マンガは教科書にするよりも副読本にするべきだ
マンガを教科書に取り入れることに対しては賛否さまざまな意見があります。『まんたんブログ』でも4月29日 (日)に、「漫画を多用した教科書はマンガと生徒をバカにしている?」http://man-tan.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_6653.htmlと題して取り上げました。マンガを取り入れる教科書についてもう一度見てゆきたいと思います。最近の「R25」に書かれている記事が目にとまりました。
◎そして、これからどうなっていくのでしょうか?
◎未来は明るいのでしょうか、それともそうではないのでしょうか?
マンガの世界の過去、現在、そして未来については私たちの最大の関心事
なのです。
まんが④マンガの世界の過去・現在・そして未来は?
というカテゴリーのなかで
マンガは教科書にするよりも副読本にするべきだ
と題して進めます。
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新型光氏は平成19年5月10日発行の「R25」誌のなかで次のように書いています。
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高校『数学Ⅱ」教科書にマンガを導入?
教科書もマンガにすればわかりやすくなるの?
06年度の教科書検定で、本格的にマンガを採り入れた『数学Ⅱ』の教科書が、大幅にマンガ部分を削除されたものの合格した。削除前の申請段階では、17世紀の宮殿にタイムスリップした高校生が、問題を解くことによって現代へ帰還するというSFチックな設定のストーリーも掲載されていたとか。
何だか面白そうではないか。ボンクラ学生だったころ理解不能だった教科書もマンガなら・・・? さっそく、この『数学Ⅱ』教科書を申請した出版社に問い合わせたところ、「マスコミの方から貸し出してほしいという要望は多いのですが、どこにも出さないという方針なので」との回答。確かに100ヵ所以上の検定意見がついたマンガ教科書だけに批判もあるだろうが、数学が苦手な生徒さんには、わかりやすくてよいのでは? そんな疑問を、元・数学教師でマンガ家の江川達也氏にぶつけてみた。
「僕はマンガ教科書には反対ですね。もし、こういうことをするなら、超一流のマンガ家を起用しないとダメ。そのうえで、たとえば数学なら、高等数学も理解しているマンガ家じゃないと話にならない」
て、手厳しいですね・・・(汗)。マンガならとっつきやすいし、苦手な人に伝えるには有効な手段のような気もしますが。
「わかりやすくなるとは思いますよ。ただマンガは、数学でも国語でも歴史でもなく、あくまでマンガなんです。教科書ではなく、副読本としてならどんどんやるべきだと思いますが、教科書にするのはおかしい。教科書は認定する・しないでもめるくらい半強制的で重いものですから」(同氏)
江川氏のマンガは、近年の作品に顕著だが、すべて「教育」というテーマがベースにある。それは、教科書より圧倒的に面白く理解しやすい。その意味で、マンガにすればわかりやすくなる、というのはモノによっては事実といえるが、「教科書としては問題」という江川氏の主張は、教育にこだわってきたマンガ家の意見として耳を傾けるべきものがあるだろう。 (新型光)
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うーん。
マンガが教科書になるような時代になってきているんですね。私たちが知らないうちに、マンガは思わぬ読まれ方や、注目のされ方をしているのですね。このような意外な読まれ方をされ、注目されようとしているマンガの行く末は、読み手にとっても、書き手にとっても、はたまた業界にとっても、大いに考えさせられることですね。
あなたはどう思いますか?
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漫画の両極化。つまりそれは、前述の作品で言えば「NANA」や「DEATH NOTE」のような「従来の枠を超えてしまうほどの大メジャー」か、西島大介のように描き下ろしやそれに近いスタイルでも読者がついてくる「アンダーグラウンドのカリスマ」か、そのいずれしか生き残れないだろうということです(少し前なら、私は、前者を井上雄彦の「バガボンド」に、後者を花輪和一の「刑務所の中」にたとえていました)。どちらも、強烈な個性を持った作家や作品という点では共通していますね。

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