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2007年4月30日 (月)

日本のマンガのソフトパワーが新たな潮流を生み出している

外国のファッションや音楽に魅力を感じて,その結果その国が好きになるという経験を多くの日本人が持ってきました。団塊の世代はもちろんアメリカの文化が憧れだったのです。その名残は今でも見られます。若い歌手が日本語で歌っているのに「ラリルレロ」が極端な巻き舌で歌われるのはそれかもしれません。

しかし、今や日本の文化が世界を魅了し始めています。マンガがそうです。世界のあちこちで日本のマンガが読まれています。それにつれて日本の文化に魅力を感じ、日本に憧れをもつく国々も増えてきているのです。いわゆるソフトパワーです。マンガを取り巻く話題のうち、最近の産経新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか?

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか?

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事

なのです。

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は?

  というカテゴリーのなかで 

日本のマンガのソフトパワーが新たな潮流を生み出している

  と題して進めます。

・・・

 宇都宮尚志氏は産経新聞の平成19年4月29日付け総合面で次のように書いています。

・・・

世界は日本・アジアをどう伝えているか

ソフト・パワー 過去から脱皮 新たな潮流

 “焼酎大国”の韓国にワインブームが起きているという。4月17日付の韓国紙、朝鮮日報によると、ワインの昨年度の消費量は2万7000キロリットルを記録し、前年度より8%増加。2002年に比べ55%増えたそうだ。ソウルのデパートでは今月、「ワイン、倉庫大放出展」が開催され、売りに出された6万6000本のワインに市民が群がった。

 ブームの火付け役になったのが、ワインを題材にした日本のマンガ「神の雫(しずく)」(作・亜樹直、画・オキモト・シュウ)だ。05年11月に韓国で翻訳が出版され、70万部を売り上げた。3月7日付の中央日報は《マンガ自体も興味深いが、該博なワインの知識と各種ワインの紹介で、日本ではもちろん韓国国内でもワインのバイブルとなっている》と紹介。同紙は《韓国の酒文化を、焼酎や洋酒を混ぜて飲む「爆弾酒」からワインヘ変える追い風となった》とも伝えている。

 日本のマンガの影響はそれだけにとどまらない。昨年末に公開され、観客動員数700万人を記録した映画「美女はつらいよ」は、日本のマンガ「カンナさん大成功です!」(鈴木由美子著)が原作。 小説もベストセラー上位には日本の作品がずらりと並ぶ。4月5日付の中央日報は、韓国最大手の書店のトツプテンに日本の小説が6冊ランクされたのに対し、韓国の小説は2冊に過ぎなかったことを指摘、《文学もまた日流だ》と、驚きとともに伝えている。

 マンガ、アニメ、ゲームなど日本のポップカルチャーは今やアジア、米国、欧州のほか中東にまで拡大する勢いだ。05年の日本のアニメ市場規模は約2340億円。世界で視聴されているアニメの約6割が日本製というデータもある。

 その文化発信の旗振り役となっているのが“マンガ好き”を自任する麻生太郎外相だ。外相の諮問機関「海外交流審議会」は昨年11月に報告書をまとめ、マンガ作家らを「アニメ文化大使」として海外に派遣、日本のソフト・パワーの発信をさらに強化していくことを提案した。

 ソフト・パワーとは「強制や報酬ではなく、魅力によって、望む結果を得る力」だという。米ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授は、「その源泉になるのは第1が文化であり、他国がその国の文化に魅力を感じることが条件となる」と述べている(「ソフト・パワー」日本経済新聞社)。日本の外務省幹部は「ソフト・パワーが強ければ、その国への好感度が増し、影響力、外交力がさらに厚みを増す」と解説する。

 「韓流ブーム」をしのぐ勢いの「日流ブーム」に対し、韓国メディアは不安を隠せない様子だ。3月27日付の東亜日報は《国内に巻き起こっている日流ブームは尋常ではない》と伝え、多様性と想像力が日本のボッブカルチャーの強みだと指摘。同28日付の朝鮮日報は《大衆文化界が日本のブームに巻き込まれ、韓国大衆文化のDNAを支配してしまうのではないか》と懸念を伝えた。

 中国も同様だ。国内のテレビのゴールデン・タイムに日本など海外のアニメ番組を放映しないよう規制するなど、日本の文化浸透に神経をとがらせている。ただ、中国のメディアからは、拡大する日本のソフト・パワーに着目する声も出始めている。

 4月19日付の香港紙、明報は《海外に出た中国人は、世界に広がる日本の良いイメージに驚かされることがある。・・・それは日本の持つソフトなイメージだ。・・・日本のアニメやゲームなどは全世界の若者の生活に入り込み、世界規模の文化現象になった》と伝え、中国としてもソフト・パワー戦略を再検討すべきだとする論文を掲載した。

 シンガポール国立大学のリズ・マクラクラン助教授は《日本はかつてこの地域を侵略した歴史を持つために文化振興にはためらいがあった。しかし、考え方は徐々に変化しており・・・(日本は)自信を持ち始めている》(3月31日付のシンガポールの英字紙トゥデー)と述べている。

 日本のソフト・パワーはもはや過去の心理的な制約にとらわれず、新たな潮流を生み出しているようだ。

       (宇都宮尚志))

・・・

 うーん。

 マンガを取り巻く環境は国境を越えて広がっています。私たちが良いと思うマンガは多くの国々でもよく読まれています。マンガの持つ力がいつの間にか世界に日本の文化を広めているのですね。時にはこのような視点でマンガをとらえ直すことも必要ではないでしょうか。マンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。

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2007年4月29日 (日)

漫画を多用した教科書はマンガと生徒をバカにしている?

文章で読ませるよりもマンガを用いたほうが理解されやすいし興味をもたれる、としてマンガを多用する事例があちこちで見られるようになりました。教科書も例外ではありません。マンガが以前とは違う役割を演じるようになってきているのでしょうか。マンガを取り巻く話題のうち、最近の産経新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。 

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか? 

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか? 

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事 

なのです。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

  漫画を多用した教科書はマンガと生徒をバカにしている?

 

  と題して進めます。 

・・・ 

 漫画家・さかもと未明先生は産経新聞の平成19年4月29日付け文化面で次のように書いています。

・・・ 

漫画を使うと理解が進む?

 先日、女性週刊誌から,「漫画を多用した教科書」について意見を求められた。いくつかの検定教科書が漫画を多用し、「分かりやすく興味を持ってもらえる教科書」にしようとしたらしい。

 私も漫画家の端くれなので、漫画の情報伝達力や、若者への影響力が認められたことは嬉しい。が、漫画を使いさえすれば、生徒は本当に数学や歴史に興味を持ち、学力を向上させることができるのだろうか。「勉強のできない子供でも漫画なら読むだろう」というその発想自体が、漫画と生徒を馬鹿にしているようで、どうも腑に落ちない。

 聞けばいまどきは、九九ができなかったり、アルファベットが書けなかったりする高校生が珍しくないのだという。「ゆとり」の名でそんな子供をつくったあげくに、漫画によって指導しようとしているふりをされても困るのだ。九九ができない学生に、漫画でなら三角関数を教えられると思うのは、欺瞞であり、ごまかしだ。本当に三角関数を教えたいのなら、九九はもちろん、二次方程式や図形について徹底的にマスターさせるのが前提だろう。

 そもそも九九ができないような状況で、高校に入学させることが間違いだ。九九ができるまで、小学校を卒業させずに面倒を見てやるのが“筋’というものではないか。

 教科書というのは、子供の方がそのレベルにまで成長するためのツール(道具)である。教科書の方が子供に合わせるというのは、本末転倒もいいところだ。そんなものはそもそも教科書ではない。教科書は子供に媚びることなく「学ぶべきこと」さえ記述されていればいいのである。

     (漫画家・さかもと未明)

・・・ 

 うーん。 

 マンガを多用した教科書には思いのほか、さまざまな問題点が秘められているのですね。マンガの持つ役割はますます増大しているとはいえ、教育についてはそれ以前に解決すべきことがあるような気がします。しかしながらマンガが以前とは違う役割を演じるようになってきているのは確かなことではないでしょうか。マンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。 

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2007年4月27日 (金)

「闇のパープル・アイ」は妖しく恐ろしく異形の、魔性の女の美しさに陶酔させてくれる

 知らず知らずに求めていた憧れの対象に、突然遭遇した時は、たとえて言えば落雷に見舞われたというべきでしょうか。しびれるようなショックを受けることでしょう。そんなマンガに出合えることができるとしたら大変幸せですね。昨日に引き続き「闇のパープル・アイ」を取り上げてみましょう。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  闇のパープル・アイ」は妖しく恐ろしく異形の、魔性の女の美しさに陶酔させてくれる

  と題して進めます。

 森雅裕先生は著書の「名作コミックを読む」の中で、篠原千絵作「闇のパープル・アイ」について次のように書いています。 

・・・

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   篠原千絵先生さま

お初にお手紙さしあげます。私、一介の小説書きです。モノカキを仕事とするものが、『先生』に『さま』をつけるなど、日本語のルールを無視してしまって申し訳ありません。ご自身、文章もまた素晴らしくお書きになる先生さまには、「なんだこのバカは」と憤慨、軽蔑、お腹立ちのことかもしれません。わかっちやいるけどそれでもなお、思わず過剰に尊敬したく、ついついなってしまうほど、かねてよりお慕い申し上げております。ほとんど打ちのめされるほど。

 正直に告白すると、先生さまの御作品を、私はかなり遅れて知ったのです。私にとって非常に貴重なこの出会いをもたらしてくれたのはウチの亭主です。同業の後輩であるところの宿六は、その昔高校生の分際でうっかりデビューしてしまった時、とある担当編集者から、ぜひとも少女まんがをたくさん読んでオンナゴコロをよく勉強するようにとアドバイスをされたとか。きやつの本棚にはすさまじいまでの分量の雑誌、書籍、ムック、コミックスなどなどがてんこもりになっておりました。どひやー、嬉しい、まだまだこんなに読んでないのがあったんだあ! と感動している私に、

 「これ知ってる? すごいぞ! うまいぞ! とんでもないぞ!」

と、勧めてくれたのが、他でもない。

『闇のパープル・アイ』でございました。

 最初は……ああ、お許しください……えーっ、この絵、あんまり好きなタイプじゃないなあ、ホラー系って趣味じゃないし……などと愚劣にも不遜なつぶやきを洩らしつつ、ページをめくりはじめたのでございます。主人公の少女の登校前のドタバタと幸福そうな食事風景、なーんだありがちのラブコメじやないかと少々焦れてきたその刹那。あの絵が。

 包丁のかすめていった己が腕を、

 したたるひと筋の赤い血を、

 静かに舐める倫子の姿が。

 頬をひっぱたかれたようなショックに、私しばし呆然と、恍惚と、ただただ見蕩れておりました。

 あの線。あの貌。あの表情。

 なんて妖しく、恐ろしく。

 そしてまた、なんと美しかったことでしょう。

 ……ヤバいよ、これは。

 払は慄え、しきりに生唾を飲み込みました。

 これを……この絵を……この主人公を、こんなエッチでヤクザでヘンタイなものを、小学生なんかも読んじやう雑誌にいきなし載せちやったのかよ、えーっ!?

 私は、彼女が、「やーん、切っちやったイターイ」なんてかわゆく泣いて「あきらかにヤバい事態に面してもあくまでイノセントに鈍感な主人公」であることを紹介されるのであろうと無意識に予想していたのでございます。しかし。しかし。意外にも。

 そこにいたのは、内気で優しくて幸福で平凡なそこらの女子高校生などでは微塵もない、異形のヒロイン、魔性の女、この世ならぬ場所に棲まうべき、美しい怪物そのものでありました。倫子は、その登場の直後から、どんなひどい目怖い目にあわされてもただキヤーキヤー逃げ惑うばかりの女の子などではないことを、きっぱりと自己主張していました。これこそ新しいフェミニズムであります。

 それにまた。どうやら、この作品は、払などの委細知らぬうちに、大変な人気と支持を得ていたらしいではありませんか。内気で優しくて幸福で平凡な(はずの)そこらの少女読者たちに。いくら世紀末だからとはいえ、怪奇お耽美ブームだからとはいえ。

 最近のこどもはあなどれない。

 私はウームと唸りました。

 私がティーンエイジャーだった頃でさえ、一般に、女の子はオマセで耳年増、同学年程度の男どもなど、アホでガキで幼稚で問題外のさらに外だったというのに。

 こーゆーもんを読み込んで確信もっちやった女の子たちを相手しなきやならないこれからの男の子たちは、さぞかし、大変だろーなー。ご苦労さん。そんなことも思いました。

 いいえ、もちろん、知っています。処女はもとからひどく危険なものです。童貞っていうと、未熟で無知で頭の毛が三本足りない感じがしますけど。

 私自身、処女だった頃が一番パワフルでデインジャラスだったことをよく覚えています。好きな男の子からかかって来る電話さえ憚られたあの季節の、抑圧と忿懣。からだとこころを螺旋にめぐり、行き場もないまま研ぎ澄まされていったエネルギーが、油断するとチョロチョロ思いもかけぬところからこぼれてしまう。夜中に鏡を覗く時、手も触れぬのに力ーテンがそよぐ時、確かに、異界の呼び声が聞こえた。

 魔女におなり。魔女にしてあげるよ。

 なぜか妙に足の重い朝、いつもの駅までの通学路をひとり歩いている私の前に、後にも右にも左にも、どこからともなく現れたたくさんの野良猫たち。よしなよ。行くの、よしなよ。危ないよ。よしなったら。そういう声が、聞こえた気がした。餌をやったわけでもないのに、撫でてやったわけでもないのに、なんでそんなにつきまとうの? いったいどこまでついてくるの? 振り切るように走りだし、胸をドキドキさせたまま改札を抜け、階段を登り切ると、いま、入ってきた電車に向かって、ホームから高々とダイビングするひとが見えた。

 別の朝、「どうしたの、遅かったじゃない」と母に言われて時計がくるっていたのに気づいたこともあります。直そうとして隣の弟の部屋に入ると、弟の部屋の時計も、ちょうど同じだけくるっていました。調べてみると、一階はなんともない。二階の……つまり、私の近くに、周囲にあった時計だけが遅れている。どこかに境界線があって、そこから上だけ、何時間か消えたんだ……立っていた階段がぐらっと揺らぎ、へたへたと座り込みました。

 あの力を、パワーを、エネルギーを、もしかすると、もっと他のことに使うことだってできたのかもしれない。曲がり角を間違えなければ、あるいは、私だって、倫子のように、あるいはもうひとつの大傑作『蒼の封印』の蒼子のように、美しく恐ろしい別の生き物になることができたはずだった、のかもしれないと思います。でも、気がついたら恋をして男のひとと一緒に暮すようになり、おまけに小説書きにまでなっちまってました。恋愛とクリエーションに注ぎ込めばエネルギーは無限に必要です。余りっこない。すると、さまざまな「変なこと」はサッパリ起こらなくなってしまったのでした。

 良かった、とホッとすればいいのでしょうか。犠牲の割に、たいしたことができてないと悔しく思ったほうがいいでしょうか。

 いまの私にもう一度チャンスかおるとしたならば。

 母だ。母になることですよね。倫子先輩の例を見ると、母親というのはいっそうレベルアップした魔女になりうるものなのだということがわかる。時を越え、死の淵からも蘇り、愛するものたちのために最後の戦いに挑み、そして勝つことができるのだから。

 新しい小説を書き出す時、よく『闇のパープル・アイ』を読みかえします。そのパワーを、才能を、なによりほんとうに描かれるべき作品だけの持つ生命を、素晴らしいエロティシズムを、どうかこの私めにもチョビッと分けてくださいと、せいいっぱいに祈りつつ。私の声はもはや異界には届かないかもしれないけれども。

 そんな風に御作品を崇め奉っている人間がいることを、先生さま、どうか、おこころの片隅に置いておいてください。そうしてまた素敵で恐ろしい魔女たちのものがたりを私たちに与えてください。

 素晴らしいお仕事を、ありがとうございました。

 どうそいつまでもお元気で。

・・・

 うーん。

 あなたも頬をひっぱたかれたようなショックを受けてみたいと思いませんか。しばし呆然と、恍惚と、ただただ見蕩れて見たいと思いませんか。妖しく恐ろしく異形の、魔性の女の美しさに陶酔できるかもしれませんよ。

 あなたも読んでみたいと思いませんか?

 篠原千絵作「闇のパープル・アイ」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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2007年4月26日 (木)

「闇のパープル・アイ」は自分でも手に負えないような闇の姿をさえ認め受け入れてくれる愛を描いている

 だれでも長所短所を持っています。そんな良いところ、悪いところをすべてそのまま認め、受け入れてもらえたらこんなうれしいことはありません。逆に、自分が誰かのすべてをそのまま認め、受け入れ、愛することができたら、それはもっとすばらしいことではないでしょうか。そんな気持ちで楽しめるマンガがあります。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「闇のパープル・アイ」は自分でも手に負えないような闇の姿をさえ認め受け入れてくれる愛を描いている

  と題して進めます。

 佐藤先生は著書の「名作コミックを読む」の中で、篠原千絵作「闇のパープル・アイ」について次のように書いています。 

・・・

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  ダイエット願望を持たない女性は圧倒的少数派だという。とは言っても大半は、数日あるいは数カ月間の熾烈な闘争の末、「まっ、いいか」と失敗をくりかえすのが平均的パターンなのだが、ときどき、意志堅固で当初の目標を断固やり抜いてしまう女性もでてくる。こうなれば、女性たちの夢が実現されて理想かといえば、問題はそんなに単純ではない。すべてのユートピアがそうであるように、一つの目標だけを貫いて実現した姿はバランスを欠く。わかりやすく言えば、過食症や拒食症の地獄におちこむ危険がしばしば待ちかまえることになる。

 そんな苦しみの中にいる一人の女性から、ダイエットの苦しみを聞いたことがある。ダイエット中はともかく頭の中が食べることばかりで一杯になってしまうそうだが、あまりのひもじさに夜の夜中、みんなが寝静まった頃、そっと台所に忍び寄って冷蔵庫の扉を開けてしまうのだという。この冷蔵庫の扉を開く瞬間は誰にも見られたくない瞬間なので、もしや万一その時に、誰か家族の一人が近づいてくる気配などを感じたら、全身が凍ってしまうような緊張にとらわれて、さっと扉を閉めてその場を離れるのだそうだ。

 考えてみれば、奇妙な話だ。当人だけが勝手にダイエットしようと決意したものなのだから、誰に見られようとそんなことはどうでもよいように見えるが、問題はそんなに簡単ではない。そこには変身への強い願望が秘められているからだ。

 篠原千絵の『闇のパープル・アイ』にはまさしくそんな場面がでてくる。ヒョウに変身してしまう自分の中に、夜中になると血のしたたる生肉を求める欲望が存在しているのを見て、自己嫌悪に陥る場面があるのだ。この作品を読み始めるやいなや、私はダイエットに走る若い女性たちの姿を重ね合わせてみていたので、「あっ、来た来た!」と心のなかで叫んでしまった。

 女性たちをとりまく文化的コントロールは、まだまだ圧倒的に強い。自己主張の強い女、攻撃的な女は嫌われるという思いは、多くの女性に激しい自己抑制を迫る。だから、昼の明るい間は静かでおとなしくてカワイイ女として生きているが、夜の闇の中では昼の自分には想像もできないほど激しく攻撃的な自分の変身した姿が登場する。それは昼間の自己抑制が強ければ強いほど、逆にそれだけどうしようもないほど奔放なものなのだ。ダイエットの例でいえば、拒食と過食の際限のないくりかえしがそれだ。拒食でガリガリに痩せている若い女性も、じつは他人の見ていないところで、気のくるったように食べまくる場合が少なくない。アンパン15個に、おむすび8個、アイスクリーム6個、ポテトチップスが10袋、チョコレート13枚、さらにハンバーグ7個といったように一気に食べまくる。経験者によると、食べまくるというよりは喉に詰め込みまくるのだという。いくら食べても満腹感はないのだが、今度はこれを全部喉に指を突っ込んで吐きまくる瞬間が耐えられないのだという。この時に、自分の生きている実在感が得られるのだそうだ。

 こんなわけで時には吐いたものでトイレの排水管が詰まってしまい、そうしてはじめて拒食症状が家族に分かるといったこともあるようだ。この獣のように(現実の動物はこんな食べ方はしない)食べまくる姿は、自分の中で決して認めたくないものなのだが、こうした自分が認めたくもないもう一人の自分との際限もない葛藤こそが、この作品の中心テーマだろう。

 さて、この作品が若い女性たちに強く支持されたもう一つの理由は、やはり男性との関係だろう。尾崎倫子にとっては水島慎也が、水島麻衣にとっては高階暁生がそうであるように、自分でも手に負えないような闇の姿をも認め受け入れてくれるような愛の対象の存在は、このストーリーの絶対に必要な部分だ。

 「私は愛している。なぜなら、私はきみが生きて存在してくれることを願っているからだ」(アウグスティヌス)という絶対的受容こそが今の若い世代が痛切に求めるものだ。単に「愛している」という言葉が重要なのではない。自分の野獣としての存在を認め、時には、自分さえも予想しなかったような妊娠や、愛しているわけもないような人とのキス、といった自己嫌悪してしまうような経験さえも受け入れてくれ、自分の味方になってくれる男性の存在こそが、このストーリー全体の要をなしている。自分をたえず脅かして襲おうとし、自分を別の世界の奴隷にしてしまおうとする外界の圧力(これは企業戦士や受験戦争を強いる現代の社会そのものだ)のなかで、必要なのは自分と同じ立場になってそれに対抗してくれる仲間であり、そこでの愛なのだ。

 拒食に苦しむ女性の相談を受けたとき、同じ苦しみを克服したという別の女性に尋ねてみた。すると彼女の答えは明快で単純なものであった。「一番いい方法は、佐藤さんがその人を愛してあげることよ」。これには心底マイッタ。そんなこと考えもしていなかったからだ。まあ、そんなにつぎつぎと女性を代えて愛することもできないが、アウグスティヌスのいう意味で相手の思いを絶対的に受け入れてみようという気持ちだけはそれから持つようにし始めた。

 それにしてもこの作品が少女まんがとして圧倒的な人気を博した理由はよく分かる。苦しみや葛藤が何よりも身体の問題として受けとめられ、しかも対人関係がじつに触覚的に描かれているのだ。「ピチャピチャ」「ポタポタ」「ドクン」「ドキンドキン」「ゾクリ」「ズキン」などという言葉があちこちに氾濫しており、それが自ずと皮膚感覚的な反応を読者に引き起こしている。しかも、その圧倒的多数は、誰かに攻撃されたり、傷つけられたりしたときにイメージされるような擬音語や感覚の表現だ。

 女性たちがこういう感性を生まれつき男性より鋭く備えているからこうした表現が好まれるのだろうか。それとも少女まんがの世界そのものがこうした感性を女性たちに醸成するために文化的機能をはたしているのだろうか。少なくとも、現状の中で女性が何を考え何を期待しているのかは、少女まんがの世界がかなり明確に示してくれる。男は少女まんがを読むべし。

・・・

 うーん。

 世の男性諸氏、このブログを見てくださった男性の皆さん、どうでしょう。この漫画、そして少女漫画を読んでみてはいかがでしょうか。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 篠原千絵作「闇のパープル・アイ」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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2007年4月24日 (火)

乙女チックな世界に魅入られた男性 「オトメン」 はいまや注目の種族?

趣味は人それぞれの個性が出て楽しいものです。一般的に人気のある趣味もあれば、いっぽうでレアな趣味の世界もあります。意外な趣味が注目されています。予想外といえるかもしれません。マンガを取り巻く趣味の話題のうち、最近の日本経済新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。 

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか? 

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか? 

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事 

なのです。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

  乙女チックな世界に魅入られた男性 「オトメン」 はいまや注目の種族?

 

  と題して進めます。 

・・・ 

 日本経済新聞の平成19年4月21日付けアーバンBiz面で(天)氏は次のように書いています。

・・・ 

0424 さぶかるウオッチング

「オトメン」・・・乙女な世界に遊ぶ男性

 ふわふわでキラキラでスイート。そんな少女マンガに代表される乙女チックな世界に魅入られた男性が「オトメン」(乙男)。注目の種族だ。

 語源はマンガ「オトメン」(菅野文著)。高校二年生の正宗飛鳥はイケメンで硬派、剣道部所属で武道万能の男子。ところが裏では少女マンガにほほを染め、料理や裁縫など乙女方面の才能にも秀でる。そんなギャップに悩みつつも「乙女」はやめられない……。内なる乙女心を公表できない男性読者がそんな設定を支持、人気上昇中だ。

 少女マンガ好きを自認する男性は、一九七〇年代からの少女マンガ全盛期から大学生などを中心に存在した。もっとも彼らは研究会を組織して評論に走ったりと「オトコは普通好きにならないモノを好きな自分」をてらうアプローチだった。

 しかし現代のオトメンたちは徒党を組むこともなく、実に自然に乙女チックな事物をめでる。日常生活はそつなく、細身のスーツを身にまとい、仕事の合間や帰り道に書店に立ち寄っては発売日の少女マンガ単行本を買い込む。そしてひとり自室で心置きなく、乙女な世界に遊ぶのだ。(天)

・・・ 

 うーん。 

 趣味は個性が出て楽しいものですね。マンガが好きなあなたはどんな趣味を持っているのでしょうか。一般的に人気のある趣味もあれば、いっぽうでレアな趣味の世界もあります。意外な趣味が注目されています。乙女心を自然に持てる男性。 

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2007年4月23日 (月)

なんと、漫画に検定試験ができます!

マンガを描く能力はどのくらい?といってもなかなかむずかしいですよね。作品が公開されている場合は読者の反応がそのバロメーターになるといえるかもしれません。しかし一般の人の場合はどうでしょう。マンガを取り巻く話題のうち、最近の産経新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか?

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか?

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事

なのです。

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は?

  というカテゴリーのなかで 

  なんと、漫画に検定試験ができます!

  と題して進めます。

・・・

 産経新聞の平成19年4月23日付け社会面で次のような記事がありました。

・・・

6月に初の漫画検定

あなたの描く能力は?

 京都や竜馬、時刻表、明石・タコなどユニークな検定が次々と生まれる中、6月に「漫画能カ検定(漫検)」が誕生する。知識を問う形式が多い従来型の検定とは異なり、漫画を描く能力を評価する検定だ。検定人気が高まるなか、主催者は「漫画文化の発展につなけたい」と意気込む。だが「創造的な行為を評価できるの?」といった声もあるという。

 漫検は、出版や各種の検定を手がけるJAGAT」(本社・東京)が実施する。

 全国約100の大学、専門学校に漫画科や漫画コースが設けられ、約700の高校に漫画研究会(同好会)があるなど、漫画を勉強している人は相当数いるとされる。だが客観的な評価基準がないため、同社は「趣味で漫画を描いている人たちも含めて自分の実力を知ることができるように」と実施を決めた。

 これまで各種の検定を実施してきた経験からノウハウをもつ同社のスタッフと、漫画の専門学校の指導者らが、レベルの設定や問題の出し方、採点基準などを検討。

 指定された条件に合わせて、キャラクターを描く「漫画キャラクター検定」やストーリー漫画を描く「漫画ストーリー検定」、指定の技法で描く「漫画技法検定」などがあり、それぞれI~3級のランクを設けた。

 同社の牧野常夫社長は「創造的なものを点数化することに批判はあるだろうが、客観に近い基準ができたと思う。定着させ、漫画文化の底辺拡大につなげたい」と話す。

 初回検定は6月17日に東京(お茶の水女子大学)と大阪(東大阪大学で行われる。受検料は、検定項目ごとに各5000~7000円。申し込みの締め切りは5月25日。問い合わせは同社(電話03・5276・2221)へ。

・・・

 うーん。

はたしてマンガを描く能力を検定することが必要か、といった考え方もありますが、何らかの方法で客観的に評価してもらいたいというという気持ちも理解できます。世の動きの中で、資格とか検定とかが注目されています。マンガの世界も例外ではないのですね。マンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。

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2007年4月22日 (日)

アニメ「ミナの笑顔」がアジア諸国の多様性と共通性を考えさせてくれた

マンガの将来を考える時、アニメなどほかの動きにも注意を払う必要があります。国際化が進展し、日本のマンガが世界で読まれることを思うと、アジアの国々でマンガやアニメがどのような方向に動いているか大いに興味がわきますね。

アジアの多様性を意識すること、それぞれの個性的な動きを理解することは、アニメだけでなく、マンガでも必要なことではないでしょうか。マンガを取り巻く話題のうち、最近の産経新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか?

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか?

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事

なのです。

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は?

  というカテゴリーのなかで 

  アニメ「ミナの笑顔」がアジア諸国の多様性と共通性を考えさせてくれた

  と題して進めます。

・・・

 杉並アニメーションミュージアム・鈴木伸一館長が産経新聞の平成19年4月22日付け文化面で次のように書いています。

・・・

0422 サブカルさーふぃん

アニメ 「ミナの笑顔」 アジアに向け新鮮な作品

 先月下旬、東京ビッグサイトで開催された「東京国際アニメフェア」は、世界でも最大規模のアニメの祭典で、日本アニメの人気もあってか、外国からのブースも増えて大にぎわいであった。

 その中で、ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)と日本動画協会の協力による「アジア・パシフィック アニメ国際会議」が、中国、インドネシア、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、日本の8力国のアニメ関係者を集めて行われた。

 韓国、中国、日本以外はアニメについて発展途上にあり、各国の報告はなかなか興味深いものがあった。マレーシアでは若いアニメ作家を育てるシステムが構築されているのだという。韓国と中国は、さらに自国のアニメ産業を保護、育成しようという政策がみえた。

 しかし、アジア諸国では、日本のアニメはまだまだヒットし、よく見られているのが現状だ。わが国のホップカルチャーの特徴である「かわいい!」が、人気のキーワードなのだろう。今回のフェアの会場でもコスプレのかわいい女性たちが来場者の視線を集めていたが、アニメ国際会議で上映されたACCU制作「ミナの笑顔」=写真=は、そんな日本のアニメを見慣れたアジアの関係者にも新鮮な感じで受け止められたようだ。識字をテーマに農村で暮らす一家を描いたアジア諸国向けの作品で、すでに31カ国で公開されている。

 私も演出を担当したのだが、アジアの多人種、多宗教、多慣習などを意識したキャラクター作りで、「日本の後を追いかけなくても、自分たちの姿を見つめた作品を作れば」と、関係者たちは実感してくれたのだろう。このことは、会議の収穫の一つになったと思う。

                          (杉並アニメーションミュージアム館長・鈴木伸一)

・・・

 うーん。

アジアを単純に一つの地域と考えてはいけないのですね。アジアに共通の文化的側面を認識することははもちろん必要ですが、同時にアジアのもつ多様性を知らなければなりませんね。アジア各国それぞれの個性的な動きを理解することは、アニメだけでなく、マンガでも必要なことですね。時にはこのような視点でマンガの行く末を考えることが、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大切ではないでしょうか。

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2007年4月21日 (土)

経産省が7月にコンテンツ仮想市場を開きクリエーター支援を始める

クリエーターの才能を発掘、育成、商品化支援を国が取り組む動きが出ています。アニメやゲーム、マンガなどのコンテンツ市場の拡大が背景にあります。マンガを取り巻く話題のうち、最近の日本経済新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか?

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか?

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事

なのです。

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は?

  というカテゴリーのなかで 

 経産省が7月にコンテンツ仮想市場を開きクリエーター支援を始める

  と題して進めます。

・・・

 日本経済新聞の平成19年4月21日付け夕刊1面で次のような記事がありました。

・・・

0421 アニメなどの制作者発掘

経産省7月にもネットに作品公開市場

 経済産業省はアニメ、ゲームなどの個人制作者(クリエ-ター)を支援し、優秀な作品の商品化を促す事業を始める。七月にもインターネット上に作品を発表する仮想市場を設ける。アニメや映画、放送などの業界にも参加を呼びかけ、商品化してもらう。アニメなどコンテンツ市場の拡大が続くなか、官民で埋もれた才能を発掘する。

 作品を発表したいクリエ-ターは、仮想市場にアニメ、ゲーム、動画、イラストなどの作品を公表する。登録無料の会員制で、初年度は二千人、五年後に国内外から三万人の登録を目指す。海外のクリエーターが参加しやすいように英語で投稿できる環境も整える。

 作品はネットを通じてだれでも見ることができる。内容についての意見を投稿できるほか、あらかじめ与えられた持ち点で採点する。

 こうした評価を参考に優秀作を商品化するため、経産省は五月に仮想市場に参加する業界団体や企業を公募する。アニメ制作の業界団体、日本動画協会(東京・千代田区)は加わる方向。放送や映画、出版、ゲームなどの業界団体にも参加を呼びかける。

 携帯電話向けの短編動画の需要が伸びていることから、携帯電話会社などの参加も見込んでいる。資金支援する投資ファンドの参加も認める。

 商品化した作品の輸出も後押しする。コンテンツの権利関係者を検索できる玄関(ポータル)サイトとして日本経団連が五月に関く「コンテンツ・ポータルサイト」と提携。作品を外国語訳し、海外の仲介業者に見てもらう。

・・・

 うーん。

 アニメやゲーム、マンガなどのコンテンツ市場が拡大しています。そのなかで、クリエーターの才能を発掘、育成する動きは歓迎です。特に商品化支援を国が取り組む動きは注目されます。日本経済の中で、産業としてのコンテンツ市場の発展は、マンガの行く末とともに、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、重大関心事ですね。

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2007年4月19日 (木)

「三丁目の夕日 夕焼けの詩」の原点はSF的思考である

 西岸良平作「三丁目の夕日 夕焼けの詩」については「夕焼けの詩 三丁目の夕日」を読むと善人でありたいと切実に思うと題して一度取り上げたことがあります(http://man-tan.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_6bd5.html)。

 このマンガに一貫しているのがSFでいう「時間テーマ」であるという視点の興味ある文を新聞の文化欄で見つけました。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「三丁目の夕日 夕焼けの詩」の原点はSF的思考である

  と題して進めます。

 評論家の切通理作先生は4月15日付け産経新聞文化欄で、西岸良平作「三丁目の夕日 夕焼けの詩」について次のように書いています。

・・・

0419_00 サブカルさーふぃん---マンガ

三丁目の夕日 夕焼けの詩 原点はSF的思考

 長寿の人気作を持っているベテラン漫画家は、人生の多くをその一作に費やさなければならない使命を負う代わり、その枠の中でバラエティー豊かな要素を盛り込める特権を持つ。子どものころから描いていたSF冒険活劇を映画原作の「大長編ドラえもん」シリーズに活かしていた藤子・F・不二雄もそうだが、『三丁目の夕日 夕焼けの詩』(小学館ビッグコミックス)の作者・西岸良平もそんな一人だろう。夕日町の庶民たちのドラマに交じって、時に化け狸一家の視点で語られたり、UFOや宇宙人の到来、そして私立探偵による推理モノ仕立てになったりもする。

 映画も大ヒットして「昭和30年代ブーム」の象徴とみなされる作品だが、単行本50巻を超える連載を通読すると、作者に一貫しているのはSFでいう<時間テーマ>であることがわかる。人間は意識の世界に入り込むことによって過去にタイムトリップできるが、それは幻影なのか現実なのかが繰り返し問われる。

 単行本第2巻に取録された「狂った映像」(1972年)は、宇宙飛行士の火星着陸が「ヤラセ」だったという、後にSF映画「カプリコン・1」(77年)で使われた陰謀説を早くも盛り込んでいる。秘密保持のため宇宙飛行士の命が狙われる展開も同じだが、結局「正義が勝つ」というラストがやや食い足りない映画と違い、西岸版は宇宙飛行士が死んだという事実そのものも、またあらかじめ作られた映像だという二重三重の仕掛けを用意している。仮想現実というテーマを35年前から描けていたのだ。西岸の世界が回顧ブームに乗った一過性のものではない所以である。

                             (評論家・切通理作)

・・・

 うーん。

 長寿を誇る人気マンガにはやはり長寿であるべき理由があるのですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 西岸良平作「三丁目の夕日 夕焼けの詩」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年4月18日 (水)

「団塊部長」ほろ苦いリアルな姿

団塊の世代はマンガとともに成長をしてきました。団塊の世代がマンガの重要な読者であることは間違いありません。しかも、単に重要な読者であるばかりではなく、マンガを含めた、さまざまなサービスや商品の売れ行きを左右する大きな影響力を持っているのです。しかしながら大きな影響力を持つ彼らには一抹の物悲しさも感じられます。

マンガを取り巻く話題のうち、最近の産経新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。 

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか? 

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか? 

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事 

なのです。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

  「団塊部長」ほろ苦いリアルな姿

  と題して進めます。 

・・・ 

 日本経済新聞の平成19年4月14日付け夕刊のマーケット総合面で「瞳」氏は次のように書いています。

・・・ 

さぶかるウオッチング 「団塊部長」ほろ苦いリアルな姿

 「ビッグコミック」で連載中の四コマ漫画「銀のしっぽ」。本来の主人公は飲み屋のママだが、最近、脇役の男性客「団塊部長」の登場頻度が増し、主役を食いかねない存在感をみせている。

070416  「いわゆる団塊世代向けとされる車」を見た団塊部長は「ひとまとめに年寄り扱いして。オレはその手に乗らんぞ」と憤り、「若い方をターゲットに」開発されたとうたった車を即決購入。その後、テレビで「最近、若者向きの車が団塊世代に売れている」というニュースを見て頭を抱え、周りからは「結局、同じところに流れてるようね」と冷笑されてしまう。

 役員として会社に残る同期をねたみ、「暇だと人生振り返って何かを深く反省しそう」と退職ぎりぎりまで雑用に打ち込み、定年後は「やることがないから」毎日定刻に飲み屋へと顔を出す、という具合だ。

 広告や雑誌で描かれる「妻と豪華客船」「いきいきボランティア」といった絵空事とは全く異なるリアル団塊の姿はほろ苦い笑いを誘う。彼ら「団塊部長」たちの共感を呼ばないような新商品・新サービスではヒットはおぼつかない。   (瞳)

・・・ 

 うーん。 

 団塊の世代はマンガとともに成長をし、マンガに大きな影響力を持っているんですね。それは単に重要な読者であるばかりではなく、マンガを含めた、さまざまなサービスや商品の売れ行きを左右しているんですね。でもその団塊の世代には一抹の物悲しさも感じられますね。あらためてマンガの行く末に思いを馳せてしまいます。 

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2007年4月17日 (火)

週刊マンガ誌で小説の連載が始まった

小説は面白いです。マンガも面白いけれども、小説はまた違った楽しみ方ができるものですね。でも、同時に読むことは余りありません。それが、同時に読めるようになってきたんです・・・。マンガの世界にも新しい動きが出てきました。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

  週刊マンガ誌で小説の連載が始まった

 

  と題して進めます。 

・・・ 

 産経新聞の平成19年4月17日付け文化面で上塚真由氏は次のように書いています。

・・・ 

小説 伊坂幸太郎さんマンガ誌に連載

0417  独創的な作風で若い読者に人気の作家、伊坂幸太郎さん=写真=が今月から、週刊マンガ誌「モーニング」(講談社)で小説の連載を始めた。小説家が、マンガ誌で作品を発表することは極めて珍しい。伊坂さんは「マンガを読む目的の読者にどこまで読んでもらえるのか試したい」と意気込みを語る。

 5日発売のモーニングから始まった「モダンタイムス」。物語は、29歳の会社員が見知らぬ男から拷問を受ける場面から始まる。どうやら浮気を疑う妻が差し向けたらしい。舞台は徴兵制度が実施されている数十年後の日本。さまざまな伏線らしい仕掛けがあるが、初回を読んだ限りでは、どんな展開になっていくのか予側がつかない。

 「もちろん大まかな構想はできていますが、細かい展開は(マンガのように)編集者と2週間に1度打ち合わせをしながら決めていきます」と明かす。

 連載小説はマラソンのようなものだが、この連載はむしろ「全力疾走の積み重ね」になりそうだという。「完成度としてはいびつなものになったとしても、変なエネルギーにあふれた小説になるのではないかな、と期待しています」

 モーニングの編集者、佐渡島庸平さんは「マンガの場合は、締め切り直前で面白い展開にガラッと変わることがよくある。小説も細かく打ち合わせをしたら、きっとより面白い作品になる」とマンガ誌連載の醍醐味を話す。

 どうしたらマンガの読者にも楽しんで読んでもらえるのか? 1年間ほど頭を悩ませた結果、ある結論にいたったという。

  「最初は活字を減らしてマンガのように気軽に読める作品にしようともくろんでいましたが、途中で有効な方法ではないと考えるようになりました。小説はマンガと違い、一文に多くの情報を盛り込むことができるので、脇道でおかしさを出すことも可能。『小説だからこそできること』を見つけていける予感がしています」と伊坂さんは語る。

読み手にとって面白い作品ならば、マンガ、小説の区別はないだろう。無謀ともうつる挑戦は、そんな自信に裏打ちされている。            (上塚真由)

・・・ 

 うーん。 

 小説とマンガが同時に楽しめるんですね。週刊マンガ誌の「モーニング」が思い切ったことを始めました。読者はどのような楽しみ方をするんでしょうか。小説はどのような展開をするのでしょうか。新しいことに挑戦する動きは、マンガの世界のダイナミックな一面の現れでしょうか。今後の動きに注目してゆきたいですね。マンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。

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2007年4月16日 (月)

懐かしい人が来てくれました。5年ぶりのことです

懐かしい人が来てくれました。

5年ぶりのことです。

うれしかった。

東京漫画探偵団でかつて、スタッフとしていい仕事をしてくれた人です。

M.Y.さん。

若くてハンサムで優しくて絵が上手。

細やかに神経の行き届いた、でも、芯のしっかりした好青年。

Photo_17 5年前にこのイラストを書いた人。

そのM.Y.さんが5年ぶりに元気な笑顔を見せに来てくれました。

立派になって、どことなく頼れる風格を漂わせて、

でも、昔のままの少年っぽさものこっている。

デザイナーとして数々の仕事をこなすかたわら、

昔からの漫画家の夢を今でも追い続けている。

着実な仕事振り、絵やデザインやマンガの実力向上の奇跡を

熱く語る姿は昔のままです。

作品の一部を見せてもらいました。http://www.brock-inc.net/

まだまだ、と謙遜。

でも意欲は満々。

それでいて、自分の進路に真剣に取り組み、悩み、情熱を燃やしています。

今度書き溜めたものを見せるといってくれました。

あっという間の3時間でした。

うれしかった。

店長という仕事を10年間続けていて一番うれしいと思うのは、

こんな時です。

M.Y.さん。

また来て下さい。

東京漫画探偵団はあなたを応援します。

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2007年4月13日 (金)

伝奇ミステリー特集

Uemura こんにちは、まんたんスタッフのうえむらです。
すっかり春ですね。春とはあまり関係ないのですが、
今回は伝記ミステリー特集です。

Photo_13 まず最初にご紹介するのが星野之宣「宗像教授伝奇考/宗像教授異考録」です。
過去に2時間サスペンスドラマ枠でドラマ化されているので、
ご存知の方も多いかと思われます。
東亜文化大学で民俗学の教鞭をとる宗像伝奇
(むなかた・ただくす)が活躍するシリーズです。
主人公の名前が、博物学者、粘菌学者であると同時にすぐれた民俗学者でもあった
南方熊楠のもじりであることは言うまでもありません。
宗像教授は特徴的なファッションと豪快な胃袋、そして異質な、しかし
説得力のある学説を持った一風変わった大学教授。
日本各地・世界各地にあるさまざまな神話・伝承。
それらの裏側に潜む不可視の歴史的真実を、主人公独特の鋭い弁舌で
白日の下にさらすという物語です。
世界各地で語り継がれてきた神話や伝説には、何らかの歴史的事実が秘められている。
主人公独自の観点からそれらを調査分析し、知られざる史実を解き明かしてゆきます。
こうして書くと難しそうで敬遠してしまうお客様もいらっしゃるかと思われますが、
一度読み始めると、まるで推理小説のように導入部でひきこまれてしまいます。
そして物語が進むと同時に解き明かされる謎に、気がつけば夢中になってしまう作品で
す。
日本の古代史が好きな方、謎や不思議が好きな方におすすめです。


Photo_14 もうひとつご紹介したいのが諸星大二郎「妖怪ハンター」シリーズです。
心霊現象・太古の神々の存在を信じる異端の考古学者・卑田礼二郎
(古事記の語り部と言われる稗田阿礼に由来)が活躍するシリーズです。
各話完結で古事記、日本書紀、平家物語といった古典をモチーフに、
独特の絵柄でとても変でとても恐ろしい、でも面白い世界を構築しています。
Photo_15 このシリーズのひとつであるイエス・キリスト復活をモチーフにした名作「生命の木」

「奇談」というタイトルで映画化されていますが、映画をご覧になった方も
ご覧になっていない方もぜひ原作のもつ独特の味わいを
確かめてみてほしいと思います。
Photo_16 東北地方に残る隠れキリシタン信仰に作者独自の切り口でせまり、
「もうひとつの」聖書の世界がとてつもないスケールで展開されてゆくさまは
読んでいて戦慄が走ること間違いなしです。
「天狗の宝器」を巡る5人の人間の数奇な運命を描く最新作「魔障ヶ岳」も読み応えが
あります。
古事記や世界の神話、またクトゥルー神話などがお好きなコアなお客様にも
おすすめです。

「宗像教授伝奇考」「宗像教授異考録」

「妖怪ハンター 海竜祭の夜」「妖怪ハンター 黄泉からの声」

「妖怪ハンター 魔障ヶ岳」は、まんたんに置いてあります。

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2007年4月12日 (木)

ペプシマンの立ち読みを覗いてみちゃったんです

0701193_020 ペプシマンが熱心にマンガを探しています。

そして何かを立ち読みし始めたんです。

一体何を見ているのかしら、

見つかったのかしら。

後姿がなんともいえません。

どんなマンガを立ち読みしているのかしら。

イヤに熱心に見ています。

見つけることができたのでしょうか。

気になります。

0701193_019 つい、

覗いてしまいました。

あらっ。

面白そう・・・

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2007年4月11日 (水)

ペプシマンが立ち読みしています

0701193_014_1  ペプシマンが漫画を探しています。

熱心に探しています。

一生懸命です。

一体何を探しているのかしら。

どんなマンガを読みたいのかしら。

気になります。

・・・

0701193_018 あら、立ち読みを始めました。

見つかったのかしら。

なんだか、手伝ってあげたい気がしてきました。

ちょっと応援してあげたいですよね。

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2007年4月10日 (火)

ペプシマンがマンガを選び始めました

皆さん、皆さん、また、やってきました。

あのペプシマンです。

久しぶりにあのペプシマンが「まんたん」にやってきたんです。0701193_012

そして、何をするのかと思ってみていると

熱心に漫画を探し始めました。

一体何を探しているのかしら。

どんなマンガを読みたいのかしら。

気になります。

見つかるかしら?

大丈夫かしら?

・・・

ペプシマンってマンガが好きなんですね。

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2007年4月 9日 (月)

日本文化の普及、功労者に首相表彰・「国際マンガ賞」も

日本文化の海外普及に政府が力を入れて取り組む動きが出てきました。功労者を首相が表彰をしたり、「国際マンガ賞」を創設したり、目が離せません。マンガの世界にも多くの影響がありそうです。 

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事です。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

 日本文化の普及、功労者に首相表彰・「国際マンガ賞」も

  と題して進めます。 

・・・ 

 日本経済新聞の平成19年4月7日付け夕刊1面で次のような記事がありました。

・・・

070409_01 日本文化の普及 功労者に首相表彰

政府方針 「国際マンガ賞」も

 政府が日本文化をアジアにアビーールする目的で策定する「日本文化産業戦略」の概要が、七日明らかになった。日本の魅力を海外に伝えた功労者を首相が表彰する制度の新設や、麻生太郎外相の発案でアニメ産業を後押しする「国際漫画賞」などの創設が柱。ファッションショーなどを開催する情報発信拠点の第一号をシンガポールに置く方針も打ち出す。

 安倍晋三首相が根本匠相補佐官に同戦略の策定を指示した。政府は五月までに全体像を固め、六月にまとめる「骨太方針二〇〇七」に盛り込む考え。根本氏は十二日に太田伸之イッセイミヤケ社長や建築家の隈研吾氏、デザイナーの喜多俊之氏らから改めて意見を聞き、戦略に生かす。

 政府は歌舞伎などの伝統芸能やアニメなどのボッブカルチャーを日本の「文化資源」とし、国際的な評価向上につなげる構え。首相の表彰制度は国籍を問わず、内外で活躍する文化人を対象とする。情報発信拠点は「ジャパン・クリエイティブ・センター」と名付け各国に設置。日本語を学ぶ講座や、新進デザイナーの展覧会などを常時開けるようにする。

 その他、各省の取り組みも政府全体で進める具体策として戦略に明記する。

・・・ 

 うーん。 

 日本文化の海外普及に政府が力を入れて取り組もうとしているのですね。海外普及の功労者を首相が表彰をしたり、「国際マンガ賞」を創設したり、目が離せません。マンガの世界にも多くの影響がありそうです。このように注目されようとしているマンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。 

 あなたはどう思いますか?

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2007年4月 8日 (日)

「名探偵コナン」が外務省の広報誌に

マンガがさまざまに利用されています。文字だけでは興味を持ちにくいものをもちやすく変えるために、あるいは理解がしやすくなるために、マンガが使われているのです。今度はこんなものにも生かされています。このような動きはマンガの未来を考える上で重要です。マンガを取り巻く話題のうち、最近の産経新聞の記事なかから目にとまったものをご紹介します。 

 ◎いったいマンガの世界は今どうなっているのでしょうか?

 ◎そして、これからどうなっていくのでしょうか? 

 ◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか? 

マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事 

なのです。 

まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は? 

  というカテゴリーのなかで 

  「名探偵コナン」が外務省の広報誌に

 

  と題して進めます。 

・・・ 

 産経新聞の平成19年4月7日付け社会面で次のような記事がありました。

・・・ 

0408_00 外務省は6日、小中学生に外交の知識や理解を深めてもらおうと、人気漫画「名探偵コナン」を使った広報冊子を作製した=写真。主人公のコナン少年らが外務省を訪ね、在外公館の組織や外交官の活動を“探る”。

 大の漫画好きで知られる麻生太郎外相は、日本のアニメなどホップ・カルチャー(大衆文化)が持つ情報発信力を生かした「文化外交」を展開中。切れ味鋭いコナン少年に外務省の親善大使をお願いした格好。

 まず約5000部を印刷し、外務省訪問・見学に参加した小中学生に配布するほか、主要な公立図書館にも送付する。冊子では、コナン少年が最後に「探偵と同じくらい面白そうな仕事かな」とにっこり。

・・・ 

 うーん。 

0408_01  マンガが外務省の広報誌に使われるのですね。小中学生だけでなく、私も読みたくなります。もちろん、本来の「名探偵コナン」も読みたいのは当然です。でも、このような動きには、目を離すことはできませんね。これからのマンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。 

 あなたはどう思いますか?

「名探偵コナン」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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2007年4月 6日 (金)

今月の「季節のマンガ」コーナーは、名づけて「ザ・新生活」です

 東京漫画探偵団には、「今月のスタッフ一押し」コーナー「今月の特集」コーナーのほかに「季節のマンガ」コーナーというものもあります。その時期その時期にあわせて、ぜひ皆さんに読んでいただきたいマンガを揃えています。これは最近作られたコーナーです。ほかのコーナー同様お客様に楽しみにしていただけるようにしたいと思っています。

 4月は新入社、新入学、など新しい門出の季節です。心躍ります。新たなスタートをむかえる人の胸には希望と不安が入り混じっています。気持ちを新に明るいスタートを切りたいものです。そこで今月の「季節のマンガ」コーナーは、名づけて「ザ・新生活」、です。

みなさん、前向きに新たなスタートを切ってくださいね。それではご紹介しましょう。

・・・

Img_0005新井英樹作 「SUGAR」 小学館・全8巻/「RIN」 小学館・全1巻

石川凛、16歳。とびきりイキのいい人気者で、ヤンチャ者。北海道の小さな町では母と祖父母に育てられた彼は、高校を中退して板前修業のために東京へ出ることに。でも実は、話の流れでなんとなくそうなっただけで、本人は先のことなんて何一つ考えちゃいない。もちろん、将来ボクシングの歴史に名を残すことになるなんて露ほどにも知らない。

Img_0006のりつけ雅春作 「高校アフロ田中」 小学館・全10巻/「中退アフロ田中」 小学館・全5巻

スタバのない町、埼玉のR町。よーするにイナカ。そんな町の高校に転入してきたのは、アフロヘアーのスゴイ奴!とりあえず個性だけは豊かな先輩たちのいるボクシング部に入部したけど、やる気はなし。好きなことはヘラブナ釣りという現代の若者にあるまじきシブさを持つが、それ以外はいたってフツー。そんな田中の高校生ライフ、アンド、高校中退ライフ。

Img_0004日本橋ヨヲコ作 「G戦場ヘヴンスドア」 小学館・全3巻

人気マンガ家である父に反発し、ひそかに小説家を志す堺田町蔵。転向した先の高校で、幼い頃から、マンガだけを心の拠り所として生きてきた長谷川鉄男と出会う。まるで正反対の性格を持つふたりの高校生。しかい、お互いの心のうちに、共通する情熱のあることに気づいた鉄男は、町蔵に手をさしのべた。

・・・

いかがですか。

前向きに新生活をむかえられそうですか?

ぜひともそうしてくださいね。

・・・

 「ザ・新生活」のマンガは東京漫画探偵団(まんたん)の「季節のマンガ」コーナーに置いてあります。

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2007年4月 5日 (木)

「風の谷のナウシカ」は状況の傍観者ではなく、状況に巻き込まれながら考えていくたたかう哲学者である

 わたしたちは核戦争や環境破壊の危機に直面しています。しかしながら、余りにも事が大きすぎますし、現実感に乏しいため、ひとごとと思ったり、諦めたり、無関心を装ったり、とかく直面することを避けようとしがちではないでしょうか。私たちの大好きなマンガの中に、このことを改めて考えさせ、勇気を与えてくれるものがあります。そんなマンガを私は誇りに思います。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「風の谷のナウシカ」は状況の傍観者ではなく、状況に巻き込まれながら考えていくたたかう哲学者である

  と題して進めます。

0400_03  福島瑞穂先生は「マンガ名作講義」の中で、宮埼駿作「風の谷のナウシカ」について次のように書いています。 

・・・

   「風の谷のナウシカ」はまずアニメーションの映画を見て、その後、漫画を読んだ。映画の方が楽天的でわかりやすく、漫画の方は、ペシミステイックで筋は複雑だがずっと深い。しかし、どちらも強烈な印象だった。

 宮崎駿氏は、実家が飛行機を作っていたということもあってか「飛行シーン」が多い。バァーと大空と下界が広がっていく爽快なシーンは、足が地についていない解放感を与えてくれる。そして、ヒロイン像の変遷ということを挙げたいと思う。

       ◇   ◇   ◇

 彼の作品のなかでもヒロインは変わっていっている。「太陽の王子ホルスの大冒険」は、男の子のホルスが主人公。闘う勇敢な男の子だ。ルパン三世の「カリオストロの城」のクラリス嬢はお姫様。彼女自身が闘うのではなく、ルパン三世に助けられる。

 「未来少年コナン」では、超能力者のラナちやんは、コナンを助けたり、重要な役割を果たすけれど、やっぱり主人公はコナン。「風の谷のナウシカ」と同様、「核戦争後」を描いた名作だが、泳いだり、駆けたり活躍する主人公はやっぱりコナンだ。地球を救うのは男の子。「天空の城ラピュタ」では、女の子シータも頑張るが、最後は、男の子パズーに助けられる。男の子は元気とパワーで、女の子はお姫様でカギを解く秘宝を持っているという構造である。

0400_01_2  これらに対して、「風の谷のナウシカ」は、族長の娘(OOの娘、お姫様というのが気に入らないという人もいるが)で、彼女がまず主人公である。地球を救うという役割を女の子が果たす。トルメキアの第四皇女クシャナもナウシカとはタイプが違うが、めちゃくちゃ気が強くてしかも冷静、戦闘を指揮する新しいタイプのヒロインである。

 だれも助けてはくれないし、一人で旅立たなくてはいけない。しかも地球上が汚染され、戦争がやまず、子どもたちは生きにくく、人々は腐海のはとりで恐怖にふるえながら生きている。

 映画では、巨大な虫である王蟲(オーム)と腐海が実は地球を浄化するシステムであることが明かされる。しかし、漫画はそこで終わらず、核戦争の際にビルトインされたこのシステムのもとでは浄化された後の地球上では現状の人類を含めた生命は生存を許されず、「種」の交代が起きることが予定されていることをナウシカは明らかにしている。この漫画の最後でナウシカは、このビルトインされたシステムに屈服せず、このシステム自体を破壊して、汚染された地球とともに人類自らの力で生きのびる道を選択する。

 ナウシカは言う。「私たちの身体が人工で作り変えられていても私たちの生命は私たちのものだ。生命は生命の力で生きている」

 「生きるとは変わることだ。王蟲も粘菌も変わっていくだろう。腐海も共に生きるだろう」「苦しみや悲制やおろかさは清浄な世界でもなくなりはしない。それは人間の一部だから……。だからこそ苦界にあっても喜びや輝きもまたあるのに」

 ナウシカは状況の傍観者ではなく、状況に巻き込まれながら考えていくたたかう哲学者である。

       ◇   ◇   ◇

 「風の谷のナウシカ」は核戦争や環境危機のなかで人類が生きていく上での哲学を語った作品である。ナウシカは火を使って焼き払ったり、憎悪にかられて殺し合ったりという手段を使わず、どうやって人間は生き延びられるかということを模索している。風の流れをよみ、空を一人で飛ぶ。感受性が鋭く豊かで、排他的でなく、いろんな生命や人と交信できる。

 宮埼駿氏は、ギリシャ神話のオデュッセウスのなかに少し出てくるナウシカという女性をヒントにこのヒロイン像を作り上げた。その想像力と創造力に敬意を表したい。

・・・

 うーん。

 核戦争や環境破壊の危機を認識すること、逃げないことが大切なんですね。状況を傍観するのではなく、その状況に巻き込まれながらも、困難と闘い、考え、生き延びる道を探し、選らんで行くことが大切なんですね。私たちの大好きなマンガはこのことを改めて考えさせ、勇気を与えてくれます。そんなマンガを私は誇りに思います。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 宮埼駿作「風の谷のナウシカ」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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2007年4月 4日 (水)

「ゲゲゲの鬼太郎」は時空を超えて自在に駆け巡る“仮想マンガ”である

 日本人が古くから持ち続けている自然へのおそれともいうべき感情があります。神々、山川草木、妖怪、などなど。西洋のように、それらは克服すべき対象ではありません。その恩恵に感謝しつつ、共存すべき、大切なものなのです。名作といわれるマンガの中には、そのことを改めて感じさせてくれるものがあります。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「ゲゲゲの鬼太郎」は時空を超えて自在に駆け巡る“仮想マンガ”である

  と題して進めます。

0400_00  多田道太郎先生は「マンガ名作講義」の中で、水木しげる作「ゲゲゲの鬼太郎」について次のように書いています。

・・・

  『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターのうち一ばん好きなのは次のうちだれですか。①鬼太郎②目王のとうさん③ねずみ男④一反もめん。

 やっぱり①鬼太郎でしょうね。意外なのは『水木しげる論』一九七一年)を書いた石子順造さんの評価です。③妖怪(ようかい)ねずみ男。あのどっちつかずの金もうけ主義の男に魅力があるというのです。さて今(九六年)はどうでしょう。ゲゲゲのゲと歌っている小さな子供をつかまえると①一反もめんと返事します。テレビやアニメの波を浴びてきた子供らには空飛ぶじゅうたんみたいな一反もめんが魅力的なようです。もう少し成長(?)した若い女性に聞くと②目玉のとうさんと答えました。へえ、その理由は。だってカワイイんですもん。ふーん、オヤジが可愛い?

 ところであなたの好みは?

       ◇   ◇   ◇

 今度、決定版『ゲゲゲの鬼太郎』(ちくま文庫)を通読してぼくを魅了したのは、キャラクターよりもおとうさんと鬼太郎とが暮らしている日常の一場面でした。「土ころび」という怪物に手足も胴体も吸い取られた鬼太郎の運命やいかに。というところで急を告げに帰るのがちゃんちゃんこ(幕末以来の貧乏人の子の上っ張り)。すーっと飛んで入るのが窓や扉ではなく、あばら家の蔀戸(しとみど)。泣かせるではありませんか、平安の昔の寝殿造りが今のボロ家に生きているとは。部屋に置かれているのはちゃぶ台だけ。これは、明治三十年代に現れた家庭だんらんの新家具でして、その上に乗っかっているのは太古よりなじみのお茶碗。「おやっ、ちゃんちゃんこだ」と叫ぶ目玉のとうさん。ふだんは茶碗風呂につかつているのが大好きな目玉ですが、今はそんなことを言っている場合ではありません。「ゆけ、ちゃんちゃんこ」というわけで空飛ぶちゃんちゃんこに乗って―――つまり太古より平安経由、明治昭和を駆け抜けて鬼太郎の急を救いに参ります。

0400_01_1  目玉だけになってしまった鬼太郎と、もともと目玉だけのとうさんと。二つの目玉の涙の対面。

 ものに驚いたとき、「ゲッ」と叫ぶ若い人を知っています。もとは反吐(へど)を吐くときの嫌な長音だったのに。『鬼太郎』ではご承知のように、幼きヒーローをたたえる草木虫魚の叫び声です。そういえば年配の俳人栗林千津さんにこんな句があります。

 ビアガーデンのガ行さきざき孤独なり

 光栄にもぼくと同年生まれの水木しげるさんは、不幸にも戦場で片腕を失いました。初めて鬼太郎が「週刊少年マガジン」に登場した「手」(六五年)は、切り落とされた手首がよみがえり、吸血鬼のホテルに放火して妖怪をやっつけるはなしです。

 目玉も手と同じように孤独だったのではないでしょうか。ラバウルの海岸の崖っぷちでぶらさがっていた水木さんの手の物語は戦慄(せんりつ)的です。『水木しげるのラバウル戦記』(九四年、筑摩書房)のコピー「地獄と天国を見た水木上等兵」に深くうなずいてしまったぼくでした。孤独な彼の目玉は、双眼鏡で海から来る敵を見張りながら、ふと気づくと、逆に陸の方、まるで天国のような景色に見とれていたのです。

       ◇   ◇   ◇

 『ゲゲゲの鬼太郎』の「妖花」では両親のいない孤独な少女の安アパートの風景が描かれています。南方のジャングルで咲くという妖花が毎年花を咲かせる。花子は鬼太郎たちとはまぐりの舟で南へ。南の島で白骨となった花子の父の指輪を発見する。死んだ父はニ十三年もかかって島々をわたって来て妖花に化けて孤独な少女をじっと見守っていたのでした。

 時間的には太古から敗戦後の昭和の現代まで、空間的にはちゃぶ台から南方の島まで、自由自在に駆けめぐっているのが仮想現実顔負けの仮想マンガ『ゲゲゲの鬼太郎』です。

・・・

 うーん。

 いにしえより連綿と続く自然へのおそれともいうべき感情があるのですね。人間は優しく賢い顔と同時に、おろかで残酷な顔をも持っているんですね。戦争を体験した水木先生の作品には、そのことをわれわれ戦争を知らない人々に伝えてくれているのですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 水木しげる作「ゲゲゲの鬼太郎」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。

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2007年4月 3日 (火)

「動物のお医者さん」はひたすら日常性の細部を描くだけで笑いと感動を紡ぎ出している

 ストーリーマンガは面白い。ギャグマンガも面白い。でも、そのどちらでもない、つまり、ストーリー漫画でもなく、ギャグ漫画でもないというマンガがあります。しかも面白いのです。もしかしたらあなたもそんな漫画を読んだことがあるのではないでしょうか。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「動物のお医者さん」はひたすら日常性の細部を描くだけで笑いと感動を紡ぎ出している

  と題して進めます。

0400_02  三田誠広先生は「マンガ名作講義」の中で、佐々木倫子作「動物のお医者さん」について次のように書いています。 

・・・

 私のところにはリュウノスケというシベリアンハスキーがいる。もうかなりの年配である。この犬については『吾輩はハスキーである』という本と、『ペトロスの青い影』という本を書いた。私にとってはメシのタネみたいな犬である。

 この犬がまだ幼かったころ、散歩をしていると、通りがかりの女の子たちが、「チョビ」と声をかけることが多かった。幼いといってもハスキーだから、ポメラニアンやマルチーズの成犬よりは大きい。「チビ」と言われる筋合いはない、などと思っていたのだが、やがてその理由が判明した。

 佐々木倫子の『動物のお医者さん』という人気マンガの主人公が、シベリアンハスキーの「チョビ」なのである。もちろんこの作品にはちゃんと人間の主人公がいるのだが、チョビをはじめ、猫のミケ、鶏のヒヨちゃん、スナネズミ、馬や牛など、大挙して登場する動物たちの存在感に圧倒される。

       ◇   ◇   ◇

 H大学の獣医学部研究室という、マンガの舞台としてはおよそ不似合いな場所で、日常の細部を克明に描きながら、動物と人間の触れ合いが淡々と進行する。波乱方丈のストーリーはない。恋愛もない。盛り上がりとはまったく無縁の身辺雑記的世界が展開されるのである。

 そんなマンガのどこが面白いのかと、不思議な気がするのだが、とにかく面白いのである。ストーリーマンガではないが、ギャグがあるわけではない。作者の筆は、けっしてふざけないし、笑わせてやろうといった手つきはまったく見えない。それでいて、ページをめくる度に、時には声をあげて笑わずにはいられないほどのユーモアが、たっぷりと盛り込まれている。

0400_01  そのユーモアとは何だろうか。まず言えるのは、他のマンガにありかちな、下品なギャグが一切ないということである。基本にあるのは胸のあたたまるヒューマニズムである。登場人物の全員が明るい善人で、しかもどことなくユーモラスな弱点をかかえている。その弱点にちょっとした誤解や行き違いが絡んで、笑いが生まれる。

 もう一つ、重要なポイントとして挙げられるのは、細部の輝きである。獣医学部の研究室の細部。おそらく綿密な取材によってデッサンされたはずの実験器具や、装置、それに動物たち。その細部の一つ一つに感動がある。細部というものは、それ自体で、驚きと笑いをもたらすのだ。

 何よりも動物の表情や身のこなしに、独特のユーモアがある。主人公のチョビが愛らしいのは当然として、わき役の動物たちのすべてに個性がある。通りすがりの人物(?)にすぎない牛や馬にまで、独創的なユーモアとペーソスが感じられる。リアリズムに徹しながら、ほんの少し誇張やデフォルメを施して笑いを誘発するテクニックが素靖らしい。チョビだけでなく、何匹もシベリアンハスキーが登場するのだが、この犬の個性がうまく描かれていることにも驚かされる。

       ◇   ◇   ◇

 ともあれ、佐々木倫子という作家は、ストーリーマンガでもギャグマンガでもない、ひたすら日常性の細部を描くだけで笑いと感動をつむぎだすという、まったく新しい領域を開拓したといっていい。現在かき継がれている、犬病院の看護婦の日常性を徹底的にとらえた『おたんこナース』にも、その特質が十二分に発揮されている。

・・・

 うーん。

 ストーリーマンガはたしかに面白いです。ギャグマンガもまた、面白いですよね。しかし、そのどちらでもないマンガ、つまり、ストーリー漫画でもなく、ギャグ漫画でもないというマンガの魅力を味わってみたいものですね。それだけ、マンガにはさまざまな種類、方向性があるということでしょう。ますます、マンガが面白くなりそうですね。

 あなたはどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 佐々木倫子作「動物のお医者さん」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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2007年4月 2日 (月)

「ジャリン子チエ」はマンガの形を取ったドタバタ喜劇と祝祭の文学である

 面白いマンガはたくさんありますが、何度読んでも面白くて、飽きないマンガというものはなかなかありません。忘れた頃に改めて読み直してみると、思わずわれを忘れて引き込まれて、いつの間にか極上の喜びと幸福感に満たされるのです。そんなマンガを持っているということは、大げさにいえば、幸せな人生といえるのではないでしょうか。あなたも、きっと、そんなマンガを持っているでしょう?

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  「ジャリン子チエ」はマンガの形を取ったドタバタ喜劇と祝祭の文学である

  と題して進めます。

0402_12  今村仁司先生は「マンガ名作講義」の中で、はるき悦巳作「じゃリン子チエ」について次のように書いています。 

・・・

   なんべん読んでもおもしろく飽きない漫画はまれである。そのひとつが私にとっては『じゃりン子チエ』である。

 最初、知人にすすめられて手にとった。開巻冒頭から強い印象をうける。どこがおもしろいか。まず画面だ。人物の顔、表情、とくに目つきがいい。表情は千変万化する。

 つぎに言葉だ。大阪弁のギャグ、俗語というよりもキタナイ罵言雑言が乱舞する。大阪漫才そのものである。とても上品とはいえない罵倒語が交換されるが、それが人物たちを生き生きさせていく。

 静止画像は、野生の言葉のおかけで、霊カをもった、現実の人物以上の生き物に変化する。若いときに大阪漫才を堪能した経験をもつ私は、いまではほとんどおめにかかれない活力ある大阪弁を『チエ』のなかに見いだして満足している。

       ◇   ◇   ◇

 ストーリーーなどはない。大阪のある庶民街の日常生活が細々と描写されている。どこにでもありそうな、しかし決しておめにかかれない、なつかしい風景なのだ。

 なぜなつかしいと感じるのか。登場人物の生活は確かに現在の生活らしいが、しかしどこかズレている。例えば、チエ、おばーはん、おじーはん、花井のオッチャンなどはゲタをはいているし、テツ、お好み焼きのオッチャンなどは草履をはいている。これなどはすでにわれわれから失われた風景なのだ。おまけにチエはゲタをはいて学校に通っている。

0402_01  わたしたちの世代は小学五年ごろまでは、ゲタをはいて学校に通ったものだ。『チエ』はいまではなくなった経験を永遠に定着させている。半世記前の風景である。現在の普通の生活描写のなかに奇妙な異物が入り込んでいるのだ。そこがなつかしさの源である。『チエ』は、現在の庶民生活の民俗誌であり、失われた時の探求でもある。

 『チエ』の世界は、一見普通のようでありながら、日常が転倒した世界である。

 この世界で一番エライのは、子供、それも女の子供であり、次に女の大人である。男たちは、子供以上に子供であり、彼らはいつも困ると子供に助けを求める。チエが父のテツをホルモン焼きで「養育」しているのは、この世界を象徴している。

 子供上位/大人下位、女上位ノ男下位の反転世界に加えて、人間語を理解し、人間以上に人間的な「猫たち」の物語が展開する。これもドタバタ喜劇であるが、この猫たちは、人間以上に人間的な言語表現を駆使して、人間世界を風刺する「批評家」である。

 子供が大人以上に分別があり、言葉遣いも上品にして繊細であり、また猫たちが人間以上に高尚な詩的で文学的な言語を駆使する、まさにカーニバル的で祝祭的世界である。子供たちがこうあってほしいと期待するユートピアがそこにはある。

       ◇   ◇   ◇

 もうひとつ、奇妙なことがある、世間では子供が成長し、娘や青年が結婚し、子供が生まれ、年をとるのに、チエは永遠に「小学五年生」のままである。彼女は永遠の少女であり、妖精なのだ。

 すべての大人はチエに助言を求めにくる。テツ、おかーはん、おばーはん、おじーはんはもとより、やーさんも助言を求めにくる。彼女は「なぐさめ」を与える少女である,しかし、最も嫌われものであるテツも奇妙な結果をうみだす。彼がやくざをげんこつでなぐると、なぐられたやくざたちは例外なく、やくざから足を洗うのだ。

 最も嫌われる鼻つまみものは、ここでは、知らぬまに癒しと再生の働きを発揮している。彼は荒ぶる神、トリックスターであり、どうということのない生活に生命を与える。ワレー、オンドレー、バカ、アホ、カス、イテモタロカ、等々の下品な言葉は実は生命を与える言菓なのである。

 『じゃりン子チエ』は漫画の形をとったドタバタ喜劇と祝祭の文学とでもいえる。そこには一種の救いの効果があり、読者は、すがすがしい読後感を経験することができるといえよう。

・・・

 うーん。

 何度読んでも面白くて、飽きないマンガというものは人生の宝です。今村仁司先生は「じゃリン子チエ」というマンガを持っています。あなたはどんなマンガを持っていますか?

 「じゃリン子チエ」をどのように思いますか?

 読んでみたいと思いませんか?

 はるき悦巳作「じゃリン子チエ」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

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