« 「闇のパープル・アイ」は自分でも手に負えないような闇の姿をさえ認め受け入れてくれる愛を描いている | トップページ | 漫画を多用した教科書はマンガと生徒をバカにしている? »

2007年4月27日 (金)

「闇のパープル・アイ」は妖しく恐ろしく異形の、魔性の女の美しさに陶酔させてくれる

 知らず知らずに求めていた憧れの対象に、突然遭遇した時は、たとえて言えば落雷に見舞われたというべきでしょうか。しびれるようなショックを受けることでしょう。そんなマンガに出合えることができるとしたら大変幸せですね。昨日に引き続き「闇のパープル・アイ」を取り上げてみましょう。

 今日は

  まんが①死ぬほど面白いマンガを「まんたん」でみつけました

  というカテゴリーのなかで

  闇のパープル・アイ」は妖しく恐ろしく異形の、魔性の女の美しさに陶酔させてくれる

  と題して進めます。

 森雅裕先生は著書の「名作コミックを読む」の中で、篠原千絵作「闇のパープル・アイ」について次のように書いています。 

・・・

0427_02

   篠原千絵先生さま

お初にお手紙さしあげます。私、一介の小説書きです。モノカキを仕事とするものが、『先生』に『さま』をつけるなど、日本語のルールを無視してしまって申し訳ありません。ご自身、文章もまた素晴らしくお書きになる先生さまには、「なんだこのバカは」と憤慨、軽蔑、お腹立ちのことかもしれません。わかっちやいるけどそれでもなお、思わず過剰に尊敬したく、ついついなってしまうほど、かねてよりお慕い申し上げております。ほとんど打ちのめされるほど。

 正直に告白すると、先生さまの御作品を、私はかなり遅れて知ったのです。私にとって非常に貴重なこの出会いをもたらしてくれたのはウチの亭主です。同業の後輩であるところの宿六は、その昔高校生の分際でうっかりデビューしてしまった時、とある担当編集者から、ぜひとも少女まんがをたくさん読んでオンナゴコロをよく勉強するようにとアドバイスをされたとか。きやつの本棚にはすさまじいまでの分量の雑誌、書籍、ムック、コミックスなどなどがてんこもりになっておりました。どひやー、嬉しい、まだまだこんなに読んでないのがあったんだあ! と感動している私に、

 「これ知ってる? すごいぞ! うまいぞ! とんでもないぞ!」

と、勧めてくれたのが、他でもない。

『闇のパープル・アイ』でございました。

 最初は……ああ、お許しください……えーっ、この絵、あんまり好きなタイプじゃないなあ、ホラー系って趣味じゃないし……などと愚劣にも不遜なつぶやきを洩らしつつ、ページをめくりはじめたのでございます。主人公の少女の登校前のドタバタと幸福そうな食事風景、なーんだありがちのラブコメじやないかと少々焦れてきたその刹那。あの絵が。

 包丁のかすめていった己が腕を、

 したたるひと筋の赤い血を、

 静かに舐める倫子の姿が。

 頬をひっぱたかれたようなショックに、私しばし呆然と、恍惚と、ただただ見蕩れておりました。

 あの線。あの貌。あの表情。

 なんて妖しく、恐ろしく。

 そしてまた、なんと美しかったことでしょう。

 ……ヤバいよ、これは。

 払は慄え、しきりに生唾を飲み込みました。

 これを……この絵を……この主人公を、こんなエッチでヤクザでヘンタイなものを、小学生なんかも読んじやう雑誌にいきなし載せちやったのかよ、えーっ!?

 私は、彼女が、「やーん、切っちやったイターイ」なんてかわゆく泣いて「あきらかにヤバい事態に面してもあくまでイノセントに鈍感な主人公」であることを紹介されるのであろうと無意識に予想していたのでございます。しかし。しかし。意外にも。

 そこにいたのは、内気で優しくて幸福で平凡なそこらの女子高校生などでは微塵もない、異形のヒロイン、魔性の女、この世ならぬ場所に棲まうべき、美しい怪物そのものでありました。倫子は、その登場の直後から、どんなひどい目怖い目にあわされてもただキヤーキヤー逃げ惑うばかりの女の子などではないことを、きっぱりと自己主張していました。これこそ新しいフェミニズムであります。

 それにまた。どうやら、この作品は、払などの委細知らぬうちに、大変な人気と支持を得ていたらしいではありませんか。内気で優しくて幸福で平凡な(はずの)そこらの少女読者たちに。いくら世紀末だからとはいえ、怪奇お耽美ブームだからとはいえ。

 最近のこどもはあなどれない。

 私はウームと唸りました。

 私がティーンエイジャーだった頃でさえ、一般に、女の子はオマセで耳年増、同学年程度の男どもなど、アホでガキで幼稚で問題外のさらに外だったというのに。

 こーゆーもんを読み込んで確信もっちやった女の子たちを相手しなきやならないこれからの男の子たちは、さぞかし、大変だろーなー。ご苦労さん。そんなことも思いました。

 いいえ、もちろん、知っています。処女はもとからひどく危険なものです。童貞っていうと、未熟で無知で頭の毛が三本足りない感じがしますけど。

 私自身、処女だった頃が一番パワフルでデインジャラスだったことをよく覚えています。好きな男の子からかかって来る電話さえ憚られたあの季節の、抑圧と忿懣。からだとこころを螺旋にめぐり、行き場もないまま研ぎ澄まされていったエネルギーが、油断するとチョロチョロ思いもかけぬところからこぼれてしまう。夜中に鏡を覗く時、手も触れぬのに力ーテンがそよぐ時、確かに、異界の呼び声が聞こえた。

 魔女におなり。魔女にしてあげるよ。

 なぜか妙に足の重い朝、いつもの駅までの通学路をひとり歩いている私の前に、後にも右にも左にも、どこからともなく現れたたくさんの野良猫たち。よしなよ。行くの、よしなよ。危ないよ。よしなったら。そういう声が、聞こえた気がした。餌をやったわけでもないのに、撫でてやったわけでもないのに、なんでそんなにつきまとうの? いったいどこまでついてくるの? 振り切るように走りだし、胸をドキドキさせたまま改札を抜け、階段を登り切ると、いま、入ってきた電車に向かって、ホームから高々とダイビングするひとが見えた。

 別の朝、「どうしたの、遅かったじゃない」と母に言われて時計がくるっていたのに気づいたこともあります。直そうとして隣の弟の部屋に入ると、弟の部屋の時計も、ちょうど同じだけくるっていました。調べてみると、一階はなんともない。二階の……つまり、私の近くに、周囲にあった時計だけが遅れている。どこかに境界線があって、そこから上だけ、何時間か消えたんだ……立っていた階段がぐらっと揺らぎ、へたへたと座り込みました。

 あの力を、パワーを、エネルギーを、もしかすると、もっと他のことに使うことだってできたのかもしれない。曲がり角を間違えなければ、あるいは、私だって、倫子のように、あるいはもうひとつの大傑作『蒼の封印』の蒼子のように、美しく恐ろしい別の生き物になることができたはずだった、のかもしれないと思います。でも、気がついたら恋をして男のひとと一緒に暮すようになり、おまけに小説書きにまでなっちまってました。恋愛とクリエーションに注ぎ込めばエネルギーは無限に必要です。余りっこない。すると、さまざまな「変なこと」はサッパリ起こらなくなってしまったのでした。

 良かった、とホッとすればいいのでしょうか。犠牲の割に、たいしたことができてないと悔しく思ったほうがいいでしょうか。

 いまの私にもう一度チャンスかおるとしたならば。

 母だ。母になることですよね。倫子先輩の例を見ると、母親というのはいっそうレベルアップした魔女になりうるものなのだということがわかる。時を越え、死の淵からも蘇り、愛するものたちのために最後の戦いに挑み、そして勝つことができるのだから。

 新しい小説を書き出す時、よく『闇のパープル・アイ』を読みかえします。そのパワーを、才能を、なによりほんとうに描かれるべき作品だけの持つ生命を、素晴らしいエロティシズムを、どうかこの私めにもチョビッと分けてくださいと、せいいっぱいに祈りつつ。私の声はもはや異界には届かないかもしれないけれども。

 そんな風に御作品を崇め奉っている人間がいることを、先生さま、どうか、おこころの片隅に置いておいてください。そうしてまた素敵で恐ろしい魔女たちのものがたりを私たちに与えてください。

 素晴らしいお仕事を、ありがとうございました。

 どうそいつまでもお元気で。

・・・

 うーん。

 あなたも頬をひっぱたかれたようなショックを受けてみたいと思いませんか。しばし呆然と、恍惚と、ただただ見蕩れて見たいと思いませんか。妖しく恐ろしく異形の、魔性の女の美しさに陶酔できるかもしれませんよ。

 あなたも読んでみたいと思いませんか?

 篠原千絵作「闇のパープル・アイ」は東京漫画探偵団(まんたん)に置いてあります。 

|

« 「闇のパープル・アイ」は自分でも手に負えないような闇の姿をさえ認め受け入れてくれる愛を描いている | トップページ | 漫画を多用した教科書はマンガと生徒をバカにしている? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/181777/6263874

この記事へのトラックバック一覧です: 「闇のパープル・アイ」は妖しく恐ろしく異形の、魔性の女の美しさに陶酔させてくれる:

« 「闇のパープル・アイ」は自分でも手に負えないような闇の姿をさえ認め受け入れてくれる愛を描いている | トップページ | 漫画を多用した教科書はマンガと生徒をバカにしている? »