 

マンガの世界の未来についても大いに考えさせられます。 

 あなたはどう思いますか? 

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2007年3月16日 (金)

日本のコンテンツ力 ③アニメブーム 次探る官民

昨日に引き続き、日本のコンテンツ力についてです。マンガと並んで興味深いのはやはり、アニメですね。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか? 

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか? 

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事 

なのです。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

 日本のコンテンツ力 ③アニメブーム 次探る官民

  と題して進めます。

・・・ 

 産経新聞の平成19年3月14日付け1面連載企画 「知は動く—--文化の衝突 ・ 第2部コンテンツ力」 で次のように書かれていました。

・・・ 

アニメブーム 次探る官民

 世界に広がった日本の漫画という土壌から、「ジャパ二メーション」という樹木が生まれた。国内外の興行収入が190億円に達した「ポケモン ミュウツーの逆襲」(1999年)、275億円の「ハウルの動く城」(2005年)などの世界的ヒットが登場。国際映画祭でも取り上げられ、政府は有力な輸出産業になると位置づけた。

0316_  宮崎駿監督のスタジオジブリ、「新世紀エヴァンゲリオン」や「GHOST IN THE SHELL/攻鼓機動隊」を手がけたプロダクション・アイジーのような世界的スタジオが頭角を現し、アニメの市場規模は邦画を超え、世界へ。「日本のアニメが米市場に認められたのは95年の『攻鼓機動隊』あたりからだが、最初はマニアのものだった」。アイジー社長の石川光久氏(48)は日本アニメの米市場における興隆期を振り返る。それを大衆化させたのが、03年の米アカデミー賞に輝いたジブリの「千と千尋の神隠し」だったという。

 しかし、米国でのブームは一服感が出ている。「作品の供給過多などが原因で、米のDVDアニメ販売はピーク時より約100億円も減少し、約400億円規模となった」。経済産業省の研究会も「アニメの国際展開は短期的には冷え込んでいる」と認め、“森林化”に向け、次の方策を模索する。

 アニメ業界は他のコンテンツ産業に比べ問題点が多い。最大の課題は人材育成、確保だ。テレビ局や広告代理店の下請けとして制作を頷け負ってきた業界の歴史によるもので、解決は容易ではない。

 アニメーターの竹内志保氏(39)は「初給与は2万5000円たった。どうやって食いつないでいたのか」と苦笑する。わずかな月額保証に、動画1枚いくらの出来高制。当時は1枚130~150円。「がむしゃらに描いていた。月1000枚描く人もいた」。労働条件の悪さなどから人手不足は常態化、技術力低下も懸念される。

 東映アニメーションで45年間、作画現場を担当してきた専務取締役の吉岡修氏(69)も制作現場に危機感を抱く。 「30年前は、30分のテレビアニメは週8~10本だったが、今では103本前後。しかし、アニメーターの数は3500~4000人で増えていない」。当然、着色などの作画作業の多くは中国や韓国、フィリピンに外注する。「かつては、動画を5~7年経験してから原画を担当した。ラフ画を清書するだけの動画と違い、原画は核の部分。映画でいえば俳優だ。いまのような分業体制を続けていれば、原画を描ける人材が育たない」と吉岡氏は懸念する。

 日本動画協会は経産省の支援を受けて昨秋から、原画マン育成を目指した「アニメーター養成プロジェクト」を始めた。150人近い申込者のうち、試験を突破した15人が昨年11月末から動画と原画の講座を受け、このうち11人が、制作会社7社でインターン実習を行った。

 1月末から手塚プロダクションでの実習に通う専門学校生の高倉香恵さん(23)は、振り向く、歩く、走るといった基本動作の動画作りから始め、自分で動きを創作する演習に進んだ。大きな玉の上でバランスを崩し今にも落ちそうなピエロの原画と、地面に倒れている2枚の原画が示され、「この間を自分で作ってごらん」と指導に当たる作画監督の瀬谷新二氏(47)から課題を与えられた。

 「難しい課題だが、才能のある人は経験がなくても何とかする。ある程度の資質をもってくれないと、教えても無駄になることが多い。特殊な才能を要求する仕事ですから」という瀬谷氏は、一心不乱にピエロを描く高倉さんの筆先を見つめる。

 瀬谷氏は「アニメ業界は、専門学校から卒業生を受け入れるだけだった。今回は原画が描ける人ということで敷居が高かったが、何人かは戦力として生き残れそうだ。業界が踏み込んだことはよかった」と手応えを感じている。

 「クリエーター大国の実現」。政府がデジタルコンテンツ振興のために掲げた3つの基本目標のひとつだ。官民で取り組み始めた土台作りは、実を結ぶだろうか。

                        (知的財産取材班)

・・・ 

 うーん。 

アニメのブームが一服している、人材の育成に問題が見られる、といったことは驚きです。その克服が望まれます。マンガもアニメもさまざまな課題を乗り越えてますます発展してほしいものですね。マンガもアニメも国内だけを見ていてはいけない時代になっている、ということでしょうか。

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2007年3月15日 (木)

日本のコンテンツ力 ②MANGA 欧米を席巻

昨日に引き続き、日本のコンテンツ力についてです。中でも最も興味深いのがマンガのそれです。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか? 

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか? 

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事 

なのです。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

 日本のコンテンツ力 ②MANGA 欧米を席巻

  と題して進めます。

・・・ 

 産経新聞の平成19年3月13日付け1面連載企画 「知は動く—--文化の衝突 ・ 第2部コンテンツ力」 で次のように書かれていました。

・・・ 

MANGA 欧米を席巻 

 世界中で“活躍”する日本のアニメやゲームキャラクター。米国人女性の心をとらえた少女マンガ。しかし、それらはコンテンツとしてどのくらいの力があるのだろうか。著作権が直面するさまざまな問題を探った第1部に続き、今回は、日本が国策として育成を目指すジャパーニーズ・コンテンツの実力を探る。             (知的財産取材班)

0315_manga_1  パリ市内に「コミック・ゾーン」と呼ばれる一帯がある。下町バスチーユ広場に近いケレル通りと学生街カルティエラタンの、数十軒の日本漫画専門店が集まる地域だ。仏社会党の大統領候補セゴレーヌ・ロワイヤル女史が「性的暴力シーンもあり、いかがなものか」と非難するほど浸透した日本の漫画は、コミックではなく「MANGA」と呼ばれ、若年層を中心に多くの熱心なファンを持つ。

 「フランスのコミックは限界があってつまらないが、漫画はリアル」。ケレル通りの漫画専門店「TOKYO EYE」に新刊本を探しにやってきた15歳のカンタン君は日本の漫画の魅力を説明する。

 10年前「TOKYO EYE」を開いたローラン・ベルグ氏は自身も漫画ファンで、年間15万冊を売る。同店から数軒先の「MANGARAKE」の昨年の売上島は70万ユーロ(約1億円)だったという。

 日本貿易振興機構などによると、北米、欧州ともにコミック単行本の市場規模は数百億円で、うち3分1超が「漫画」だ。しかし、この状況が一朝一夕にできあがったわけではない。漫画輸出の取り組みは、20年以上前から始まっている。小学館は1986年、米国で漫画を販売するために版権管理会社ビズをサンフランシスコに設立した。社員4、5人の船出だったが、2003年には集英社の出資も受け入れ、現在は約130入に成長。05年にはオランダにも拠点を開設した。

 「ビズがこれほど拡大するとは思っていなかった」と打ち明ける小学館の新藤雅章ライツセンタープロデューサーは、「数年前までは『ピ力ツ』というような擬音・擬態語の翻訳に苦労していたが、『雰囲気が出るので日本語のままで』といわれるまでになった」と感慨深け。「さらに国際化か進めば、世界中から優れた漫画家が出る。その才能を育てたい」と意欲的だ。

 しかし、日本の漫画の水準は世界中でも群を抜いており、海外漫画家はなかなか誕生できないという。文化庁が平成9年に創設した「メディア芸術祭」漫画部門への作品の1割は海外からだが、いまだ入選はない。文化庁は 「審査員の講評では、海外作品は日本のレベルに達していない」と説明する。

 見かねた外務省が、漫画好きの麻生太郎外相の肝いりで来年度、海外作品を対象とした「日本マンガ大賞(仮称)」を創設。漫画の聖地として求心力向上を狙う。

 サブカルチャーとして相対的な地位が低かった漫画だが、その潜在力に気付いた日本政府が振興の対象とする存在となっている。しかし、漫画原作者で評論家の大塚英志氏は「文化領域の産業が国策の庇護下に入るのは間違っている。制作側も望んでいない」と政府の関与に難色を示す。さらに、「漫画はディズニ一作品の模倣から始まっており、理念なき輸出拡大はハリウッドのさらなる支配を利するだけ」と警鐘を鳴らす。

 大塚氏は日本の漫画の最大のリスクは少子化による市場縮小だと指摘。[政府がどうしても口を出したいというのならば、例えば、今後10年間はアニメや漫画の著作権使用料を免除して、文化として発展させ、アジア市場全体の底上げを図ってはどうか。そのうえで日本がその一員として融合すれば、アジア市場はハリウッドに対抗できるかもしれない]と提案する。

 カルティエラタンに昨年7月マンガ・カフェが開店した。経営者はパリ大学4年生のペン・コルドヴァ氏。ネットで日本の「漫画喫茶」を知り、開業に踏み切った。入店料は最初の2時間が4ユーロ(約620円)。店内には約8000冊の漫画が並び、「NARUTO」や「デスノート」が人気だ。

 携帯向けコンテンツ配信のフェイスは4月から、欧州最大のコミック出版社、仏ダルゴーと連携して漫画の携帯配信準備に着手する。日本で120億円市場に育ったケータイ漫画を、欧州で再現することが狙いだ。漫画を軸とする新風は次々と吹いている。米国でも「ビジュアライズノベル」と呼ばれ、ファン層を獲得した「漫画」はすでに、世界各地で増殖の自律サイクルを始めている。

・・・ 

 うーん。 

マンガが世界で読まれ、その勢いも増しているというのはうれしいことです。しかし、国内的には少子化による市場規模の縮小の危機があるというのは、考えなければならない課題ですね。それにしても、マンガがこのように世界に広がっているのはうれしいことです。マンガは国内だけを見ていてはいけない時代にもう既になっている、ということでしょうか。

マンガの世界の未来についても大いに考えさせられます。

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2007年3月14日 (水)

日本のコンテンツ力 ①日本の力 脆弱なのか?

産経新聞が力の入った企画連載をしています。マンガにも大切な知的財産権のことです。著作権や特許、商標権といった「知的財産権(知財)」をめぐって、いま、世界はダイナミックに動いています。従来からの権利者とネットに代表される新興勢力がそれぞれの権利を主張し合い、先進国が国家レベルで推し進める知財戦略は途上国の現実にぶつかります。産経新聞のこの企画はこのような知財をめぐるさまざまな現場をリポートし、その背景をなす「文化の衝突」に迫っています。そのなかから、マンガやアニメ、ゲームといった日本のコンテンツ力について書かれた部分を見てゆきたいと思います。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか? 

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか? 

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事 

なのです。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

 日本のコンテンツ力 ①日本の力 脆弱なのか?

 

  と題して進めます。 

・・・ 

 産経新聞の平成19年3月11日付け1面連載企画 「知は動く—--文化の衝突 ・ 第2部コンテンツ力」 で次のように書かれていました

・・・ 

日本の力 脆弱なのか

 知的財産をテーマとする連載企画「知はうごく~文化の衝突」の第2部が13日にスタートする。今回のテーマはコンテンツ(情報の内容)。日本が得意とするアニメーション、マンガ、ゲームなどの力量を探り、世界に売り込むために何か行われているかを検証する。

0314_   「コンテンツ立国」―。コンテンツ産業を振興し、国の基幹産業に育てようという政府方針を表す言葉だ。裏を返せば、日本のコンテンツカはまだ脆弱なのかも知れない。

 経済産業者によると、2005(平成17)年のコンテンツ市場の規模は、世界全休では146兆円。最大は北米の60兆円(41.7%)で、日本は13.7兆円(9.4%)を

占めた。

 14兆円の巨大市場だが、市場規模を国内総生産(GDP)比でみると水準は低い。米国の5.1%は別格としても、日本の2.2%は世界平均の3・2%にも及ばない。さらに、輸出比率に至っては、米国の17.8%に対し、日本はわずか1.9%。コンテンツ種類別では、映画、音楽、出版は軒並み輸入超過というのが実情だ。

 さらに深刻なのは、01年から05年にかけて世界市場が毎年4~8%の高成長を続けたのに対し、日本市場はほぼ横はいにとどまった点だ=グラフ。

 少子高齢化が進めば、さらなる成長鈍化や市場縮小に陥る可能性が高い。

 このため政府は、新たな市場を求めて、国を挙げた振興に乗り出したが、コンテンツ産業は経済分野だけでは対応できない文化的側面を持つ。産業規模や輸出の拡大を目指す一方で、創作者が活躍できる環境づくりや人材育成、流通媒体(メディア)の整備、各国との文化交流や相互理解--など課題も多い。また、官主導の産業振興策には反発もあり、コンテンツ振興の方向性は定まっていない。

・・・ 

 うーん。 

マンガを考える時、コンテンツ力という視点は興味深いものですね。日本だけでなく、世界の中で、そのコンテンツ力を見てゆくと、いま、世界はダイナミックに動いているんですね。 

マンガの世界の未来についても大いに考えさせられます。 

 あなたはどう思いますか? 

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2007年3月12日 (月)

「今月の特集」コーナー3月分が人気です

 「今月の特集」コーナーの3月分は東京漫画探偵団の店頭では3月1日から展示しておりますが、このブログでのご紹介がまだだったので遅ればせながらご紹介します。

「今月の特集」コーナー3月分は ① 甲斐谷忍作 「LIAR GAME」 と ② せきやてつじ作 「バンビーノ!」 

の2作品です。

・・・

0312_01  ① 甲斐谷忍作 「LIAR GAME」 集英社・1~3巻

ある日突然送られてきた小包。その中には「おめでとうございます。あなたは10万分の一の確率をくぐりぬけ、ライアーゲームにエントリーされました。」という手紙と、現金一億円が同封されていた。それがライアーゲームのスタートだった。30日後のゲーム終了日に自分の所持金一億円を返還する。首尾よく対戦相手の所持金 を奪うことのできた勝者は一億円を手にし、敗者は一億円の負債を負う。誰を信用すべきなのか、誰を信用してはいけないのか・・・。大金を前に揺れ動く、人間心理を0612_17描写した問題作。

(特集担当したのは「うえむら」です) 

・・・

0312_03  ② せきやてつじ作 「バンビーノ!」 小学館・1~6巻

あの「バンビーノ」がついにドラマ化決定! 福岡からイタリア料理の武者修行に六本木へと向かうことになったバンビ! しかし最先端の現場は想像以上に厳しかった。戦場のような調理場とそこから生み出されるおいしそうなイタリア料理、くつろいだホールが一体となっていることに気づかされる新感覚な料理マンガ。ぜひ、ドラ0612_18 マ化前に原作を読んでほしい。

(特集担当したのは「オオコウチ」です) 

・・・

どうです?

 いかがですか。 おもしろそうでしょう?

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 ① 甲斐谷忍作 「LIAR GAME」 と ② せきやてつじ作 「バンビーノ!」は東京漫画探偵団(まんたん)「今月の特集」コーナー、に置いてあります。

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2007年3月11日 (日)

「トキワ荘」で「昭和」を再現する、イベントが開かれています

「トキワ荘」と聞くと胸をときめかせる人も多いと思います。「昭和」も今や懐かしく、しかし新しい魅力を持つ言葉になっています。団塊世代から若者まで、幅広い人々をひきつける何かがあるのでしょう。「トキワ荘」で「昭和」を再現する、イベントが開かれています。マンガを取り巻く話題のうち、最近の産経新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか?

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか?

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事

なのです。

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は?

  というカテゴリーのなかで 

  「トキワ荘」で「昭和」を再現する、イベントが開かれています

  と題して進めます。

・・・

 産経新聞の平成19年3月9日付け多摩・武蔵野面で次のような記事がありました。

・・・

青梅赤塚不二夫会館

トキワ荘で昭和再現なのだ

あすから 寄せ書きカーテン展示

0311__1   青梅市佳江町の「青梅赤塚不二夫会館」の開館3周年記念イベント「赤塚不二夫のトキワ荘なのだ!」が、10日から開催される。赤塚さんらが青春の日々を過ごしたトキワ荘(豊島区)を舞台に「昭和」を再現する。住人らが「新漫画党」を結成したときのカーテンの寄せ書きも,都内で初めて展示される。

 同会館は平成15年10月、昭和をテーマにした青梅市の町づくりの一環として開館。開館3周年の記念イベントは、多くの漫画家を輩出し、「漫画の聖地」として今も根強い人気を誇る「トキワ荘」を取り上げた。

 見どころは赤塚さんや石ノ森章太郎さん、藤子不二雄の両氏らトキワ荘の住人が、「新漫画党」結成後の昭和31年に描いた「寄せ書きカーテン」(縦約1.5m、横約2m)。現在は「ブリキのおもちゃ館」館長の北原照久さんが所蔵している。

 造型家、山本高樹さんがトキワ荘を正確に再現したジオラマや、赤塚さんが所蔵するトキワ荘の蛇口も展示。杉並アニメーション館長の鈴木伸一さんや少女漫画家の水野英子さんらトキワ荘住人によるトークイベント(18日)、北原さんのトークショー(11日)など、昭和の香りを楽しめる内容になっている。

 18日まで。入館料は大人400円、小中学生200円。横川秀利館長は「50年の時を超えて、トキワ荘の人やモノ、そして雰囲気が青梅でよみがえる。リアルタイムで楽しんでいた人たちに当時の自分を思いだしてほしい」と話している。

・・・

 うーん。

 青梅赤塚不二夫会館に一度行って見たいと思いませんか。「トキワ荘」のジオラマも見てみたいですね。再現された「昭和」に浸りたいし、赤塚さんや石ノ森章太郎さん、藤子不二雄らトキワ荘の住人が、「新漫画党」結成後の昭和31年に描いた「寄せ書きカーテン」も魅力です。懐かしく、しかし新しい魅力があります。団塊世代から若者まで、幅広い人々をひきつける何かがあるのでしょう。このようなイベントが開かれるというのも漫画の世界の広がりなんですね。マンガの過去、現在、未来、特にその行く末は、読み手にとっても、描き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられますね。

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2007年3月10日 (土)

「釣りバカ日誌」は公私のけじめをつけて仕事も余暇も人間関係を円滑にしつつ楽しむスタイルを教えている

  仕事も余暇も楽しみたいものです。職場でも余暇生活でも人間関係を円滑にしたいものです。公私のけじめをつけることによってそれらを実現できるのではないかというマンガを見つけました。

 今日のマンガはやまさき十三原作・北見けんいち作画「釣りバカ日誌」です。

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「釣りバカ日誌」は公私のけじめをつけて仕事も余暇も人間関係を円滑にしつつ楽しむスタイルを教えている

  と題して進めます。

0308_02  梅埼修先生は著書の「マンガに教わる仕事学」の中で、やまさき十三原作・北見けんいち作画「釣りバカ日誌」について次のように書いています。 

・・・

  『釣りバカ日誌』(小学館)がブームである。もともと雑誌「ビッグコミックオリジナル」で長期連載を続ける人気マンガであり、西田敏行さん主演で映画化され、こちらもシリーズ化されている。日本全国、“釣りバカファン”はかなりの数になるのではないだろうか? もちろん、私もその一人である。 安定志向の日本的雇用慣行が批判に曝され、より競争的な成果主義の導入が叫ばれる日本の職場で、のんきに釣りバカを続ける浜ちゃん!  彼は、日本のサラリーマンにどのように受け入れられているのだろうか?

 『釣りバカ日誌』は、やまさき十三作・北見けんいち画で、昭和五十四年から連載を続ける長寿マンガである。その間、時事ネタを取り入れつつも、一貫して日本の職場とそこでの人間関係を描き続けている。

 主人公の浜崎伝助さんは、中堅クラスの建設会社に勤めるごく普通のサラリーマンである。しかし、その実態は、明けても暮れても(もちろん仕事中も)、魚のことばかり考えている釣りバカなのである。かわいい奥さんの出産の時にも、なんと釣りである。「みち子許してくれ!! 一時間、一時間でいいっ」(第1巻より)なのだ。 有能とはとても言えず、そのうえ釣りのことばかり考えているのだから、競争的な成果主義の会社では、浜ちゃんは生きていけないだろう。 しかし--。あえて私は浜ちゃんの存在を弁護したいと思う。

 たしかに、会社は自分の労働を提供する場所だけど……同時に人生の大部分の時間を過ごす場所でもある。一日八時間の労働として、お昼休みの」時間も入れると、少なくともわれわれは一日九時間以上も会社にいるのだ。 そんな大切な場所がギスギスした、単に働くだけの場所ならば、かえってわれわれは働く意欲を失うと思う。たしかに職場は働く場所だが、そのうえに和気あいあいとした人間関係を築きたいと思うのがサラリーマンの本心ではないだろうか? 浜ちゃんのいる職場で働きたいなあー、というのは多くの読者の願望でもある。だから、浜ちゃんは職場の心理的負担を和らげる貴重な役割を果しているのです!

 まあ、だからといって、釣りのことばかり考えてよいわけではないのだけれど……。

0308_91  日本の職場は、週休一日が普通だった昔よりも勤務時間は減り、肉体的な厳しさは減少している。しかしその一方で、働く人びとの心理的負担は増大しているのではないだろうか。職場のウツの増大も気になる問題である。 職場の緊張を和らげるのは、単なる勤務時間や肉体的負担の軽減ではない。それは、人びとが職場で抱えてしまう心理的負担を、ふと、軽くしてくれるような円滑な人間関係ではないだろうか?

 でも、人間関係をよくしましょうと言われても、上から強制されれば、それ自体が負担になってしまう。そもそも現実問題として、はたして職場の同僚と余暇を一緒に過ごしたいと思うだろうか。 われらが浜ちゃんは、たとえ自分の会社の社長であっても、公私の公と私を適当に使い分けている。 「俺が付き合ってんのは、社長じゃない!! 鈴―(スー)さん!!」(第3巻より)  なんと、鈴木社長も釣りの現場ではスーさんなのだ。会社は会社、釣りは釣りなのである。そんな浜ちゃんの態度を社長も受け入れている。社長は安心して奥さんにこんなことを言っている。

 「“ハマちゃん”ね、あたしが社長ってわかっても、少しも傷つかなかったですよ」(第4巻より)

 人生が会社の人間関係だけで占められるならば負担だが、そうかといって、会社以外の人間関係だけの人生ならばさびしいものだ。会社と余暇の人間関係をうまく(適当に?)使い分けて、仕事も余暇も楽しく生きる。これって、サラリーマンの理想の生き方ではないだろうか?

 われわれは、いいなー浜ちゃん! と思いながら、何度もこのマンガを読んでしまうのである。

・・・

 うーん。

 仕事も余暇も楽しみ、同時に職場でも余暇生活でも人間関係を円滑にするには公私のけじめをつけることが大事なんですね。なかなかできないことだけれども、やはり、サラリーマンの理想ですよね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 やまさき十三原作・北見けんいち作画「釣りバカ日誌」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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2007年3月 9日 (金)

「夏子の酒」は自分の心の底からの声に気づけばライフワークが見出せると教えている

  自分の人生をかけた仕事をしたいものです。この仕事以外に自分の仕事は考えられない、といえるような仕事に打ち込みたいものです。いわば自分のライフワークを見出し、それに邁進したいと思うのは多くの人の共通の気持ちではないでしょうか。でも自分のライフワークとは一体何なのか、実はそれすらわかりにくいのが現実かもしれません。でも、いいマンガを見つけました。

 今日のマンガは尾瀬あきら作「夏子の酒」です。

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「夏子の酒」は自分の心の底からの声に気づけばライフワークが見出せると教えている

  と題して進めます。

0307_01  梅埼修先生は著書の「マンガに教わる仕事学」の中で、尾瀬あきら作「夏子の酒」について次のように書いています。 

・・・

 転職を考えることがときどきある。とはいっても、それほど本気ではない。ただ、もし別の仕事を選んでいたら、自分はどんな人生だったのかを想像してしまう。想像するだけでもけっこう楽しい。いまの仕事に大きな不満はないが、そうかといって格別面白いというわけでもない。もしこの仕事をしてみたら、自分はもっと充実するのかも、とついつい考えてしまうのだ。

 まあ、憐の芝生はよく見えると言われてしまえばそれまでだが、自分にピッタリの洋服がなかなかないように、誰しも自分だけの仕事を探しているのだろう。洋服は試着できるが、仕事に関しては、試しにちょっと、というわけにはいかない。もっとも多少働いたとしても仕事の本質はわからないだろうが。

 昔に比べれば、われわれの職業選択の幅ははるかに拡がっている。だけど……これが自分の仕事だと胸を張って言える人は意外と少ないのではないだろうか。 才能があれば、と思う人がいるかもしれない。子供の頃に憧れていた野球選手とか、大学時代に憧れた映画監督になっていたら、たしかに楽しいだろう。でも、現在、私が思うのは、そんな憧れの世界ではない。たとえ平凡な才能でも、自分にピッタリの仕事を探せればよいと思っている。誰しも、自由な職業選択における自分だけの“必然”を求めているのではないだろうか。

 尾瀬あきら著『夏子の酒』(講談社漫画文庫)というマンガがある。主人公の佐伯夏子さんは、新潟の酒造メーカー社長の娘である。酒造メーカーといっても、近代的な設備を想像してはいけない。出稼ぎの杜氏(とうじ)さんが、昔ながらの製法で酒造りを行っているのだ。 夏子さんは、田舎の古くさいしがらみや刺激のない生活を嫌い、夢を求めて東京へ向かった。憧れのコピーライターの仕事をつかむためである。彼女の努力もあって、上司にも認められ、ようやく大きな仕事を任されるところまできた。

 そんなとき、田舎で酒造りを手伝う兄、康男さんが倒れる。夏子さんは久しぶりに兄に会うのだが・・・・・・兄は不治の病に冒されていた。彼は、病に苦しみながらも、幻の米、龍錦を探していた。戦前まではあったと伝わる龍錦を使った最高の吟醸酒をつくることに命を賭けていたのだ。

 二年ぶりの兄との出会い、そして永遠の別れ……。憧れのコピーライター業をつかみかけたとき、夏子さんは幻の米で最高のお酒をつくるという新たな夢(=仕事)を目指して故郷に帰るのである。彼女は、兄の仕事を引き継ぐ決心をしたのだ。

 ところで、死期を悟った兄は、夏子さんに自分の夢を引き継いで欲しかったのだろうか。 そうだと思う。でも、兄は妹に仕事を引き継いで欲しいとは言わなかった。 では、夏子さんは、兄の隠された願いを察して、仕事を引き継ぐ責任を感じ、故郷に戻ったのだろうか。

 責任、ではないと思う。彼女は、コピーライターの仕事を位く泣く諦め、つらい酒造りの仕事をはしめたわけでもない。彼女は、気づいたのだと払は思う。自分が、故郷に育ち、酒蔵で生活し、そして酒づくりへの熱い思いを兄と共有していることを。

 兄の死後、兄の後輩だった草壁さんは兄の言葉を夏子さんに伝える。 「夏子さん、先輩言ってました。夏子は必ず戻ってくる。あいつはここが好きなんだ・・・・・・って」(第1巻より)

0307_51  あれほど謙っていた故郷に帰ってくる。それは、諦めじゃなくて発見である。たとえば、もろみ(しぼりをかける前の白く泡立った酒)のにおいだ。夏子さんは言う。 「あたしも兄もそのにおいの中で育ったんです。そのことをやっと思い出したんです」(第1巻より)

 自分の中の故郷、そして、もともとあったお酒への熱い思いに夏子さんは気づいたのである。もちろん私は、家業は継ぐべきだと言いたいわけではない。すべての人が家業を継ぐべきだとも思わない。でも自分の好き嫌いで仕事を選んでも、彼女のような決断はできないだろう。

 だから、逆説めいた言い方だが、自分だけのビッタリした仕事は、他人がつくってくれるのである。ピッタリは憧れじゃなくて、自分を深く知ることである。犬切なことは、自分の中の他人の存在に気づくかどうか、深く感じる力が自分にあるかどうかなのだ。

・・・

 うーん。

やっぱり、自分の人生をかけた仕事をしたいですね。この仕事以外に自分の仕事は考えられない、といえるような仕事に打ち込みたいですね。そのような自分のライフワークを見出し、それに邁進したいと思うとき、「夏子の酒」は自分の心の底からの声に気づけばライフワークが見出せると教えてくれているんですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 尾瀬あきら作「夏子の酒」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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2007年3月 8日 (木)

独立UHF局・CS放送局の映画出資ブームがマンガの映画化を促す?

邦画の勢いがとまりません。長らく低迷していましたが、ここ数年は目覚しいものがあります。公開本数でも興行収入でも大きく伸びています。それらの邦画のうち、原作がマンガであるものもたくさんあります。しかもその傾向はますます拡大していくのかもしれません。マンガの世界が大きく広がっているといえますし、これからの漫画の世界の一つの方向かもしれません。そんなマンガを取り巻く話題のうち、最近の日本経済新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか?

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか?

マンガの世界の過去、現在、そして未来は私たちの最大の関心事です。

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は?

  というカテゴリーのなかで 

  独立UHF局・CS放送局の映画出資ブームがマンガの映画化を促す?

  と題して進めます。

・・・

 日本経済新聞の平成19年3月5日付け夕刊文化面で海野太郎氏は次のように書いています。

0308_01_1  ・・・

映画出資ブーム 地方・CS局も

小額で放映権確保・独自製作学ぶ

 映画へ出資する動きが独立UHF局やCS放送局に広がり始めた。派手な宣伝で高収益を狙うキー局とは異なり、デジタル時代に向けたソフト確保やイメージ戦略が背景にあるようだ。

 今年二月から一部地域で公開申の映画「棚の隅」。連城三紀彦の同名原作をもとにした作品だ。寂れたオモチャ屋を営む男の前に、かつて自分を捨てた妻が突如姿を現す。残された息子や新しい妻とささやかながら幸せな生活を送っていた男の胸に、ささ波が立ち始める。そんな様子を淡々としたトーンで描いた。

 この映画に出資をしたのがテレビ神奈川、KBS京都、三重テレビなど在京キー局の系列に属さない六つの独立UHF局。テレビ神奈川の関柱史編成部長は「この映画は総経費が一千万円という低予算映画。独立U局の出資は総額で三百万円に満たず、一局当たりの出資は数十万円で済む。その後の放映権獲得も期待できる」と理由を話す。

 最近の邦画活況は放送局が支えている。日本映画製作者連盟によると、二〇〇六年の邦画公開本数は過去三十年間で最多の四百十七本。そのうち興行収入が十億円を超えた二十八作品に限れば、約八割が放送局の出資作だ。

 ただ、これまではフジテレビ、TBSなど地上波キー局にほぼ限られてきた。独立U局では、キー局のように系列局を動員して大量のCMを流し、製作費を全国規模で回収することができないからだ。だが、ここへ米て出資へ勣くのはなぜか。

 大きな背景は放送法改正論議だ。総務省が今国会に提出する放送法改正案では、民放局が純粋持ち株会社を設立して複数の局を傘下におさめることを認める方針。実現すれば、キー局と系列局の連携が強まるとみられている。

0308_02_1 「キー局が系列局への番組供給を優先すれば、独立U局はキー局から番組を購入しづらくなる可能性もある。映画作りに参加し、今のうちに独自コンテンツ作りを学んでおく必要がある」と関編成部長は危機感を募らせる。

 もっとも、もう少し気軽な理由から出資に動いた例もある。人気漫画家である松本大洋の作品世界を忠実に再現し、若い世代を中心に支持を集めているアニメ映画「鉄コン筋クリート」 (公開中)。同作の製作委員会に放送局で唯一参加している東京の独立U局、東京MXテレビのケースだ。

 東京MXテレビは昨年十月以降、アニメーション放送強化の方針を打ち出している。同社の木庭民夫編成部長は アニメにカを入れている当社の印象をアピールできると思い、出資を決めた」と説明する。出資比率は五%で、公開から得られる収益は限られるが「マイケル・アリアス監督に番組に出演してもらうなど、話題を提供できた」 (木庭氏)と話す。製作委員会方式の資金集めが一般化したことで、少額出資がしやすくなったこともイメージ戦略に利用する上では好都合だったようだ。

 出資の動きはCS放送局にも広がる。日本映画や時代劇を放送する日本映画衛星放送(東京・港)は、冬に公開予定の映画「スマイル」にフジテレビとともに出資する。少年アイスホッケーの弱小チームが、強豪に立ち向かう中で成長するという「正統派のファミリー映画」 (酒井彰取締役)だ。

 酒井氏はフジテレビに在籍していた一九八〇年代、南極物語」などの映画製作にか)かわってきた。 「当時放送局が映画作りに乗り出したのは、ハリウッド映画の放送権料が高騰したことが原因。同じことが今邦画でも起きている」と指摘する。デジタル時代への生き残りに向け、独立U局もCS局も映画のソフトパワーに目を向けざるを得ないようだ。

    (文化部 海野太郎)

・・・

 うーん。

 映画の公開本数でも興行収入でも邦画が大きく伸びています。それらの邦画のうち、原作がマンガであるものもたくさんあります。しかもその傾向はますます拡大していくのかもしれません。マンガの世界が大きく広がって映画へ進出しているんですね。これからの漫画の世界の一つの方向かもしれません。マンガの世界が大きく広がっているんですね。このように注目されようとしているマンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。

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2007年3月 7日 (水)

マンガ検定が大評判!――あなたの知識やオタク度はどの程度?

マンガに検定試験があることを知っていましたか? しかもインターネットを使って自宅で受験できるんですって。マンガは趣味であると同時に、文化でもあるわけですから、検定試験があってもおかしくはないといえます。いや、むしろその検定試験が注目を集めるということはマンガの世界が大きく広がっているといえましょう。これからの漫画の世界の一つの方向かもしれません。マンガを取り巻く話題のうち、最近の日本経済新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。 

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか? 

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか? 

マンガの世界の過去、現在、そして未来は私たちの最大の関心事です。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は?

  というカテゴリーのなかで 

  マンガ検定が大評判!――あなたの知識やオタク度はどの程度?

  と題して進めます。 

・・・ 

 日本経済新聞の平成19年3月5日付け夕刊ネットナビ面で増田若奈氏は次のように書いています。

・・・ 0307_

自宅で検定<知識やオタク度>

個人で自作も広がる----漫画・パンツ・・・おもしろ系も続々

 インターネットを使って自宅のパソコンで受験できる「ネット検定」が増えている。旅行や将棋、時事問題など趣味や仕事に役立つ検定はもちろん、グンゼが主催する「パンツ検定」のようにユニークなものも多い。最近では、自分で問題を作成して、友人やほかのネット利用者に受験してもらえるサービスも登場している。無料のものもあるので、気軽に楽しめそうだ。

 旅行好きにお勧めしたいのがジェイティービー能力開発(東京・豊島)が主催する「旅行地理検定」。「東北地方にない温泉地」として浅虫温泉、飯坂温泉、水上温泉、上山温泉から選ぶ問題(正解は水上温泉)など、国内外の地理に関する知識を問う検定だ。一級から四級まであり、一級以外はネット受験できる。

 試験では広範な知識を求められるので、旅行経験が豊富な人でも試験対策は必要。市販の参考書や同社が販売する過去問題集などで勉強してから試験にのぞもう。

 特定非営利活動法人(NPO法人)の現代用語検定協会(東京都稲城市)が主催する「現代用語能力検定」は、社公債勢の理解度を測るというもので国際情勢や文化、スポーツなど五分野から出題される。

 郵送による自宅受験とネット受験の両方を実施。正答率によって級位を認定する仕組みで一級は全体の二%ほど。一番上の認定級である「現代カ修士号」を獲得した入はまだいない。

 将棋愛好家にお勧めなのが日本将棋連盟公認の「将棋段級位認定」。一番下のレベルの「将棋段級位認定 級位認定試験」は無料で受験できる。別途費用がかかるが、合格者は日本将棋連盟が発行する免状や認定状を取得することも可能だ。

 ネット受験に対応していない検定や試験を、模擬試験という形でネットで体験することもできる。日本統計事務センター(京都市)のホームページでは、「漢字検定」、英語能力測定テスト「TOEIC」の練習問題や、過去の大学入試センター試験を無料で体験できる。

 趣味や仕事、勉強に役立つ検定のほかに、最近は気軽にネットで楽しめるユニークな検定も注目を集めている。

 開始と同時に大きな話題を呼んだのが電子書籍発行のイーブックイニシアティブジャパン(東京・千代田)の「漫画検定」。(http://www.ebookjapan.jp/shop/info/about_mangakentei.asp) 初級、中級、上級の三種類があり、初級は名作漫画などから出題される入門コース。「巨人の星の星飛雄馬のライバルである天才打者の名前は?」(答えは花形満)などの問題に選択肢で答える。 

 中級や上級は「隠れた名作」や漫画業界動向まで出題される難関となっている。一月末からは少女漫画に絞って出題される「少女マンガ検定」も始まった。       

 グンゼが一日から始めたのがパンツ検定。「日本人で初めて女性用のパンツを手にしたのは誰でしょう?」(答えは豊臣秀吉)などパンツに関する雑学やグンゼの歴史、商品情報などを盛り込んだ問題が全百問出題される。

 阪神ファンならぜひ挑戦したいのが検定コンサルティングのルート(神戸市)の「阪神タイガース検定」。阪神タイガース承認の検定で、合格者には合格認定カードと合格証が送られる。

 ユニークな雑学検定の問題を自分で作り、公開するサービスも始まっている。

  ヤフーの「みんなの検定」は、利用者が作成した四万件以上の検定を楽のしめる。映画や漫画の宣伝の一環として公式に認定された検定もある。ネット学習の学び・ing(さいたま市)の「けんて-ごっこ」は、作成した検定を個人ホームペ-ジに張り付けられるのが特徴。自作の検定を公開すれば、いつも見てくれる訪問者同士で盛り上がることだろう。 (フリーランスライター増田若奈)

・・・ 

 うーん。 

 マンガに検定試験があるんですね。しかも大変な話題を呼んでいるとか。マンガは趣味であると同時に、文化でもあるわけですから、検定試験があってもおかしくはないといえます。いや、むしろその検定試験が注目を集めるということはマンガの世界が大きく広がっているといえましょう。私たちが知らないうちに、マンガは思わぬ読まれ方や、注目のされ方をしているのですね。このように注目されようとしているマンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。 

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2007年3月 6日 (火)

「Dr.コトー診療所」はスローに働きながら自分を取り戻す必要を説いている

 仕事に忙しいといつの間にか自分を見失ってしまうことがあります。忙しいことを充実していると錯覚してしまうのでしょうか。忙しい現代人は時にはその忙しさをいったん超越してスローになることが必要なのかもしれません。そんなマンガを見つけました。

 今日のマンガは山田貴敏作「Dr.コトー診療所」です。

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

0306_dr01   「Dr.コトー診療所」はスローに働きながら自分を取り戻す必要を説いている

  と題して進めます。

 梅埼修先生は著書の「マンガに教わる仕事学」の中で、山田貴敏作「Dr.コトー診療所」について次のように書いています。

・・・

  職場でコンピューターを前にしながら、外出中に携帯電話を使いながら、ふと考えることがある。もしこんな道具がなければ、もっとゆっくり仕事ができるのでは、と。毎日毎日、コンピューターは、せっせせっせと電子メールを運んでくる。携帯定詰が鳴れば、たとえ外出中でも捕まえられてしまう。取引先からの急な依頼が、上司からの急な指示が、どこにいても何をしていてもやって来るのだ。

 今日はメールを受け取りませんとか、今は電話を受けませんとか、ハッキリと言ってみたい。たまには、ちょっと一休みしたいけど、現実は厳しいのである。毎日毎日、イヤになる。そう思って自分のまわりを見回すと、この頃、なにかに追われるように仕事をしている人が多いような気がする。いったい何で忙しく働いているのだろう。

 なにも文明の利器に限った問題ではない。一見すると便利なようであるが、お互いがお互いを縛る巨大なシステムをつくり上げているのではないだろうか。ふ~、どうもしんどい。 問題は、自分がなんで忙しいのかわからないことだ。そんな状況は、メンタルヘルス問題も発生させていると思う。職場では、自分のペースを取り戻したいという潜在的願望が、静かに、そして深く広がっている。

 山田貴敏著「Dr.コトー診療所」(小学館)というマンガがある。主人公の五島健助さん(通称Dr.コトー)は、東京の大学病院から古志木島にやって来たたった一人の医者である。外科医としてトップレベルの腕を持ちながら、なぜか彼は医療設備も不十分な孤島に渡ってきた。

 古志木島は、日本本土から六時間かかる青い海と白い砂浜の離鳥である。そこでは、のんびり、ゆっくりした時間が流れている。都会であくせく働く人には、彼の音しか聞こえず、満天の星々が輝く島の夜の素情らしさはわからないだろう。 島の診療所には、患者も現れない。たった一人の看護婦である星野さんは言う。「患者さんなんて、月に何人も来ないから」と。そしてダメ押しでこんな言葉を伝える。「この島の人達は、本当に具合が悪かったら、本土の病院に6時間かけて船で行くんです。」(第1巻より)

 かつてDr.コトーが勤めていた大学病院の医療現場は一刻を争う戦場だった。夜勤、徹夜、残業なんでもありのスピード第一主義の職場である。Dr.コトーが島にやって来た理由、それは大学病院の勤務で医者としてのゆとりを失い、ある急患を亡くしてしまったからである。「あの夜のぼくは、医者じゃなかった」(第2巻より)と彼は言う。島に渡ってきたのは、そのことを侮やんだうえでの決断であった。

 スローに働きながら自分を取り戻す。これは、仕事に追0306_dr51われるすべての人たちにとって大切なことだと思う。 ただ・・・・・・スローワークは、単に時聞か余っているだけではないことにも留意したい。そもそもDr.コトーは、島に来て毎日だらだら過ごしているわけではない。彼は、病院を全然信用していない島民たちに誠実な医療を提供する。そして、急病にはたった一人で立ち向かう。彼は言う。「病気とケガは待ってくれませんから」と(第1巻より)。 Dr.コトーは、とことん島民と付き合い、徐々に彼ら彼女らの信頼を得てゆく。Dr.コトー診療所は、島民たちのよろず相談室になっているのだ。その意味では、彼は、大病院にいた時よりも、毎目患者たちの健康について考えている。

 スローワークとは、仕事についてゆっくり考えることであるが、単なる暇な働き方ではない。彼は、次のように言う。 「ぼくは今、患者さんが来てくれるだけで、すごくうれしい。この島の人達に信頼されてるってことが本当にうれしいんだ。」(第1巻より) 島で働くことで、Dr.コトーは忘れていた仕事の喜びを確認したのである。実際、単に時間があるだけなら、おそらく美しい島も三日で飽きてしまうだろう。 仕事を忘れてゆっくりするのではなく、仕事とじっくり向き合い、仕事の意味を考えるために働く。それこそが、スローに働くことの真の意味だろう。

 みなさんは、真っ正面から自分の仕事と向き合っていますか?

・・・

 うーん。

 仕事に忙しいといつの間にか自分を見失ってしまうんですね。忙しいことを充実していると錯覚してしまうんですね。しかしながら、だからといって忙しい現代人はスローな仕事を選んだり、職場環境を変えたりすることはなかなかできません。でも、自分が変わればできるかもしれません。つまり、今の仕事そのままで、今の環境そのままで、自分の考えをいったん白紙にして、今の忙しさを気持ちの上で超越してスローになることです。このマンガはそれを手助けしてくれるような気がします。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 山田貴敏作「Dr.コトー診療所」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年3月 5日 (月)

小山ゆう⑤人との出会いにに恵まれて成長するということ

  名作漫画家は「人生の達人」でもあります。人生の達人である小山ゆう先生の漫画家としての成長の姿から学ぶ5回目です。 

0220_101_1 今日は 

  まんが③マンガの書き手はソコントコをコウしてます

  というカテゴリーのなかで、あの小山ゆう先生の漫画家としての成長の姿から学びたく、先生の人生の歩みを追いながら

小山ゆう①マンガの世界に入ったのはほんの軽い気持ちだった

小山ゆう②やりたいことにはトコトンこだわる

小山ゆう③編集長とは激しく戦う

小山ゆう④ブレーンがゴロゴロいた

小山ゆう⑤人との出会いにに恵まれて成長するということ

と題した5回シリーズのうち、第5回目の 

小山ゆう⑤人との出会いにに恵まれて成長するということ

です。

小山ゆう先生は多くの人との出会いに恵まれているようです。人との出会いに恵まれてマンガの描き手として成長しているそうです。人との出会いとはどんなものなのでしょうか。また、それはどんな影響があるのでしょうか。人との出会いに恵まれるか恵まれないかの違いはどうしてなのでしょうか。いったい先生はどのような人生を歩み、また、どのようにしてマンガ家になったのか、そしてまた、その後どのように成長しているのでしょうか。

 マンガの書き手はソコントコをどうしているのでしょうか? 

 宇都宮滋一先生は著書の「名作マンガの知られざる制作現場・<ダメ!>といわれてメガヒット」の中で小山ゆう先生について次のように書いています。

・・・・・ 

0220_116   小山ゆうさんは、アニメーションの会社でアルバイトを始め、1年ほど、ここで働いた。たまたま休憩時間に、さいとう・たかをさんの「無用ノ介」を模写していた。「学校時代、絵はクラスでもうまいほうだった」という。その絵を見た先輩が「知り合いがさいとうプロにいるから紹介してやろうか」と言ってくれたので、「じゃ、お願いします」と頼んだ。20歳のときに、さいとうプロの面接を受けた。雑誌「スクリーン」の模写などを数点見せたところ合格し、アシスタントに採用された。 これが小山さんのマンガ道のスタートだった。

さいとうプロには、「それまでの人生では出会ったことのない人たちがいっぱいいた」。まずは、劇画界の巨人、さいとう・たかをさん。先輩には当時はまだ無名だった小池一夫さん。兄貴分の山本又一朗さん。アシスタント仲間のやまさき拓味さん。多くの人々との出会いが始まった。

  当時のアシスタント仲間のひとりが、2歳年下のやまさき拓昧さんだ。やまさきさんの1、2ヵ月後に人社してきたのが小山さんだった。ふたりは1年間ほど、4畳半のアパートで一緒に暮らした。その後、山本又一朗さん、やまさき拓味さん、と3人で「オリオンプロ」という会社を作って活動した。小山さんはこの当時のことを「楽しくてしょうがない、1年半くらいでしたけど、共同生活の合宿みたいでした」と振り返る。この期間を経て変化を迎えた。このころ、先にさいとうプロから独立した小池一夫さんは、[子連れ狼」の大ヒットで、青年誌を中心に、ものすごい売れっ子になっていた。「デザインより、マンガをやりたいんだ」という気持ちが募っていた3人は、やがて会社をたたんで小池さんの「スタジオ・シップ」へ。

 小山さんがデビューしたのは26歳。早熟な人が多いマンガ家としては、遅咲きだった。デビュー作「おれは直角」(週刊少年サンデー、昭和48年~51年)はめちゃくちゃ明るくて、ギャグが満載だ。当時“コミックのドン”と呼ばれていた小西湧之助さんがデビューのきっかけを作ってくれた。は「オレは直角」を初めて読んだとき、黒鉄ヒロシさんの「赤兵衛」と比べ、小山さんの「直角」も黒鉄ギャグに通じるものがあると思ったという。 「ドタバタじゃない、インテリギャグ。(喜劇王)キートンの喜劇にあるような、ポンとたたくとあっちのほうの蛇口から水が出てくる、そんなしゃれた使い方を感じた。大竹君(小山ゆうの本名)は才能があるなあと思いました」

 「おれは直角」が終わったあと、小山さんは新たな「冒険」を始める。まず、小池さんの「スタジオ・シップ」を辞めてひとりになったのだ。さらに、新連載ではボクシングを題材にすることにした。 小山さんは「がんばれ元気」の連載が始まるのと前後して、もう一人の名物編集者と運命の出会いをする。小山さんが言う。「『がんばれ元気』は担当編集者とふたりでつくったような感じです」

 「元気」を担当した亀井修さんは早大商学部卒業後、小学館に入社し、「週刊少年サンデー」編集部へ。その後、「ヤングサンデー」「ビッグコミックスペリオール」「ビッグコミックオリジナル」「ビッグコミックスピリッツ」4誌の編集長を約10年務めた。 「直角」連載中に、飲み屋で小山さんとばったりあったとき、亀井さんはこうアドバイスした。「マンガとして面白いけれど、芯が弱い。骨太さが欲しい」小山さんは「その通りだ……」と答えたという。

「がんばれ元気」が始まった直後、亀井さんはベテラン編集者がひとり異動したため、「マンガ班」に呼び戻され、「がんばれ元気」担当となった。 最初はなにも言わなかったが、間もなくして小山さんに、こう直言した。「なんで、こんな甘ったるい話を描いているんだ。父親が邪魔なんだ。早く殺しちゃえ」。 小山さんの構想だと元気の父が亡くなるのは、もっと先のはずだった。幼い元気を残し父が亡くなったため、「おれは父ちゃんの子だ」と、かつての楽しかった日々を元気が回想するシーンに胸詰まらされた。「そうでしょ。あそこで鮮やかに死んじゃうからいい。生きて、たこ焼き屋なんかやってたら、たまんないよ」(亀井さん)

 ボクシングをほとんど見たことがなかった亀井さんは、ボクシング評論家の郡司信夫さん(1999年死去、享年90歳)に、「ソープランド王が経営していることでも話題だが、理想的なジム」という角海老ボクシングジム(東京都豊島区)を紹介してもらい、しょっちゅう通った。 また、後楽園ホールで年中、ボクシングの試合があり、約1年間で100試合以上は見にいった。「とくに東京で行われたタイトルマッチは全部見てました」

 スポーツ紙のボクシング担当をはじめ、「ブレーンになってもらった人がゴロゴロいた」という。 元東洋バンタム級チャンピオンの三浦清さんも、そのうちのひとりだった。

・・・・・ 

 小山ゆう先生はこのように多くの人との出会いに恵まれているんですね。人との出会いに恵まれてマンガの描き手として成長しているんですね。人との出会いに恵まれたのは先生の人柄によるのですね。小山ゆう先生は、このように人生を歩み、このようにしてマンガ家になり、そしてまたその後このように成長しているのですね。 

 あなたはどう思いましたか? 

0220_233 小山ゆう先生の、●「がんばれ元気」、●「あずみ」、●「おれは直角」、●「いざ!!竜馬」、●「スプリンター」、●「ももたろう」は、東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。 

・・・・・

小山ゆう
1948年静岡県生まれ。「さいとう・プロダクション」のアシスタントを経て独立、73年に「おれは直角」でデビュー。76年から5年間「がんばれ元気」が少年サンデーに連載され、80年にはテレビアニメ化されてヒットした。現在も「あずみ」を小学館ビッグコミックスぺりオールに連載中で映画化もされている。

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2007年3月 4日 (日)

小山ゆう④ブレーンがゴロゴロいた

  名作漫画家は「人生の達人」でもあります。人生の達人である小山ゆう先生の漫画家としての成長の姿から学ぶ4回目です。 

今日は 

  まんが③マンガの書き手はソコントコをコウしてます

  というカテゴリーのなかで、あの小山ゆう先生の漫画家としての成長の姿から学びたく、先生の人生の歩みを追いながら

小山ゆう①マンガの世界に入ったのはほんの軽い気持ちだった

小山ゆう②やりたいことにはトコトンこだわる

小山ゆう③編集長とは激しく戦う

小山ゆう④ブレーンがゴロゴロいた

小山ゆう⑤人との出会いにに恵まれて成長するということ

と題した5回シリーズのうち、第4回目の 

小山ゆう④ブレーンがゴロゴロいた

です。

0220_601  小山ゆう先生はマンガを描くにあたって多くのブレーンに囲まれているそうです。そのブレーンに恵まれたということで作品に深みと広がりとが実現しているのでしょうか。多くのブレーンに恵まれた理由は何だったのでしょうか。いったい先生はどのような人生を歩み、また、どのようにしてマンガ家になったのか、そしてまた、その後どのように成長しているのでしょうか。

 マンガの書き手はソコントコをどうしているのでしょうか? 

 宇都宮滋一先生は著書の「名作マンガの知られざる制作現場・<ダメ!>といわれてメガヒット」の中で小山ゆう先生について次のように書いています。

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「『がんばれ元気』を担当した「週刊少年サンデー」編集部の亀井修さんは職人肌の編集者だ。ボクシングをほとんど見たことがなかった亀井さんは、ボクシング評論家の郡司信夫さん(1999年死去、享年90歳)に、「ソープランド王が経営していることでも話題だが、理想的なジム」という角海老ボクシングジム(東京都豊島区)を紹介してもらい、しょっちゅう通った。また、後楽園ホールで年中、ボクシングの試合があり、約1年間で100試合以上は見にいった。「とくに東京で行われたタイトルマッチは全部見てました」

 スポーツ紙のボクシング担当をはじめ、「ブレーンになってもらった人がゴロゴロいた」という。元東洋バンタム級チャンピオンの三浦清さんも、そのうちのひとりだった。亀井さんは、元天才ボクサーの三浦さんからもいろいろなエピソードを聞き出している。「だから実話がたくさん入ってますよ」(亀井さん)

0220_104  ある日、亀井さんは有望な新人選手に「きょうの試合が終わったらごちそうするよ」と持ちかけたところ、「いや、店は休めないんだ」と言うから、「じゃ、お前の店へ行ってやるよ」 約束通り、試合後、ジムの会長と一緒に日暮里の店に出かけた。「そいつの顔を見て、店のオヤジさんが『食いもんの店に顔をはらしてくるな』と怒鳴りつけた。これって『きょうは店を休んでいいよ』という意昧だったんだ」

 この話を下敷きにしているのが、次のシーンだ。プロデビュー前の元気が、中学時代の1年先輩で「次のオリンピックの金メダル候補」と目される天才ボクサー、火山尊(ひやまたける)とのスパーリングでメッタ打ちにされ、傷だらけの顔でアルバイト先の寿司屋に出勤する。すると、板前さんが「おいおい、食い物商売なんだぜ。そんな顔で店の中うろつかれちゃ客が逃げちまうぜ」「きょうはもういいから帰りな」

 また、フェザー級の新入王戦で、トーナメントを順調に勝ち進んだ元気と、同じジムに所属する幼なじみ皆川のぼるのふたりの対戦が決まるが、「どちらも負けさせたくない」というジムの方針でのぼるに棄権させ、元気の不戦敗となるというシーンがある。これも「同門だった斉藤清作(のちの喜劇役者、たこ八郎)とファイティング原田が昭和34年(1959年)の新入王決定戦の準々決勝でぶつかり、斉藤を棄権させた」(小山さん)実例を参考にした。

 このほか、刺青を背中一面に彫ってしまったため、リングに上がれなくなった元全日本学生チャンピオンで、中学生時代の元気の師匠の三島栄司、元気をはるかに上回る素質を持ちながらパンチドランカーになってしまう海道卓、パンチを受けすぎた後遺症で目を痛め、元気との対戦後、ほとんど視力を失ってしまう火山など、登場人物にまつわるエピソードもそれぞれ実話をもとにしている。

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0220_423  小山ゆう先生はマンガを描くにあたってこんなに多くのブレーンに囲まれているんですね。そのブレーンに恵まれたということで作品に深みと広がりとが生まれているんですね。多くのブレーンに恵まれた理由は小山先生の人柄だったんですね。小山ゆう先生は、このように人生を歩み、このようにしてマンガ家になり、そしてまたその後このように成長しているのですね。 

 あなたはどう思いましたか? 

小山ゆう先生の、●「がんばれ元気」、●「あずみ」、●「おれは直角」、●「いざ!!竜馬」、●「スプリンター」、●「ももたろう」は、東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。 

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小山ゆう
1948年静岡県生まれ。「さいとう・プロダクション」のアシスタントを経て独立、73年に「おれは直角」でデビュー。76年から5年間「がんばれ元気」が少年サンデーに連載され、80年にはテレビアニメ化されてヒットした。現在も「あずみ」を小学館ビッグコミックスぺりオールに連載中で映画化もされている。

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2007年3月 3日 (土)

小山ゆう③編集長とは激しく戦う

 名作漫画家は「人生の達人」でもあります。人生の達人である小山ゆう先生の漫画家としての成長の姿から学ぶ3回目です。

今日は

  まんが③マンガの書き手はソコントコをコウしてます

  というカテゴリーのなかで、

小山ゆう①マンガの世界に入ったのはほんの軽い気持ちだった

小山ゆう②やりたいことにはトコトンこだわる

小山ゆう③編集長とは激しく戦う

小山ゆう④ブレーンがゴロゴロいた

小山ゆう⑤人との出会いにに恵まれて成長するということ

と題した5回シリーズのうち、第3回目の

小山ゆう③編集長とは激しく戦う

0218_100_1です。

作家と編集者との関係は特別のものがあるのでしょうか。小山ゆう先生がデビューする時、あるいは作品を書き続けるとき、そこには編集者との間にさまざまなドラマがあったはずです。どんなドラマがあったのでしょうか。小山先生はたしてどのような人生を歩み、また、どのようにしてマンガ家になったのか、そしてまた、その後どのように成長しているのでしょうか。

 マンガの書き手はソコントコをどうしているのでしょうか?

 宇都宮滋一先生は著書の「名作マンガの知られざる制作現場・<ダメ!>といわれてメガヒット」の中で小山ゆう先生について次のように書いています。

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0220_351_1  「おれは直角」を小学館の「週刊少年サンデー」編集部に売り込みに行ったところ反応はあまりよくなくて、途方にくれていた。すると近くにいた小西湧之助さんに下書きを渡すと、4ページほど読んだところで、小西さんは「週刊少年サンデー」の井上敬三編集長(当時、のちに専務)に声をかけた。「敬三さん、これ、面白いよ。すぐ連載してみたら」

 マンガ家「小山ゆう」誕生の瞬間だった。

 “コミックのドン”。当時、すでにこう呼ばれていた小西湧之助さんは、今では「伝説の編集者」と言われている。なにしろ、手がけた創刊誌などが、ざっと十数誌に上るのだ。当時すでに“コミックのドン”と呼ばれていた小西さんは「おれは直角」を初めて読んだときの感想を、こう語る。「鉛筆描きのラフプランだったけど、スピードがあった。親父は気が弱いのに、せがれには真っ直ぐ進むように育てる。せがれは『父上』の言う通りに真っ直ぐ進み、曲がるときは直角に曲がる。すごく面白い」

0220_102  小山さんは「がんばれ元気」の連載が始まるのと前後して、もう一人の名物編集者と運命の出会いをする。小山さんが言う。「『がんばれ元気』は担当編集者とふたりでつくったような感じです」

 「元気」を担当した亀井修さんは昭和20年(1945年)9月14日生まれで、小山さんより3歳年上の職人肌の編集者だ。昭和43年(1968年)、早大商学部卒業後、小学館に入社し、「週刊少年サンデー」編集部へ。その後、「ヤングサンデー」「ビッグコミックスペリオール」「ビッグコミックオリジナル」「ビッグコミックスピリッツ」4誌の編集長を約10年務めた。“コミックのドン”小西湧之助さんは「カメにはライバルなんかいないよ」とほめる。数多く一緒に仕事をした原作者の武論尊さんによると、「カメさんが行くと(その雑誌が)持ち直すとも言われた。ただ、連載作家を7割切ったことがあって、“首切りカメさん”とも“傲慢カメさん”とも呼ばれた」という。

 漠然と「作家志望」でもあった。マンガ家が作品を描きあげるのを、ただじっと待って編集部に持ち帰るのが仕事だという編集者にはなりたくなかった。「当時は、出版社によって違うけれど、(マンガ家と編集が)マンツーマンでつくれる時代が始まった。つまらないときはつまらないと批判を言えた」という。

 当時の少年サンデーの編集部は「マンガ班」「特集班」「グラビア班」に分かれていた。小山さんの「おれは直角」が連載されているころ、亀井さんは「マンガ班」を離れ、「グラビア班」にいた。

 「直角」連載中に、飲み屋で小山さんとばったりあったとき、亀井さんはこうアドバイスした。

「マンガとして面白いけれど、芯が弱い。骨太さが欲しい」

小山さんは「その通りだ……」と答えたという。

「がんばれ元気」が始まった直後、亀井さんはベテラン編集者がひとり異動したため、「マンガ班」に呼び戻され、「がんばれ元気」担当となった。最初はなにも言わなかったが、間もなくして小山さんに、こう直言した。

 「なんで、こんな甘ったるい話を描いているんだ。父親が邪魔なんだ。早く殺しちゃえ」

 小山さんの構想だと元気の父が亡くなるのは、もっと先のはずだった。幼い元気を残し父が亡くなったため、「おれは父ちゃんの子だ」と、かつての楽しかった日々を元気が回想するシーンに胸詰まらされた。

 「そうでしょ。あそこで鮮やかに死んじゃうからいい。生きて、たこ焼き屋なんかやってたら、たまんないよ」(亀井さん)

 小山さんと亀井さんは毎週、連載ストーリーの打ち合わせをした。アシスタントを帰してからふたりで飲みにいき、「ここをこう直したらもっと面白くなる」という激論を交わしたこともしばしばあった。「サンシャインの一番上で東京を見下ろしながら、バニーちゃんのいるところで打ち合わせたこともあった。根をつめると、固まっちゃうからね。帰りのタクシーの中で、いいネタを思いついたこともあった」(亀井さん)

 小山さんは「担当(亀井さん)のイメージを超えようとする。戦いです。もっと、もっと……とノッていった」

0220_109  連載の初めは、「週刊少年サンデー」で人気が5~7位と低迷したが、元気が小学校4年生になったあたりからで1位になった。「絵の明るさが小山さんの特徴で、いろんな演出もうまい。複数の感情を、表情と仕草でどう表現できるか、いろいろと挑戦していた」(亀井さん)。そして、面白いことに、「試合から試合の途中が人気のあるマンガだった」という。

元気が小学校4年生のときのエピソードに、こういうのがある。雨が降り出してくる。放課後、児童たちの母親が傘を持って迎えにくるのを、元気は「いいな-」とボーっと見ていた。父が亡くなったあと、資産家で優しい祖父母(母方)に引き取られ、何不自由なく育った元気だが、母の面影を知らない。病弱だった母は元気を生むと死んでしまったからだ。「母ちやんってどんな人だったの?」 元気にそうたずねられた祖父母はアルバムを取り出して見せる。そこには、美人で成績も良く、祖父が「自慢の娘だった」という母がイキイキと写っていた。だが、大学生を最後に、アルバムの写真が途切れている。「このあと、父ちゃんと知り合うんだね」と元気。祖父母は、身よりも学歴もない、しがないボクサーとの結婚を最後まで猛反対。母は家を飛び出し、ふたりは結ばれたのだった。「苦労に苦労を押し付けて殺しちまいやがった」と、愛娘を奪われ、今も怒りが解けない祖父に向かって、元気は「違うよ。父ちゃんと母ちゃんは絶対そうじゃなかった。おれにはわかるんだよ」と静かに言い残して、トレーニングに向かう……。

 亀井さんは「いいねえ。それで行こうという話になって、達う話がボツになった」と思い出す。

 友人たちから[柔の小山、剛の亀井」と評されるふたりは、とにかく気が合った。「同じ世代で、東映のチャンバラ映画や、にっかつの裕次郎など、シビれるもの、泣けるものが一緒。好きなシーンなども、いちいち言わなくてもわかり合えた」(小山さん)という。マンガ家と編集者という枠を超えた「親友」でもあるのだ。「けっこう、ケンカもやるときはやった」という亀井さんは、あるとき、小山さんにこう言った。

 「(作品が)はやらないと、無理には原稿を頼まないよ。でも酒くらいは飲もうよ、友達なんだから」

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 作家と編集者との関係は特別のものがあるんですね。小山ゆう先生がデビューする時、あるいは作品を書き続けるとき、そこには編集者との間にさまざまなドラマがあったんですね。小山ゆう先生は、このように人生を歩み、このようにしてマンガ家になり、そしてまたその後このように成長しているのですね。

 あなたはどう思いましたか?

小山ゆう先生の、●「がんばれ元気」、●「あずみ」、●「おれは直角」、●「いざ!!竜馬」、●「スプリンター」、●「ももたろう」は、東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

・・・・・

小山ゆう
1948年静岡県生まれ。「さいとう・プロダクション」のアシスタントを経て独立、73年に「おれは直角」でデビュー。76年から5年間「がんばれ元気」が少年サンデーに連載され、80年にはテレビアニメ化されてヒットした。現在も「あずみ」を小学館ビッグコミックスぺりオールに連載中で映画化もされている。

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2007年3月 1日 (木)

3月の「季節のマンガ」コーナーは、名づけて「新たなスタート」、です

 東京漫画探偵団には、「今月のスタッフ一押し」コーナー「今月の特集」コーナーのほかに「季節のマンガ」コーナーというものもあります。その時期その時期にあわせて、ぜひ皆さんに読んでいただきたいマンガを揃えています。これは最近作られたコーナーです。ほかのコーナー同様お客様に楽しみにしていただけるようにしたいと思っています。

 3月から4月にかけてはいろいろな意味で物事が始まる季節でもあります。新しく何かを始めるときは、気持ちを新に明るいスタートを切りたいものです。そこで今月の「季節のマンガ」コーナーは、名づけて「新たなスタート」、です。

みなさん、前向きに新たなスタートを切ってくださいね。

それではご紹介しましょう。

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0301_01小山ゆう作 「スプリンター」 小学館・全15巻

「あずみ」の小山ゆうが描く現代青春モノ。どちらか一つ選ぶなら日本の政財界トップ or 世界一早い男??。

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0301_04曽田正人作 「Capeta」 講談社・全12巻

カペタこと勝平太は父子家庭の中で長らく“ガマン”を強いられてきた。しかしモーターレースとの出会いをきっかけに、抑圧されていた才能は解放され、カペタのレーサーとしての人生がスタートする。

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0301_02ゆうきまさみ作 「じゃじゃ馬グルーミン・UP!」 小学館・全26巻

ゆうきまさみの競馬マンガ。パトレイバー同様、魅力的キャラクターが多く、主張しすぎず登場するのはサスが。牧場ののどかさとレースのスピード感が相混じった心地よい作品である。

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いかがですか。

前向きに新たなスタートを切れそうですか?

ぜひともそうしてくださいね。

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 「新たなスタート」のマンガは東京漫画探偵団(まんたん)の「季節のマンガ」コーナーに置いてあります。

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