2007年5月27日 (日)

子育てする独身男が仕事と両立させる困難を通じて成長してゆく

 マンガは面白い。真面目に読んでも不真面目に読んでも面白い。また、気軽に読んでも真剣に読んでも面白い。その上、朝読んでも夜読んでも面白い。さらに、海で読んでも山で読んでも面白いし、しらふで読んでも酔っ払って読んでも、もちろん面白い。だからマンガを読むのは楽しい。

 面白くて、楽しいからマンガを読みます。でも、面白くて楽しいからだけでマンガを読んでいるのではないのです。時にはマンガから人生を学ぶことがあるのです。マンガの登場人物から人生を教えてもらうことがあるのです。

 男性が子育てすることはそれほど多くはありません。まして、独身男性が子育てをしながら、仕事との両立に苦悩する、などというのは珍しいといえるでしょう。しかし昨今の結婚しないカップル、あるいは離婚傾向の増大、など世の動きを見ていると、これは必ずしも珍しいことではないのかもしれない、と思わせるものがあるような気がします。意外にももしかすると普通の男性にもその可能性が出てくるかもしれませんね。

夫婦あるいはカップルで子育てする場合でも、子育ては女性の専売特許であるという時代ではありません。男性演ずる子育ての役割が以前よりもずっと多くなっているようです。そうした男性にとっても、男性が一人で子育てに励む姿は共感を呼ぶのではないでしょうか。それは、現実の問題として、仕事との両立という困難に直面します。その苦悩を通して子供だけでなく、自分自身が成長してゆくのです。苦労がありますが、同時に何にも変えがたい喜びもあるのです。日常のこまごまとした繰り返し、いわば毎日の生活をどうしのいでいくかということだけではありません。私たちはその中に、男性の仕事観、幸福観、そして人生観を読み取っていくことになるのです。

 今日のマンガは宇仁田ゆみ作「うさぎドロップ」、佐原ミズ作「マイガール」で、人生を教えてくれる登場人物は、その男性主人公です。

  まんが②マンガの登場人物は人生を教えてくれます

というカテゴリーのなかで

  子育てする独身男が仕事と両立させる困難を通じて成長してゆく

  と題して進めます。 0527

 5月26日の日本経済新聞・夕刊アーバンBiz欄、さぶかるウォッチングの中で、「天」氏は次のように書いています。

・・・

さぶかるウォッチング「子育て独身男 「仕事と両立」苦闘に共感

 子育てする男性を描いたコミックが相次ぎ登場している。不遇の子供を予期せず育てることになる独身男。訳あって母親は不在。となれば物語を転がすのは仕事と子育ての両立の難しさだ。マンガ家自身の子育てを軽い筆致で描くエッセーコミックが人気だが、こちらはフィクションゆえの重めの設定。「仕事とは」「幸福とは」。そんな自問を通じて成長していく男性像が提示される。

 宇仁田ゆみ描く「うさぎドロップ」の主人公は死んだ祖父の隠し子の六歳の娘、りんを引き取ることになった三十男。家では禁煙、保育園の送迎で抱っこするため肩掛けバッグに代える、刺激的な番組は避ける、と気ままな生活は一変。没頭していた仕事も、時間の融通が利く部署に自ら配転を申し出る。こっちの課はおれがいなくなってもいずれは落ち着く」「でもりんのことはそうはいかん!・・・と・・・思う」

  「マイガール」(佐原ミズ著)の二十三歳の主人公は、五年前に別れた恋人の死で自分に五歳の娘がいることを知り、父娘二人の生活を選ぶ。

 二、三十代の男性の子育て観、家族観を映したような両作品だ。(天)

 ・・・

  うーん。

あなたはどう思いますか?

男性のあなたは、子育てを通して仕事観、幸福観、そして人生観を読み取ってみませんか。

女性のあなたは、伴侶の男性が男性であるがゆえに直面する苦悩に想いをいたして見ませんか。

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2007年2月23日 (金)

「ドラえもん」に夢をかなえてもらったから、今度は自分が夢を与えたい

 マンガは面白い。真面目に読んでも不真面目に読んでも面白い。また、気軽に読んでも真剣に読んでも面白い。その上、朝読んでも夜読んでも面白い。さらに、海で読んでも山で読んでも面白いし、しらふで読んでも酔っ払って読んでも、もちろん面白い。だからマンガを読むのは楽しい。

 面白くて、楽しいからマンガを読みます。でも、面白くて楽しいからだけでマンガを読んでいるのではないのです。時にはマンガから人生を学ぶことがあるのです。マンガの登場人物から人生を教えてもらうことがあるのです。

20061214__16  「ドラえもん」の「のび太」には以前に何度も人生を教えてもらいました。昨年12月14日には「ドラえもん」の「のび太」はダメ人間ではなく実は人生を上手に歩んでいるというテーマでした。また、今年の1月29日から2月3日にかけて、「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方と題して
  ①のび太はめげない
  ②のび太は悪口を言わない
  ③のび太は意外と欲がない
  ④のび太は誰にでも優しくできる
  ⑤のび太はなんに対しても偏見がない
の5回シリーズもありました。おかげさまで、たくさんの方からご意見をいただきました。

 今日のマンガは藤子・F・不二雄作「ドラえもん」で、人生を教えてくれる登場人物は、もちろん「ドラえもん」です。

  まんが②マンガの登場人物は人生を教えてくれます

というカテゴリーのなかで

  「ドラえもん」に夢をかなえてもらったから、今度は自分が夢を与えたい

  と題して進めます。

 ヴァイオリニストの千住真理子さんは2月22日の日本経済新聞・夕刊文化欄の中で、藤子・F・不二雄作「ドラえもん」について次のように書いています。

・・・

こころの玉手箱 「夢をかなえてくれた見方」

0223_01_1   少女時代、同世代の女性から手づくりの「ドラえもん」をいただいた。縫いぐるみは大好きだが、何でもポケットからとり出せるドラえもんは特別の存在。これだけは今も、練習室にデンと鎮座している。

 あのころ、音楽に対し怖いほど純粋な気持ちを抱いていた。音楽に携わる人間はみな理念を共有、ドラえもんに託した夢はかなうと信じた。女性の場合は少女から大人に脱皮する際、思い描いた理想と実際の人間関係や社会の複雑さの板挟みになって愕然とする余り、自分さえ受け入れられない状況に至ったりする。

 大学の友人に夢を尋ねると意外に現実的で、ヴァイオリンにだけ必死な自分とは開きがあった。ドラえもんの素晴らしさは夢を実現するだけでなく、どんな時にも主人公の味方として悩みを分かち合い、解決策を出してくれる点にある。

 二年間の空白を経て、ボランティア活動を皮切りにヴァイオリンヘ復帰した時も、ドラえもんは私の味方だった。天才少女時代の最後、二十歳で達成した水準に、なかなか戻らない。前のように無意味な自信は毛頭なく、ただ本番が怖い。指が動かない。初め一、二年目の「弾けない」不安は三~五年で確信に替わり、六年目には「もうだめ」と思ったが、今度は引き下がらなかった。”天才弾き”で喝采を浴びる道を捨て、ホスビスなどで得たぬくもりの再現を目指す限り「次には戻るかもしれない」との夢を抱き続けることができた。

 表舞台に戻って七年目、ドラえもんが夢をかなえてくれた。「今日もだめか」と思いつつオーケストラの前に立ち、チャイコフスキー作曲のヴァイオリン協奏曲を弾き始めて十分くらいたった瞬間、すべての感覚が戻った。戻ると信じていても「徐々に」であって「突然いっぺんに」とは考えなかった。「もし戻ったままでいるなら、もう聴衆をびっくりさせたりはせず、泣いている人のそばで弾きたい」。現在もあの日の感謝を胸に、演奏に臨む。

 ドラえもんが一度消えかけた少女の夢を取り戻し、大人になった今もさらなる夢の存在を信じさせる。今度は私のヴァイオリンがドラえもんとなって、子どもたちに夢を与える番だ。

  ・・・

  うーん。

  あの天才ヴァイオリニストの千住真理子さんであっても、スランプがあり、それを克服するのに長い間の苦悩があったのですね。千住さんはその苦しい間も夢を捨てず、ボランティア活動に励んでいたのですね。そして、その彼女の支えになっていたものの一つが「ドラえもん」だったんですね。

  うーん。

 さて

 あなたはどう思いますか?

 藤子・F・不二雄作「ドラえもん」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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2007年2月 3日 (土)

「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方⑤のび太はなんに対しても偏見がない

 一日あいだをおいて、一昨日に続いてマンガの登場人物から人生を教えてもらう話の5回目(最終回)です。

 「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方
   と題して
①のび太はめげない
②のび太は悪口を言わない
③のび太は意外と欲がない
④のび太は誰にでも優しくできる
⑤のび太はなんに対しても偏見がない
   の5回続くお話です。

 第5回目の今日は「⑤のび太はなんに対しても偏見がない」を見てください。

20061214__14  「ドラえもん」は面白いです。好きです。世界中で読まれています。その「ドラえもん」から人生を学ぶことがあります。「ドラえもん」に登場するあの「のび太」から人生を教えてもらうことがあるのです。

 横山泰行先生は著書の「<のび太>という生き方」の中で次のように書いています。

・・・・・

 のび太が注ぐ優しさは、人だけに向けられるものではありません。ここでご紹介するお話に登場する、台風のタマゴのフー子のような自然現象、または植物、アリやツバメ、熊、竜や架空の動物にまで、真心を込めた優しさで対応しています。

 ここで特徴的なのは、のび太の優しさが発揮される対象は、しだいに広がっていること。それでは、彼が自然現象にまで優しいまなざしを注いでいることを、以下の作品から読みとってみましょう。

「台風のフー子」の話です。
 ドラえもんの四次元ポケットは十分整理整頓されていないため、ポケットから取り出したタマゴが何かよくわかりませんでした。でも、「どんな生きものでも、心からかわいがれば、きっとなつくわよ」と、しずかちゃんがタマゴから育てた小鳥を見て、マネをしたかったのび太は、このタマゴを自分で温めてかえすことにします。しばらくしてタマゴはかえりますが、これは気象台の科学者が実験のために作った、台風のタマゴだったことを、ドラえもんは思い出します。「あぶないからすてよう」というドラえもんの提案を、のび太は「かわいがって、そだててやるんだ」と断り、この台風の、目と渦巻きの風を持った奇妙な存在にフー子という名前をつけました。

 フー子のエサは熱い空気なので、のび太はローソクを立てて、フー子にたっぷり食べさせてあげたり、学校から帰るとフー子と広場で一緒に遊びました。ジャイアンがのび太をいじめると、フー子が風の力で吹き飛ばすこともありました。

 いいことがある反面、困ったことも起こってきます。散歩中のしずかちゃんのスカートを風でめくったり、家で掛け布団のなかに入れてやると、布団を舞い上げてしまうようになりました。フー子はだんだん成長し、家のなかを荒らすようになると、とうとうママから捨ててきなさいと命令されてしまいます。

 のび太がフー子を空に連れ出して、夢中で遊んでいるスキに離れて帰ろうとしましたが、何度やってもうまくいきません。とうとう家に連れて帰らざるを得ませんでした。その晩大型台風が日本に向かって北上しているというニュースが流れ、家中台風に備えて大騒ぎに。その光景を見ていたフー予が家から飛び出し、大型台風に対決を挑みました。

 テレビによると、日本から飛び出した小型台風が大型台風にぶつかり、太平洋上でふたつの台風が絡み合って全然動かないとのこと。しばらくすると、台風はふたつとも消えてなくなり、それはフー子の消滅をも意味しました。のび太は台風一過の空を見上げ、涙を流しながら「フー子」とつぶやきました。のび太は「小さな風がまっていると、つい思い出しちゃうんだ。フー子のことを」とドラえもんにさみしく告げるのでした。
                    (てんとう虫コミックス短編第6巻)

20061214__15  作品数が増えるにつれ、のび太の優しさは人間だけではなく、動物や植物、ひいては自然現象にまで注がれるようになります。このお話に登場する、台風のタマゴであるフー子が、その例です。このように、愛情を示す対象がどんどん広がっている点にも、のび太の心の成長を見てとることができます。

 最初、台風のフー子は、のび太たちにとっては奇妙な存在でした。目と渦巻きの風を持った台風のタマゴに、彼らはしだいに翻弄されるようになります。大きくなったフー子が発生する風で野比家の部屋が荒らされるなど、みんななにがしかの損害を受けてしまいます。しまいには、フー子を捨ててくるようにとの命令が・・・・・・。そこに、日本への大型台風上陸のニュースが舞い込みます。これを見たフー子は自ら大型台風への戦いを挑み、大奮闘の末に、野比家に大きな災害をもたらすと思われた大型台風もろとも、太平洋上で消滅するのでした。

 ここには、フー子の尊い犠牲愛が存在しています。まだ子どもであるフー子が、世話になった野比家と大好きな人たちを救うべく、たったひとりで大きな敵に立ち向かう・・・・・・。そんなフー子の勇気と愛は、大きな感動をもたらします。

 結果的にはフー子に救われたのび太たちですが、フー子が自然の猛威をコントロールし、台風の上陸を阻止すべく立ち上がった背景には、のび太の自然に対する優しさが原因としてあったのではないでしょうか。本来は人間の敵と恐れられる台風にさえも、分け隔てなく優しさを注いだのび太の愛情は、フー子にはとてもうれしいものでした。そしてその優しさに報いようとしたのです。

 のび太の優しさが仲間の協力を生み、自然を大切にするという夢に対しても、みんなが自然に協力する・・・・・・。そんな理想的な関係が豊かに描かれ、優しい心がいかに大切かを物語っています。

 そしてもう1点、この壮大なストーリーからは、作者の自然や動物に対する愛情が感じられ、メッセージ性の強い作品に仕上がっていることも、非常に印象的です。冒頭で、「どんな生きものでも、心からかわいがれば、きっとなつくわよ」と、しずかちゃんに言わせた藤子先生は、命を尊ぶことの大切さを子どもたちに伝えたかったのでしょう。

・・・・・

 うーん。
 
味方にも敵にも分け隔てなく優しく接する。
優しさが仲間の協力を生み、夢がみんなの自然な協力を集める。
自然や動物に対する愛情を持つ。
命を尊ぶ。

 このようなことは、やはりとても大切なことですね。

 のび太はなんに対しても偏見がないんですね。

 さて、今日の「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方、 あなたはどう思いますか?

 藤子・F・不二雄作「ドラえもん」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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2007年2月 1日 (木)

「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方④のび太は誰にでも優しくできる

 昨日に続いてマンガの登場人物から人生を教えてもらう話の4回目です。

 「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方
   と題して
①のび太はめげない
②のび太は悪口を言わない
③のび太は意外と欲がない
④のび太は誰にでも優しくできる
⑤のび太はなんに対しても偏見がない
   の5回続くお話です。

 第4回目の今日は「④のび太は誰にでも優しくできる」を見てください。

20061214__13  「ドラえもん」は面白いです。好きです。世界中で読まれています。その「ドラえもん」から人生を学ぶことがあります。「ドラえもん」に登場するあの「のび太」から人生を教えてもらうことがあるのです。

 横山泰行先生は著書の「<のび太>という生き方」の中で次のように書いています。

・・・・・

 「男は強くなければ生きてゆけない。やさしくなければ生きていく資格がない」という、アメリカの作家レイモンド・チャンドラー著『長いお別れ』で主人公が言った名台詞があります。しずかちゃんの心をしっかりと捉えたのは、まさにのび太の優しさでした。彼が仲のいい友だちだけではなく、ときには敵対するような人にまで生来の優しさを発揮することは少なくありません。その優しさは、彼の生活のなかで潤滑油のような働きをしており、のび太に楽しく生きるエネルギーを与え続けているのです。

 「このかぜうつします」の話です。
 熱のためフラフラ、ヨロヨロしているのび太のパパは、とても真面目な性格で、今日の大事な会議にどうしても出るのだとママに訴えています。ドラえもんにひみつ道具「カゼをうつす機械」を出してもらい、のび太がパパのカゼを引き受けます。すると、パパは「すうっといい気分になったぞ。みてくれ、こんな元気なこと」と、スキップしながら会社に出かけていきました。一方、のび犬は体はゾクゾク、頭はグラグラして辛いので、憎らしい誰かに、カゼをうつすことに決めました。

 最初、しずかちゃんが「のび太さん、うちへ遊びにこない」と誘ってくれましたが、まさかしずかちゃんにカゼをうつすわけにはいきません。次に、この機械を持って歩いているのび太を、通りがかったスネ夫が、「電話ごっこか? 幼稚園のころ、よくやったっけ。のび太にはぴったりかもね。ギシシシシ……」と嘲笑したので、早速カゼをうつすことに。でも、カゼをうつされたスネ夫が咳をしていると、スネ夫のパパがきてあわてふためいているのを目にして、悪いことをしたと反省したのび太は、再度カゼを引き受けてしまいます。

 「ゴホゴホ」と咳をしながら歩いていると、今度はジャイアンに会いました。ジャイアンはのび太の顔を見るなり、「なんだ、おまえかぜひいてるのか。だいじにしろよ。いまのカゼは、たちが悪いそうだ。うちにいいくすりがある。もってこようか」とふだんからは想像できないほどの優しさを見せます。思わずのび太は、カゼもうつさずに通り過ぎるのでした。

 しばらくすると、上半身裸で歩いている風変わりな男に遭遇。好きになった看護婦さんに会うため、カゼでも引いて、病院に行こうと思っているという、かぜをうつすには格好の人物です。丈夫すぎて、カゼを引くことのできない男は、「夢じやないかしら」と喜び勇んで、のび太のカゼを引き受けてくれました。
                        (てんとう虫コミックス短編第2巻)

20061214_26_1  このお話に表現されているように、のび太の性格のなかでいちばん際立っている特性は、人に対して優しいということです。のび太も人の子ですから、ときには仲間はずれにしてやろうとか、中傷してやろうとか思うこともありますが、そのたくらみを徹底的に実践することはできません。

 のび太の優しさには生得的なものがあり、どんな相手に対しても心底から憎んだり、存在そのものを全否定するような言動はとりません。たとえば、のび太はジャイアンの暴力やスネ夫の傲慢な態度の背景に見え隠れする優しさを、的確に読み取るすばらしい感性を身につけています。とりわけ、大冒険などのストーリーで顕著に見られますが、この話でもジャイアンの「なんだ、おまえかぜひいてるのか。だいじにしろよ。いまのカゼは、たちが悪いそうだ。うちにいいくすりがある。もってこようか」という台詞に見られるように、のび太が窮地に陥ったときの、ジャイアンやスネ夫の言動には真の優しさがほとばしっています。

 のび太はふだんジャイアンやスネ夫にいじめ続けられていますが、野球やなにか遊びを始めるときは、いつも誘われる存在です。のび太とジャイアン・スネ夫との間でいつも発生するいざこざは、仲のいい友だちほどケンカが絶えないといった説を裏付けるものでしょう。一見いじめられているようにも見えるのび太ですが、彼の優しさがグループの結束をより強固なものにしているのではないでしょうか。

 これは、みなさんがふだん生活をしている場、職場や家庭においても同じことだと思います。職場で同僚や上司が表現する優しさは、協力者や理解者をより増やしたり、職場を魅力あるものに変えるなど、さまざまなプラス効果を生み出すでしょう。もちろん、まわりの優しさを待つより、自分から優しさを持って人に接する。そんな姿勢で過ごすことが、のび太のように楽しく暮らしながら夢を叶えるための基礎なのだと思います。

・・・・・

 うーん。
 
人に優しくする。
イヤなヤツの言動の中にもどこか人としての優しさを見出す。
まわりの優しさを待つのではなく、自分から優しさを持って人に接する。

 このようなことは、やはりとても大切なことですね。

 さて、今日の「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方、 あなたはどう思いますか?

 藤子・F・不二雄作「ドラえもん」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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2007年1月31日 (水)

「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方③のび太は意外と欲がない

昨日に続いてマンガの登場人物から人生を教えてもらう話の3回目です。

 「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方
   と題して
①のび太はめげない
②のび太は悪口を言わない
③のび太は意外と欲がない
④のび太は誰にでも優しくできる
⑤のび太はなんに対しても偏見がない
   の5回続くお話です。
 第3回目の今日は「③のび太は意外と欲がない」を見てください。

20061214__10  「ドラえもん」は面白いです。好きです。世界中で読まれています。その「ドラえもん」から人生を学ぶことがあります。「ドラえもん」に登場するあの「のび太」から人生を教えてもらうことがあるのです。

 横山泰行先生は著書の「<のび太>という生き方」の中で次のように書いています。

・・・・・

 株でI度大儲けを経験すると、すっかりはまってしまって失敗する人がいます。これもすべて、「もっと儲かるかも」と欲を出してしまうから。自分にとってある程度の利益が確保できたら、「これでいいや」と引き際を見極めないと、せっかく一度は実現した夢が悪夢に暗転することもあります。

 大長編ドラえもんの中で、「不老不死」という人間のもっとも大きな欲、人間の永遠のテーマに対するお話があるので、そのお話をもとに、「欲」について考えてみたいと思います。

「のび太と夢幻三剣士」の中のお話です。

 「竜の谷」に往む竜の、口からはき出す火を浴びると石になるといわれています。ジャイアンやスネ夫は雄々しく竜に戦いを挑んだものの、竜の炎をまともに浴びて石になってしまいました。

 竜をやっつけるためには、ヒゲを切ること。そうすれば竜は弱って、攻撃ができなくなります。のび太は温泉の吹き出しを利用して、竜のヒゲを切ることに成功しました。竜の血を浴びると不死身になると伝えられているため、ドラえもんから、「なにをぐずぐずしてるの。時間がたつとヒゲがまたのびるんだよ。そしたらこっちがやられちゃうんだよ!」と竜を殺すことを催促されますが、のび太は「こんな秘境でひっそり生きている竜を、殺す権利なんてだれにもない!」と強く主張し、殺害を拒絶してしまいます。

 ヒゲが伸びて元気になった竜はしみじみと、「これまで大勢の人間がわしの血をねらってやってきた。わしは身を守るため、石にした」と言いながら、もうきみたちに危害を加えるつもりはないと断言しました。竜は「はるばるやってきたのに、このままかえすのもきのどくだ。血を流すわけにはいかないが……。温泉にわしの汗を流してあげよう」と言って温泉に飛び込みます。「あびれば不死身とはいかなくても、一度ぐらい生きかえれる体になるはずだ」とされる竜の汗。全身のすみずみに湯をしみこませるがよい」と竜からアドバイスを受け、のび太一行は「一ぺんでも生きかえれば、とくじゃないか」と、久しぶりにゆったりと温泉につかつて、次の戦いの英気を養いました。
                         (大長編ドラえもん第14巻)

20061214__12   不老不死は中国古代の秦の始皇帝の時代から、人類の叶わぬ夢でした。現代の科学の水準でも、この夢はまだまだ実現しそうもありません。しかし、平均寿命も80歳前後となり、昔の人たちにとっては、想像もできないような長寿を謳歌する時代になりました。

 また、「クオリティオブライフ」の概念に代表される、生活の質そのものも尊ばれる時代になりました。晩年まで若い精神状態を維持することができれば、現代流の不老生活を実践していることになります。

 さて、のび太ですが、話中の「一ぺんでも生きかえれば、とくじやないか」というセリフに見られるように、彼の夢は意外に質素でシンプルです。どん欲に不死身を求めるようなことはせず、一回でも生き返ることができれば十分と、余裕のある姿勢を見せます。ドラえもんの催促にしたがい、のび太が竜を殺害して、その血を浴びることができれば、たしかに不死身になれたかもしれません。しかし、その場合、竜が弱っているとはいえ、さらなる熾烈な戦いがのび太と竜の間で展開されることになったでしょう。のび太は竜の戦いで、ジャイアンやスネ夫と同じように石にされていたかもしれません。

 のび太の生き方は、不死身のような永遠の生を求めるよりも、身のまわりのことをひとつずつ実現していく堅実さを志向していて、これが身の丈にあった幸福な人生につながっていくと考えられるのです。

・・・・・

 うーん。
 
欲は深すぎてはならない。

身の丈にあった夢を持つ。

そのために身のまわりのことをひとつづつ実現してゆく。

そうかぁ。

 のび太は意外と欲がないんですね。

 さて、今日の「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方、 あなたはどう思いますか?
 

藤子・F・不二雄作「ドラえもん」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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2007年1月30日 (火)

「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方②のび太は悪口を言わない

 昨日に続いてマンガの登場人物から人生を教えてもらう話の2回目です。

 「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方

   と題して
①のび太はめげない
②のび太は悪口を言わない
③のび太は意外と欲がない
④のび太は誰にでも優しくできる
⑤のび太はなんに対しても偏見がない
   の5回続くお話です。

 第2回目の今日は「②のび太は悪口を言わない」を見てください。

20061214_26 「ドラえもん」は面白いです。好きです。世界中で読まれています。その「ドラえもん」から人生を学ぶことがあります。「ドラえもん」に登場するあの「のび太」から人生を教えてもらうことがあるのです。

 横山泰行先生は著書の「<のび太>という生き方」の中で次のように書いています。

・・・・・

 職場の上司や同僚の悪口を言って、スカッとした経験はありませんか? また居酒屋などに何人かで出かけると、まず話題にのぼるのが、会社の人間関係の不満と相場が決まっています。江戸時代前期に儒学者として活躍した、謹厳実直で知られる貝原益軒でさえも、酒の肴にもっともふさわしいのは「人の悪口」であると言っています。悪口がひとときの精神安定剤になるのは、江戸の昔も現代も変わっていないのかもしれません。


 のび太はジャイアンやスネ夫に絶えず痛めつけられていますので、ときにはプッツンと切れて妬んだり、罵詈雑言を浴びせても決して不思議ではありません。しかし、のび太は悪口や妬みよりも「なにくそ」といった反発力の方ヘエネルギーを昇華させています。「悪口」はあまり口にせず、すぐ行動を起こすのび太の特性について見てみましょう。

20061214__9  「月の光と虫の声」の話です。
 スネ夫の家で秋の虫の声を聞く会が開催されました。のび太はうっとりしながら、鈴虫や松虫の声に聞き惚れます。ところが、会の終わりにスネ夫は「デパートで買ってきたんだぞ。高かったんだ」と言い、声の聞き賃をひとり5円ずつ徴収します。虫の声を聞くのにお金がいるのかと抗議をしましたが、後の祭りでした。ドラえもんとのび太は「今夜、うちの庭においで。虫の音楽会を楽しませてあげる」と同席していたしずかちゃん、ジャイアン、スネ夫に告げました。

 家に帰って、パパやママに鈴虫や松虫を買ってほしいと頼みましたが、すぐ死ぬからだめと断られます。そこで、タイムマシンに乗って20年前の空き地に行ってみると、あたり一帯が秋の虫の合唱といった様相です。「コロコロ、リーリー、チン千ロリン、ガチャガチャ」と、さまざまな秋の虫が「ひろびろとした草原で、月の光をあびて、楽しそうにうたって」います。ドラえもんものび太も「すみにくい世界へつれていっちゃかわいそうだ」と思い、捕まえて帰るのはやめようという結論に落ち着きました。

 タイムマシンで家に戻ると、ドラえもんは早速、ひみつ道具を取り出しました。それは、ひみつ道具の花のつゆをかけると、どんな虫でもきれいな声で鴫くというものです。そして、家のまわりにいる虫をのび太と一緒に、できるだけ多くかき巣めました。

 おかげてその晩、コ才ロギ、鈴虫、松虫などのきれいな声で鳴く、楽しい楽しい虫の音楽会を開くことに成功。ドラえもんたちがこんなにたくさんの秋の虫をどこで集めたか、スネ夫には不思議でした。そこで彼は家から強力な電気掃除機を持ち出し、野比家の庭で楽しげに歌っているすべての虫をこっそり吸い取ってしまいます。家に帰って虫の声を聞こうと、電気掃除機で吸い取った虫を庭に放してみました。すると、スネ夫のママから「なんで、ごきぶりなんかとってくるざます」と叱責の声が。「チンチロコロリン、スイッチョン」ときれいな声で鳴いている秋の虫の正体は、花のつゆをかけられた多数のゴキブリでした。
                                              (てんとう虫コミックス短編第4巻)

 悪口を□にしないで行動を起こすためには、のび太のように、他人のすばらしい面を素直に「いいな」と肯定する姿勢が必要です。肯定することで、現在の自分の行動をより高い次元まで伸ばす契機になったり、1歩ずつ夢に向かって前進する契機になることもあります。こういう姿勢が、自分を成長させるための大きなエネルギーになるのです。

 妬みは広辞苑によると、「他人のすぐれた点にひけ目を感じたり、人に先を超されたりして、うらやみ憎む」と定義されています。妬みは強烈なマイナスのエネルギーとなって、他人ばかりでなく自分白身の心身をも蝕むものです。

 たとえば、スネ夫がのび太を妬んで、秋の虫と思って電気掃除機で吸い取り待ち帰ったのはゴキブリでした。家庭でその虫を解き放つと、ゴキブリだらけの大混乱に陥り、ママにまで大きな迷惑をかけてしまいます。このように、妬みというのは、当人だけヘの影響にとどまらず、まわりの人たちにもマイナスのエネルギーを振りまいて、波及してしまいます。

 のび太もドラえもんの助けを借りることのできなかったころは、スネ夫をかなり強く妬んでいたものと想像できます。しかし、ひみつ道具の登場によって、他人を妬む機会が極端に少なくなり、のび太の人生も大きく好転していると考えられるでしょう。

 作者の藤子先生は、ドラえもんがのび太にひみつ道具を渡すことによって、妬むことよりも行動を起こす方がずっと建設的であるというメッセ-ジを、読者の子どもたちに伝えたかったのではないでしょうか。

・・・・・

 うーん。
 

悪口を言わない。

妬まない。

他人のすばらしい面を素直に「いいな」と肯定する。

自分を成長させるために行動を起こす。

 このようなことは、やはりとても大切なことですね。

 さて、今日の「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方、 あなたはどう思いますか?

 藤子・F・不二雄作「ドラえもん」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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2007年1月29日 (月)

「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方①めげない

  面白くて、楽しいからマンガを読みます。でも、面白くて楽しいからだけでマンガを読んでいるのではないのです。時にはマンガから人生を学ぶことがあるのです。マンガの登場人物から人生を教えてもらうことがあるのです。
20061214__6  昨年12月14日のこのブログに<「ドラえもん」の「のび太」はダメ人間ではなく実は人生を上手に歩いている>というテーマで投稿しましたところいろいろご意見をいただきました。そしてもう少し「のび太」から学んでみたいと思うようになりました。そこで横山泰行先生の「<のび太>という生き方」のなかから、今日から5回にわたっていろいろ見てゆきたい、などと身の程知らずのことを考えてしまいました。次のような恐れ多くも大胆というよりは無謀な行いに、皆様どうかお付き合いくださいませ。
「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方
と題して
①のび太はめげない
②のび太は悪口を言わない
③のび太は意外と欲がない
④のび太は誰にでも優しくできる
⑤のび太はなんに対しても偏見がない
の5回です。
第1回目の今日は「①のび太はめげない」を見てください。
「ドラえもん」は面白いです。好きです。世界中で読まれています。その「ドラえもん」から人生を学ぶことがあります。「ドラえもん」に登場するあの「のび太」から人生を教えてもらうことがあるのです。
 横山泰行先生は著書の「<のび太>という生き方」の中で次のように書いています。
・・・・・
20061214__7  他人のことを「うらやましい」と思う瞬間はいろいろあります。才能を持っている人に対して、周囲の評価が高い人に対して、また高級なバッグなどを持っている人に対しても、そんな感情を抱くことはあるでしょう。
 のび太も、スネ夫の持ち物に対して「うらやましい」と思うシーンが、短編で20回以上登場します。のび太はそんなとき、どうしているのでしょうか? まあ、ドラえもんに泣きつくケースがほとんどなのですが、そこには、誰にでも夢が叶えられる鍵が隠されているのです。
「のび太の鉄道模型」の話です。
 ドラえもんも感心するほど、のび太はお正月から机に向かってコツコツと鉄道模型の制作に熱中していました。パネルにレールを敷いたり、立木や家を張り付けた、本物そっくりの電車はガーッという音を立てながら見事に走りました。ドラえもんから「くろうして作ったから、喜びも大きいのだ」と言われ、のび太もあまりに嬉しかったので、会心の模型をスネ夫たちに見せたくなりました。
 ところが、スネ夫の家で逆にその10倍以上もあるような大きな鉄道模型を見せられ、のび太はショックを受けながらトボトボと家路に。でもくじけることなく、ドラえもんから、ひみつ道具「ポップ地下室」と「フエルミラー」を出してもらい、さらにスケールアッブした模型の制作にとりかかります。まず「ポップ地下室」で広い地下室を用意。さらに、映ったものを本物にして出してくれる鏡「フエルミラー」で、鉄道模型に必要なさまざまな素材を一挙に作りました。
 のび太は連日のように学校から飛んで帰り、ママも「このごろまい目、どこへ消えちゃうのかしら」と心配するほど、熱心に制作目打ち込みました。発泡スチロールの山を削り、色を塗って、パウダーをまいて木を植えれば、本物の山のように。シリコンに青いカラーインクを混ぜて流して固めると、川や池になりました。そして、りっぱな鉄橋やトンネル、さらには高架橋まで設置して、広い広いレイアウトの鉄道模型ができあがりました。
 完成した代物は、スネ夫も仰天するようなできです。さらに、電気機関車は実際に乗り回すことができるほどの優れもので、スモールライトで小さく変身したのび太やしずかちゃん、ジャイアン、スネ夫もワーイと歓声をあげながら、乗り込みました。ドラえもんは「なんでも夢中になるのはいいことだ。これでのび太のなまけぐせもなおるだろう」と感心した様子です。
 のび太はさらに熱心に模型を作りました。今度は寝台車にベッドを作り、ドラえもんからスモールライトを借りています。のび太は寝台車のベッドで昼寝することが日課となってしまい、ドラえもんから「あれからまい日ねてばっかり!」と呆れられる始末でした。
                      (てんとう虫コミックス短編第39巻)
20061214__8  のび太が苦労して作った鉄道模型の10倍以上もある大きな鉄道模型をスネ夫に見せられ、非常に大きなショックを受けたのび太。しかし、のび太はこのショックにもめげず、もっと大きな鉄道模型を作ろうと決意します。このお話にもあるように、のび大は一貫してスネ夫の自慢や、「うらやましい」と思うことに対して、自分もそれ以上のものを手に入れようと努力をします。このお話では、ドラえもんのひみつ道具によって、鉄道模型を作るのに必要な環境や用具や部品などもすべて手に入れ、準備にぬかりはありません。このように、ひみつ道具の力を惜りれば「自分も何かできる」とのび太は信じているので、何ごとにもくじけない心を持つことができたのです。
 さらに、せっかく決意しても途中で挫折するというのが、目頃ののび太の姿でした。しかし、今回は、ドラえもんやママもビックリするほど、のび太は日夜模型作りに一生懸命打ち込み、当初計画した以上のものを見事に完成しました。気分が乗ったときののび太の仕事ぶりは、ふだんのぐうたらのび太の生活からは想像できないほど、前向きなものです。「なんでも夢中になるのはいいことだ。これでのび太のなまけぐせもなおるだろう」とドラえもんが言ったように、ほかのものが目に入らないほどの集中力を持って目標に打ち込むことで、「くじけない心」は、さらに強さを増すことができるのです。
 最近、仕事や生活の場で、一心不乱に打ち込むことのできる課題を発見しましたか?とくに打ち込むものもなく、ダラダラと日々暮らしていませんか? まだまだ時間はたっぷりあるのですから、大きな夢を待って、前向きにライフワークとなるような課題を見つけてください。課題達成までの道筋が辛く、諦めそうになったときは、ドラえもんが「くろうして作ったから、喜びも大きいのだ」と言っていたことを思い出してください。夢へのチャレンジは、実現への一里塚です。そして、充実した人生をも約束してくれるのです。
・・・・・
   うん。
   めげないことは大切ですね。
「ドラえもん」の「のび太」に学ぶ心の持ち方、 さて あなたはどう思いますか?
藤子・F・不二雄作「ドラえもん」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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2007年1月16日 (火)

「巨人の星」の「星飛雄馬」は身を削っても父親離れする大切さを教えてくれる

 マンガは面白い。真面目に読んでも不真面目に読んでも面白い。また、気軽に読んでも真剣に読んでも面白い。その上、朝読んでも夜読んでも面白い。さらに、海で読んでも山で読んでも面白いし、しらふで読んでも酔っ払って読んでも、もちろん面白い。だからマンガを読むのは楽しい。

 面白くて、楽しいからマンガを読みます。でも、面白くて楽しいからだけでマンガを読んでいるのではないのです。時にはマンガから人生を学ぶことがあるのです。マンガの登場人物から人生を教えてもらうことがあるのです。

0117_00  「巨人の星」は面白いです。好きです。多くの人に読まれています。その「巨人の星」から人生を学ぶことがあります。「巨人の星」に登場するあの「星飛雄馬」から人生を教えてもらうことがあります。

・・・

 大塚英志先生は著書の「教養としての<まんが・アニメ>」の中で次のように書いています。

 主人公の成長を幼年期、思春期から青年に至るまで、その経験や教育の受け方、人格形成などに焦点を当てて描く物語を小説の分野ではビルトゥングスロマンといいます。つまり成長物語です。

 梶原一騎の作品は「巨人の星」や「あしたのジョー」以外でも少年まんがとして発表された作品の多くが、このビルトゥングスロマンとしての枠組みを持っていることが大きな特徴です。当時の日本は高度成長の時代ですから、目標に向かって邁進する主人公の姿は高度成長経済下の日本人の反映だ、などと当時は論じられもしました。

0117_01 けれども「巨人の星」や「あしたのジョー」は主人公の成長物語でありながら、しかしその結末は悲惨です。星飛雄馬は左腕を破壊して姿を消し、矢吹ジョーはご存知の通り「真っ白に燃え尽きて」しまいます。

 そもそも星飛雄馬が左腕を破壊するに至ったのは大リーグボール三号という魔球で左腕を酷使したからです。それは飛雄馬が初めて父親から与えられた野球の技術を一切使わず、いわば父親を初めて克服し編み出した魔球でした。

 しかしそれ以前の問題として何故、飛雄馬は魔球を編み出さなければならなかったのでしょう。それは飛雄馬がプロ野球選手としては余りに小柄で、それゆえに球質が軽いという「致命的な欠点」を克服するために魔球が必要となったからでした。当時「巨人の星」における星一徹の飛雄馬に接する態度は「スパルタ教育」などという言い方で賛美もされました。しかし、この野球に向かない体格の子供を、無理やり野球選手にしようと強要する「父」のすがたは、成長しないロボットのアトムに成長を求めてしまった天馬博士の姿と重なり合うようにみえます。

 「巨人の星」は、父が、「千尋の谷に子獅子を突き落すかのごとく」息子の前に試練として立ちはだかる物語だと長い間理解されてきました。梶原もそう語っていますし、ぼくもまたそこにさして疑問をいだきませんでした。けれども改めて考えてみると、飛雄馬が戦っていたのは息子を成長させるがために父親の与えた試練ではなく、むしろ、プロ野球選手である限りは小さな身体を酷使し父から与えられた野球技術の中で生きなくてはならないという運命、つまり、永遠に父親離れできずに大人になることができないという父親の与えた呪縛との戦いであった、という気がします。

0117_03  そして、飛雄馬は左腕を破壊する形でプロ野球選手としての死を自らの肉体に課し、そして野球という場から降ります。いわば父の物語の外部へと離脱するのです。

 梶原一騎はその後も繰り返し少年たちの成長物語を描きますが、いつも達成されないビルトゥングスロマンでした。しかし、絶筆となった「男の星座」は梶原の死で中断を余儀なくされたことによって、梶一太少年の前に輝かしい未来が開けて終わるという「達成されたビルトゥングスロマン」となりました。

  

・・・

  うーん。

  「巨人の星」の「星飛雄馬」は身を削っても父親離れする大切さを教えてくれているのか。

  うーん。

 さて

 あなたはどう思いますか?

 梶原一騎原作・川崎のぼる作画「巨人の星」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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2006年12月14日 (木)

「ドラえもん」の「のび太」はダメ人間ではなく実は人生を上手に歩んでいる

 マンガは面白い。真面目に読んでも不真面目に読んでも面白い。また、気軽に読んでも真剣に読んでも面白い。その上、朝読んでも夜読んでも面白い。さらに、海で読んでも山で読んでも面白いし、しらふで読んでも酔っ払って読んでも、もちろん面白い。だからマンガを読むのは楽しい。

 面白くて、楽しいからマンガを読みます。でも、面白くて楽しいからだけでマンガを読んでいるのではないのです。時にはマンガから人生を学ぶことがあるのです。マンガの登場人物から人生を教えてもらうことがあるのです。

20061214__4  「ドラえもん」は面白いです。好きです。世界中で読まれています。その「ドラえもん」から人生を学ぶことがあります。「ドラえもん」に登場するあの「のび太」から人生を教えてもらうことがあります。

 横山泰行先生は著書の「<のび太>という生き方」の中で次のように書いています。

20061214_ のび太は、クラスで一番美人の静香ちゃんと結婚し、

 映画では、大活躍してヒーローになります。

 困ったことがあると、誰かが必ず助けてくれる。

 どうしてのび太は、努力もせず、人生の「勝ち組」になれたのでしょう?

 なぜ、ダメなやつの代名詞、のび太の夢ばかりが叶うのでしょう?

 のび太は、勉強に関してもクラスの最下位を堅持し、野球の打率0.01が物語るようにスポーツも苦手な、まったく冴えない男の子です。ジャイアンやスネ夫はもちろんのこと、地域の子供たちからも日常生活でいじめられることが決して少なくありません。また、のび太のママやクラスの担任の先生からも、叱られるのはもはや日常茶飯事となっています。

20061214_gif3  そんな何もかもうまくいっていない子という印象の、「ダメのび太」ですが、私は「ドラえもん学」を研究していくなかで、のび太という男の子は、実は想像以上に人生を上手に歩んでいるのではないか、と思ったのです。

20061214__1 のび太がいじめられっ子であるというのは客観的な事実ですが、後半で発表された大長編の冒険では、彼は友達に信頼され、ときにはドラえもんに代わって集団の中心人物としてリーダーシップを振るうこともあります。勉強や運動は確かに苦手ですが、どんなにノロマでドジであるといわれても、集団のかけがえのない一員として認められています。あのジャイアンやスネ夫も、のび太を大切な仲間として、遊ぶ時には必ず声をかけています。のび太のママや先生からは、いつも叱られていますが、のび太を見放したことは一度もありません。さらに、念願かなって、みんなのマドンナ・しずかちゃんを生涯のパートナーとして射止めるのです。

20061214__2  このように、のび太は人生の重要な節目においては着実に希望をかなえ、負け犬・のび太から勝ち組・のび太に変身しているのです。

 「夢」というキーワードは、「ドラえもん」マンガにおける最大のコンセプトです。われわれ大人にとっても身近でかつ深遠な問題に対するメッセージが、ふんだんに組み込まれています。結論的に言えば、藤子先生からの価値あるメッセージは、「生涯夢に憧れ続ける心を失うな」というフレーズに集約することができるでしょう。

20061214__5  のび太は日本を代表するようなダメな男の子でしたが、ドラえもんの存在や秘密の道具の登場、そしてのび太自身の努力によって、目を見はるような成長を遂げます。それは、従来のぐうたらな「黒いのび太:負け犬ののび太像」から、勇敢で心の広い「白いのび太:勝ち組ののび太像」に変身することです。つまり、ドラえもんのサポートにより、のび太が夢を憧れ続ける心を失わなかったため、白いのび太を大きく伸ばすのに成功したのです。

20061214__3  ここで大切なのは、ドラえもんの存在や秘密の道具はあくまでも補助であり、最終的には、のび太本人の自覚や努力が新しい人生を切り開いたということです。人間というものは、夢に憧れ続ける心のエネルギーが枯渇すると、年齢に関係なく、たちどころに人生の青春の終焉を迎えてしまいます。夢や希望が人生においていかに大切か、のび太やドラえもんはいろんな形でそれを私たちに教えてくれています。そして、この「のび太メソッド」こそが、あなたに対しても、夢をかなえる活力を与えることができるのです。どんなにちっぽけな夢でもかまいません。自分の夢や憧れを胸に、毎日を元気に歩け、と教えてくれているのです。そして自分の夢に向かってチャレンジし続けよう、と言っているのです。

 

  はい。   まったく。   よーく解ります。 

   うん。

   よしっ。

   今からでもいい。  「のび太」になろう

 さて

 あなたはどう思いますか?

 藤子・F・不二雄作「ドラえもん」は東京漫画探偵団(まんたん)においてあります。

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